第6話 クルガルのバター

 圭人はクルガルから戻ってくると、一人でキッチンに立つ。

 巴は琥珀とジェイドを相手しているため、金尾家のリビングにいる。


「さて料理するんだけど……」


 圭人がクルガルで買ってきたバターはバレーボールのボールほどもある大きな塊。店員に癖のないバターをお願いしているため、ベシャメルソースにしても問題はない……と思う。

 心配なバターに取り掛かる前にじゃがいもをオーブンに入れる。


「さて、クルガルのバターが地球と同じとは限らないよな……」


 圭人はトカゲのチーズと書かれていた商品を思い出して不安になる。

 少しバターを削って、恐る恐る口に入れてみる。


「少し風味が違うけど、普通だ」


 とんでもない味がするかもしれないと構えていたが、日本のバターとほぼ変わらない。若干癖のない爽やかな草の味がする。

 味が若干違うのは製法か、餌の種類によるものだろうか。


「これならベシャメルソースを作れそうかな」


 しかし、異世界のバターを熱すると、どうなるのだろうか……。爆発することはないとは思いたい。


「時間がないからやるしかない」


 すでに時間は夕方を大きく回って夜。

 今から料理を一から作り直すと、随分と夜更けになってしまう。


 圭人は覚悟を決めると、鍋を取り出してバターを溶かす。

 バターが溶け出し、黄色の液体を広げる。液体が沸々と泡立ち、匂いがキッチンに広がる。

 地球のバターと同じように香ばしい匂い。


「これは問題ないか?」


 圭人の心配はいまだになくならない。

 熱したバターに小麦粉を追加して、ホイッパーで混ぜる。

 バターと小麦粉が塊になったところで、牛乳を加えてホイッパーで混ぜ続ける。


「問題なさそうだ」


 圭人はようやくバターへの警戒を緩める。

 ベシャメルソースにナツメグと大量のチーズを投入して混ぜ合わせる。

 混ぜ合わさったところで火から離してハムを入れる。


「怖いからここで味見」


 圭人は恐る恐るスプーンを口に運ぶ。


「あ、美味しいかも。でも少し風味が違うな」


 ナツメグしか入れていないのに、ほんのりと香草のような匂いがする。

 圭人はクロケットにしても美味しくなると確信する。

 ベシャメルソースをバットに移し、ラップをかけて濡布巾を敷いておく。


「ジャガイモはもう少しかかりそうか。肉を用意しておくか」


 冷凍庫の中にあった豚肉を取り出し、解凍して下味をつけておく。

 豚肉を調理していある間にじゃがいもが芯まで火が通った。オーブンのジャガイモと豚肉を入れ替えて、じゃがいもを潰していく。


「もう恐れない大量のバターを投入」


 買ってきたバターを潰したじゃがいもの中に入れ、さらに潰して混ぜ合わせていく。

 ある程度じゃがいもが滑らかになったところで油の温度を上げて、クロケットを揚げられるようにする。じゃがいもを小判形に形成して、小麦粉、卵、パン粉の順番でまぶしたところで、熱した油に入れる。

