第30話 買い物を終えて

 ホットケーキミックス以外にも夕食のためにいくつか食材を見繕う。

 カートに乗ったカゴいっぱいの商品を持ってレジへと向かう。


「あら、圭人君に巴ちゃん」


 レジを担当している店員は圭人と巴の知り合いだったため声をかけられる。

 圭人の場合、買い出しでよく利用するため知り合いでない店員の方が少ないのだが。


 やはり店員はセレナとパムが気になったようで、当然尋ねられることとなった。

 圭人と琥珀が考えた設定を話すことで難を逃れる。

 レジの間だけであったため、引き止められる時間が短く助かった。


「なんとかなった……」

「おばさま達はパワフルね……」


 レジを通して支払いをする間だけだというのに、圭人と巴は疲弊した。

 道場で訓練するのとは別の疲労を圭人は感じている。


 圭人は袋に買った砂糖を全て入れると破れそうなので、段ボールをもらって買った物を詰め込む。

 段ボールを乗せたカートを駐車している車まで持って行く。

 車のトランクに荷物を積み込んだところで車に乗車する。


「後は帰るだけなんだけど、少し遠回りして街を見る?」


 圭人はシートベルトをしながら巴に尋ねる。


「うん、金尾稲荷の周りは田んぼと山しかないし」


 最短距離ではなく、駅前を通るようにぐるっと回って金尾稲荷へ帰ることに決まる。

 スーパーから車が出発する。


「道も舗装されていますし、建物がトラウトポートと違いますわ」

「今走っているのは国が整備する道なのできれいに維持されているよ。建物の見た目が違うのは地震の関係かな?」

「地震ですの?」


 圭人がミラー越しに見るセレナは首を傾げている。

 トラウトポートの建物は石造りのため、地震が少ないのかもしれないとは思っていた。


「やはりトラウトポートで地震は少ないのですか?」

「地震はトラウトポートというかクルガル全体で、神が地震を起こさない限りは起きないと言われておりますわ。地震という言葉を知っている人の方が珍しいかと」

「え?」


 地震がそもそもクルガル全体で起きないとは圭人も思いもしなかった。

 圭人は神がクルガルを創世して、現在も治めている場所だと思い出す。地球で自然に起きることがクルガルでは起きないこともあるようだ。


「もしかしてトラウトポートの建物ってすごい古いんですか?」

「ええ、千年以上前の建物が普通に残っていますわ」


 地球でも地震が起きない場所の建物は長期間残ることがある。

 建物の建材が風化することで崩れることがあるが、トラウトポートのように石で家が作られていると百年、二百年は余裕で持つ。


「ただ、魔道具の発展により、建物の内装はかなり変わっていますの」

「魔道具の発展ですか」


 地球が電気で発展したように、クルガルは魔法で発展したのだと圭人は予想をつける。


「以前に見せた鞄の魔道具に似たチェストや光の魔道具など色々ありますわ。料理に関係しているものは調理器具であったり、食料を冷やすための冷蔵庫などもありますの」


 調理器具はランバージャッククラブを茹でた時に使った。食料を冷やすのは初めてトラウトポートに行った時、バターを買った乳製品のお店に置かれていた。

 圭人は意外に魔道具を見ていることに気づく。


「似たものがあるんですね」

「地球に来て気づいたのですが、似たような魔道具の一部はアンバー様の発案で作り出したものが多いのです」

「琥珀様が? もしかして?」

「おそらく良さそうな物を真似したのかと」


 圭人は琥珀がパソコンの前で何かしていたのを思い出す。

 しかも琥珀の部屋は雑然としており、いろいろなものが置かれていた。

 金尾稲荷で魔道具の開発していそうだ。


 大量の物を収納できる鞄の魔道具のように現在の地球では実現不可能なものもあり、真似だけしてクルガルが発展してきたわけではない。

 地球とクルガルは同じように文明が発達している。


「しかし、この車という乗り物欲しいですわ」

