第27話 ミルクとチーズ
巴とパムがミルクを飲み切ったコップを見ている。
圭人だけではなく、巴とパムもナッツエレファントのミルクの美味しさに魅了されたようだ。
「後でナッツエレファントのチーズも出してあげよう」
「ありがとうございます」
圭人はナッツエレファントのチーズがどのような味がするかとても気になっていた。お金を貯めて買おうと思っていたが、試食させてもらえるのなら食べてみたい。
「その前にサラマンダーのミルクをどうぞ」
ホーマーがコップにミルクを注いでくれる。
サラマンダーのミルクは薄っすら青みがかっており、粘度が高そうに見える。匂いもまた独特で、すでにチーズのような発酵臭がする。正直見た目は美味しそうには見えない。
圭人は覚悟して一口飲んでみる。
最初に広がったのは昆布のような旨み。次に来たのは少しの刺激。唐辛子のような辛味は強くはないが、昆布のような旨味と合わさったことで、塩味のないうどんの汁を飲んでいるような気分にさせる。
ミルクらしさは一切ない。
「このまま飲むのには向いていない気がしますが、塩を少し入れれば美味しそうですね」
「今回は味見で出したが、本来はミルクのまま飲むことは少ないよ。塩を入れてチーズにすると旨みと辛味が増して美味しいんだ」
「それは美味しそうです」
飲んだだけで旨みを感じる状態で、水分を飛ばし熟成させれば旨みが凝縮されるのは想像できる。
お酒の当てに良さそうだ。
「サラマンダーでミルクは終わりだ。次はチーズを用意しよう」
ホーマーがチーズを机の上に並べていく。
「チーズは種類が多いから珍しいのだけにしようか」
珍しい種類だけと言いつつ、結構な量のチーズが用意されている。
「まずは味わって欲しいのがナッツエレファントのチーズ」
ホーマーがチーズを塊から切り取って圭人の前に出してくれる。
チーズは赤い。ミルクが少し赤かったが、チーズは赤いとはっきりわかる。
圭人がナッツエレファントのチーズを食べると、複数のナッツを感じる味で、塩分の中に、ほんのりとリンゴやイチジクのような甘さまで感じる。口の中にまとわりつく濃さはチョコレートを食べているかのようだ。
「これは美味しい」
「だろう?」
「はい。ミルクの時は胡桃のように感じましたが、今回は複数のナッツを感じます」
圭人の想像を超える美味しさ。
思わず圭人はホーマーにチーズの感想を長く語る。
圭人は料理に使う場合を考える。
ナッツエレファントのチーズを料理に使う場合、大量に使ってしまうと他の食材がチーズに負けそうなくらいに旨みが詰まっている。
トリュフのように薄くスライスしてちょうどいいのではないだろうか。
「次はサラマンダーのチーズ」
ホーマーは青いチーズを手元に置く。
ナッツエレファントのチーズが赤かったように、サラマンダーのチーズは青い。
スライスされたチーズが圭人の前に置かれる。
「子供には少し辛いかもしれないので、少しずつ食べるといい」
ホーマーがパムの前にチーズを置くときに注意する。
圭人が食べてみたいと思っていたトカゲのチーズが目の前にある。
口元に近づけると、燻製したかのような香ばしい匂いがする。ミルクにあった発酵臭は感じられない。
チーズを口の中に入れると強い旨みと共に、唐辛子と胡椒が合わさったような刺激を感じる。塩が少し強めに効いていて、それが旨味や辛味と合わさって美味しい。
明太子やカラスミのような味わい。
「ミルクよりチーズの方が断然美味しいですね」
「そうだろう、そうだろう」
「魚卵のような美味しさを感じます」
ホーマーが深く頷いている。
「サラマンダーのチーズが面白いのは食べ合わせると美味しくなることだ。一番合うのは魚なのだが、他のチーズと一緒に食べても一層美味しくなる」
ホーマーがサラマンダーのチーズと普通の牛から作ったチーズを切って渡してくる。
「二枚同時に食べてみるといい」