 きつね色になるまで揚げて大量のクロケットを量産していく。


「次はハムクリームクロケットだけど、ベシャメルソースは冷めたかな?」


 ベシャメルソースはまだ若干熱を持っているが、形成できないほどではない。

 圭人はベシャメルソースを樽型にして、じゃがいものクロケットと同じように、小麦粉、卵、パン粉の順番でまぶしていく。

 ハムクリームクロケットがきつね色になって出来上がる。


「豚肉も焼けた。よし」


 全ての料理が完成したところで、圭人はワゴンに料理を乗せてキッチンから移動する。




 圭人がリビングに入ると琥珀が真っ先に反応する。


「待っていたのじゃ!」


 琥珀の狐耳はピンと尖り、尻尾が忙しく左右に振られる。

 リビングには琥珀、ジェイド、巴、巴の両親と兄が揃っている。


「お待たせしました」


 圭人が料理を机に並べ始めると、皆が手伝いすぐに食器が全員に行き渡る。

 早速、琥珀がハムクリームクロケットを取り皿に取る。


「やはり圭人の料理は美味しいのじゃ」


 琥珀はすぐにクロケット一つを食べ終わる。


「うむ、美味しい」

「ジェイド、お主まだ食べておるのか!? 妾もさすがに驚きじゃぞ!」


 なぜかジェイドがクロケットを食べ始めた。

 圭人は形だけ食器を用意するつもりだったが、本当にジェイドが食べるとは思っていなかった。


「ジェイド様、無理しない方が……」

「無理?」


 不思議そうに聞き返すジェイド。

 圭人はジェイドが無理に食べていないのだと気づく。


「あ、無理していないならお好きなだけお食べください」

「うむ」


 ジェイドが味わうようにクロケットを口の中に入れていく。


「圭人、食べておかないと無くなりそうよ」


 巴がクロケットを食べながら圭人に注意する。


「そのようだね……」


 圭人も取り皿にハムクリームクロケットを取る。

 まだ熱いクロケットは衣に水分を含んでいないため、箸で持ち上げても形が崩れない。

 日本の揚げ物は噛むとサクサクであるが、圭人のクロケットはザクザクと音を立てる。


 圭人の師匠であるアダンは、クロケットは衣が重要だと言う。

 噛むと音を立てる衣を目指している。


「いただきます」


 二口ほどで食べられるハムクリームクロケットを口の運ぶ。

 歯で感じられるザクザクの衣はおこげにも似た食感。

 ザクザクと音を立てながら衣を噛むと、中から溢れ出たベシャメルソースが伸びる。チーズを大量に入れているため、普通のクリームコロッケとは違いチーズが伸びる。

 チーズが口から離れるまで伸ばし切る。


 ハムクリームクロケットが口の中に入ると、口いっぱいにベシャメルソーズの味が広がる。ベシャメルソースからはハム、チーズ、バターの濃厚な味がする。

 やはり日本のバターから作るベシャメルソースとは違い、ほんのりと香草の香りがする。バター、チーズと脂質の随分と多い、濃厚なはずのベシャメルソースは、不思議と口当たりの良い。


 ベシャメルソースを味わいながら衣を噛むと、ザクザクと音がする。

 味と香りはもちろんのこと、食感と音で食べるのを楽しませてくれる。


「次はじゃがいものクロケット」


 じゃがいものクロケットもハムクリーム同様にザクザクの衣をまとっている。

 圭人はじゃがいものクロケットをかじる。

 ザクザクの衣の中にはしっとりとしたじゃがいもが入っている。バターを大量に入れているため、しっとりとした食感になっている。

 圭人はほくほくのコロッケも嫌いではないが、クロケットの場合は中の具をクリームに近い状態にする。


「じゃがいものクロケット、もう少し何か足した方が良かったかも」


 圭人は思わず誰に言うでもない、独り言が出てしまう。

 ハムクリームと違い、じゃがいものクロケットはバターにある香草の風味だけでは物足りなく感じる。


「十分美味しいけど?」


 巴が圭人の独り言に返事をした。


「いつもとバターが違うから気になるのかも」

「あ、味が少し違うのはバターなのね」

「クルガルのバターは日本のバターとは少し味が違って、香草みたいな風味が若干するみたい」


 巴がじゃがいものクロケットを食べると頷く。


「確かに少し爽やかな風味がある」

「肉とか魚には合いそうな悪い風味ではないんだけど、じゃがいも単体だと風味が気になるかも。次に料理するときは味を変えたいな」


 バターという一つの食材を変えただけで、ここまでの差が生まれる。

 圭人はクルガルにどのような食材があり、どのような料理が食べられているのかがとても気になってきた。


「巴、フランス行きはとりあえず保留にしようと思う。クルガルに何度か行ってみたい」

「あたしも自由に出入りできると思っていなかったから、色々とクルガルをみて回ってみたい」


 圭人と巴の意思は統一された。


「それじゃ、少し保留にしよう」

「仕方ないわね」


 圭人と巴は笑い合う。

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