第6話 トラウトポート
台風が過ぎ去った翌日。
圭人は自宅に一度戻って台風の被害がないかを確認した後、再び金尾稲荷へと戻ってきた。
昨日はクルガルから帰ると、圭人は大急ぎで二度目のクロケットを作った。
夕食はいつも通りに圭人と金尾家、そして琥珀とジェイドも一緒に食卓を囲んだ。なぜかジェイドも二度目の夕食を食していたのは圭人にも不思議だった。
圭人は居間でのんびりしている巴に話しかける。
「巴、今日も休みになったよ」
台風の被害が想像以上にひどいと、今日も店を臨時休業にすると圭人に連絡が来た。
圭人は片付けを手伝うと申し出たが、業者を呼ぶので来なくていいと断られてしまった。
「圭人も? あたしも今日は休み。道場に来る人が少ないから父さんだけでいいって、思ったより台風の被害が出てるみたいね」
「雨より風が強い台風だったから、物が飛んできたとか、瓦が飛んだって被害が出たみたいだよ。その割に金尾稲荷は被害がないけど」
「先に対策ができる台風なら琥珀様が対処するの。突然起きる大地震だと対処が難しいようだけど、地震速報ができてからは余裕があるって言っていたわね」
「地震速報でいいんだ……」
圭人は以前から金尾稲荷が自然災害に強いという印象があった。建物が頑丈な作りなのだと思っていたが、神である琥珀の守りで災害を防いでいたとは……。
琥珀のおかげで金尾稲荷の片付けはない。そして圭人と巴は一日予定が空いた。
「巴、クルガルに行かないか?」
「いく!」
圭人と巴は早速琥珀の元に向かう。
巴が圭人を連れていった先は祭壇がある部屋の隣。
いつも鍵がかかっており圭人が一度も入ったことがない部屋。巴はドアをノックして部屋の中にはいていく。
部屋には何に使うかわからないものが大量にあり、整理整頓はされているが雑然としている。
「琥珀様、クルガルに行っていいですか?」
巴が声をかけると部屋にあった大きなオフィスチェアが回る。
背を向けていた大きなオフィスチェアが圭人の方を向くと、座面には琥珀が座っていた。オフィスチェアの前にはパソコンの画面が載った机がある。琥珀の手が机の上にあったことを考えると、パソコンで何かをしていたのだろう。
神様ぽさが一切ない姿。
「ぬ? 昨日も言ったが銅鏡は好きに使ってよいぞ。今じゃとトラウトポートに繋がっておるが、どうするのじゃ? 違うところに繋げるか?」
巴は指先を唇に持っていき、考えるような動作をする。
「いえ、トラウトポートに行こうと思います。圭人もそれでいいよね?」
「ああ、トラウトポートを見てまわりたい」
今回、圭人は巴と一緒に過ごすことが目的。琥珀がクルガルを勧めた理由は料理の修行であるが、料理の修行であれば圭人一人で行っても問題ない。
「わかったのじゃ。一応誤作動しないか妾が見ておくかの」
琥珀は飛ぶように椅子から降りる。
銅鏡の前まで移動すると、琥珀が銅鏡の状態を確認する。
「問題なしじゃ。好きに使ってよいぞ」
「ありがとうございます」
巴が琥珀に礼を言うと圭人の方を見る。
圭人と巴は琥珀に見守られながら銅鏡をくぐる。
昨日同様に礼拝堂に出る。
「まずナイジェル様に挨拶しようか」
「ええ、その後外に出ましょう」
圭人と巴はナイジェルに挨拶した後、神殿から外に出る。
「何度見てもすごいな。子供の頃に戻ったように、わくわくする」
「ええ、御伽話の世界みたい」
街中を歩く人が、獣人とでもいうような姿をしている。
馬車も馬が引いているわけではなく、毛の長い牛のような動物から、巨大なトカゲに似た爬虫類が馬車を引いていたりする。
圭人は巨大なトカゲを見て、昨日のチーズを思い出す。もしかしたらチーズは巨大なトカゲから作るのかもしれない。想像して予想するだけでも楽しく、何時間でも街の風景を見ていられそう。