圭人がホーマーに言われた通り、二枚同時にチーズを食べてみる。
噛んで味わっていると、口の中で二つの旨みが合わさり相乗効果が起きているのを感じる。
圭人はサラマンダーのミルクに感じられた昆布のような旨みは、グルタミン酸由来のものだと思っていた。チーズもまたグルタミン酸由来の食べ物であり、ここまでの相乗効果は起きないはず。
魚卵と同じ場合はイノシン酸になるはずだが、魚もまたイノシン酸が中心。どうも全く別の旨み成分がサラマンダーのチーズにはあるようだ。
「面白いですね」
「そうだろう」
ホーマーはサラマンダーのチーズを食べ終わった後も、他のチーズも色々と食べさせてくれる。
「相変わらずホーマーは乳製品狂いですわね」
「美味しいだろ?」
「美味しいのは認めますわ。貴族でも手に入れるのが難しいチーズも多いですから」
「ワシがトラウト伯爵に納めているものもあるからな。数が作れないために表に出回らないものもある」
ホーマーが出してくれたミルクやチーズの試食は、かなり貴重な体験だったようだ。
「ホーマーさん、貴重なものを分けていただき、ありがとうございます」
「ここまで味を理解してくれる人は少ないからね。生産者の特権を少しおすそわけだよ」
圭人がミルクやチーズの味を伝えたことがさらなる味見につながったようだ。
「圭人さんは料理人ですから、ホーマーと気が合うと思いましたわ」
「圭人君は料理人なのか」
「ええ、とても美味しい料理を作りますわ」
「ほう。圭人君が作った料理を食べてみたいものだね」
圭人は牧場の案内から試食までさせてくれたホーマーに、手料理を食べてもらいたいが、生き物を飼育している牧場を簡単に離れられるものなのだろうか?
「俺の作った食べていただきたいですが、牧場から離れられるのですか?」
「今の時期は冬支度で長時間は厳しいな」
「そうですよね」
圭人が料理を提供するなら、ホーマーの家でキッチンを借りるか出来合いのものを持ってくるしかない。
出来合いのものといえば、キャラメルを持っていることを思い出す。
パムのために作ったものだが、数があるため渡しても問題はない。
「もしよければ手作りのキャラメルです」
圭人はホーマーにキャラメルを差し出す。
ホーマーは受け取ってくれた。
「ありがたくいただこう」
ホーマーが包み紙からキャラメルを取り出して口の中に入れる。
「口の中に入れると噛まなくともキャラメルが溶け出し、砂糖の香ばしさと濃厚なミルクの風味が口の中に広がる。これは美味しいよ」
「砂糖、バター、生クリームで作っています」
「生クリームか、なるほど」
ホーマーが続けて二個目を口に入れる。
どうやら気に入ってもらえたようだ。
「これはおやつにつまむのに良さそうだ」
「私も研究中のおやつに欲しいと思っていましたの」
「それは良さそうだ」
研究者であるホーマーとセレナは、考え事をする時に糖分を欲するのだろうか。
「圭人君、代金とうちの生クリームとバターを渡すので作ってはもらえないかな?」
「構いませんよ」
圭人からするとキャラメルを作るのはそう難しくはない。
問題があるとすればホーマーに届けるのが大変ということ。
「セレナさんの分もキャラメルを作るので、ホーマーさんにキャラメルを届けてはもらえませんか?」
「その取引受けますわ」
セレナが引き受けてくれたことで問題は解決した。
「ホーマーさん、代金の代わりに生クリームとバターを多めにもらえませんか?」
圭人がお金を稼いでいるのは主に料理を研究するため、できれば普通に買うのが難しい貴重な食材を優先したい。
「構わないよ。チーズやミルクもお土産につけようじゃないか」
「ありがとうございます」
圭人はホーマーの善意を受け取る。
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