「走らせるための燃料が必要ですよ」

「それが問題ですの。私は置物が欲しいわけではありませんわ」


 話をしながらも車は駅に着く。

 駅前に着くと、ちょうど電車が駅に入ってきたところだった。

 本数の少ない駅のため運がいい。

 圭人は駅の前で車を止める。


「セレナさんは電車も好きかな?」

「魔道列車ですわね」

「もしかしてクルガルにも同じものが?」

「一部にしか存在しませんが、同じものがありますわ。モンスターが出現するため、線路の維持が大変らしいと聞いたことがありますの」

「そんな問題が……」


 地球には存在しない悩みがクルガルにはあるようだ。


 電車が走り去るのを見て、再び車を走らせる。

 遠回りをして金尾稲荷へと戻る。




「圭人さん、巴、楽しめましたわ」


 セレナさんは笑顔で上機嫌。


「いつもセレナさんとパムにはお世話になっていますからお礼です」

「ありがとうございます」

「ありがとう!」


 丁寧なセレナのお礼と、パムの元気なお礼をもらって圭人は笑顔になる。


「巴、服楽しめましたの」

「パンツもいいでしょ?」

「普段はドレスですから、新鮮でしたわ」

「今度は別の服を着てみましょ」

「楽しみですわ」


 車のトランクを開け、買ってきた荷物をセレナの鞄に入れて運ぶ。

 魔道具の鞄は地球でも動作する。

 圭人は最初に見た時驚いたが、よく考えてみると琥珀から銅鏡は魔道具だと教わっている。魔道具が使えないのであれば、地球からクルガルにそもそも行けていない。


「戻ってきたようじゃな」


 玄関を開けてリビングに行くと琥珀がいた。


「琥珀様、こちらにいるのは珍しいですね」

「妾は自分の管轄外で動くのが難しいのでな、何かあった場合のために待機していたのじゃ」


 圭人が買い出しに出かけたため、琥珀がリビングで待機していたようだ。


「わざわざありがとうございます」


 圭人に続いて、巴、セレナ、パムもお礼を言う。


「お礼を言われるほどのことではない。何かあった場合、妾の知り合いに連絡を取るだけなのじゃ」

「知り合い? クルガルのですか?」

「いや、日本のじゃぞ?」

「え?」


 圭人には琥珀の知り合いというとクルガルしか思いつかなかった。

 琥珀はわざとらしく、ため息をついた。


「圭人、妾も日本に友人や知り合いの一人や二人いるのじゃ」

「てっきり日本では出歩いていないのかと……」

「まぁ……滅多に出かけたりしないがの……。百年単位で会っておらんのもおりはするのじゃ」

「百年単位?」


 百年ならまだしも、百年単位。

 人間はそんなに生きられない。


「その知り合い死んでいませんか?」

「ぬ?」


 琥珀が首を傾げる。

 琥珀はすぐに何かに気づいたように声を上げた。


「あ、妾のような存在は日本にもいるぞ?」

「え?」

「そもそも妾は地球生まれじゃし」


 琥珀はクルガルを創生したアヌに誘われて神になったと聞いた。

 クルガルに行く前、琥珀は地球で生きていたと聞いている。それにアヌはシュメール人の神であるため、元々は地球にいた神。

 圭人は今まで神とは無縁の生活を送っていたため、すぐに琥珀の言っていることの理解できなかったが、神が地球にいるのだと納得する。しかし、自分の常識との乖離から戸惑う。


「地球って不思議ですね……」


 圭人は常識が再び崩れた気がして遠くを見つめる。


「見えているものが全てではないぞ。ただ、全てを知る必要もないとは思うのじゃ」


 哲学的、いや、神らしい問答だろうか。


「何にしろ、セレナとパムに何もなかったのなら良かったのじゃ」

「はい。心配かけました」


 圭人が頭を下げると琥珀が笑顔になる。


「では、妾への報酬は美味しい料理で頼むのじゃ!」

「承りました」


 圭人は琥珀が冗談を言っていると理解して、かしこまった返事を返した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る