「圭人、街を巡りましょう」
「ああ」
圭人と巴は手を繋いで道を歩き出す。
圭人は巴の仕事に同行することがあり、23歳という若さにしては色々と世界各地を巡っている方ではある。日本では見られない風景もみたことはあるが、トラウトポートでの風景は比べ物にならない。
みたことのない風景を楽しんだ圭人と巴は聖堂近くまで戻ってくる。
圭人と巴は気付けば一時間以上トラウトポートを歩き回っていた。
「お腹空いたかも」
巴がお腹をさする。
すでにクルガル太陽が頭上にある。
時差を考えると少し早いが、トラウトポートだと昼食の時間。
「どこかに入ろうか」
「ええ……あ」
巴が固まる。
「どうした?」
「圭人、あたしたちお金持っていない」
「あ」
異世界のクルガルで日本の紙幣が使えるわけはない。
手早くお金を手に入れるのであれば、換金できるものを持ち込むしかないが、圭人には換金できる価値がある物すらわからない。
「どうしよ?」
「そういえば、琥珀様からこの世界には冒険者ギルドがあるって聞いてる」
巴は圭人が予想していた返答とは違うことを返してきた。
「冒険者ギルド……? ゲームみたいにモンスターと戦うってこと?」
「モンスターと戦う以外にも、採取依頼とかもあるとか何とか……」
巴も琥珀から聞いただけで、実際のところはわかっていないのだろう自信がなさそう。
圭人は相談できそうな人がいないかと考えて、すぐにナイジェルが思いつく。
「ナイジェル様にギルドについて聞いてみよう」
「そうね、聞いてみましょう」
圭人と巴はジェイド神殿へと戻る。
二人はナイジェルにギルドについて尋ねる。
「ギルドですか。何か依頼するものが?」
「いえ、クルガルのお金がないことに気づきまして……」
「ああ、なるほど。地球のお二人が少し稼ぐ程度であればギルドはちょうどいいかもしれませんね」
「ギルドの依頼に危険はどの程度あるのでしょう?」
「危険は依頼によるとしか言えません。職員が依頼の危険度を教えてくれますので、一度行ってみるとよろしいかと」
圭人は巴と相談して、一度ギルドに行ってみることにした。
二人の方針が決まったところで、ナイジェルがギルドの位置を書き込んだ地図を圭人と巴に渡してくれる。
圭人はナイジェルにお礼を言って神殿を出ようとする。
「圭人、一度日本に戻りましょう」
「え、戻るの?」
「すぐにご飯を食べられないと思うの」
「確かに」
圭人は忘れていたが、お腹が空いているのだった。
ギルドで仕事を受けたとして、お金が手に入るのは数時間後になる。先に昼食を食べておいた方がいい。
「それと武具を持っていきましょう」
「武具って道場で使っているのは木刀や刃のない模造刀がほとんどじゃ?」
「金尾稲荷の神具として用意した武具は全て本物なの」
「え? 刀とか以外の直刀も?」
「倉庫にある予備も含めて全部本物」
「神具って本物だったんだ……」
圭人は日本で手に入りやすい刀や薙刀以外の神具は模造刀だと思い込んでいた。
圭人が小さい頃から神具には触らないようにと教えられてきたが、神聖な物ゆえに触るなと注意されていると圭人は思い込んでいた。まさか刃がついた本物なので触ったらいけないとは思いもしない。
「父さんと琥珀様に武具を持ち出す許可をもらいにいきましょ」
真実を知って衝撃を受けている圭人は頷く。
圭人は巴に連れられるように日本へ帰還する。
「あたしが武具を持ち出す許可もらってくるから圭人は昼ごはんをお願い」
「わかった」
巴はそういうと部屋を出て行った。
祭壇の前に残った圭人は銅鏡の周りに並べられている武具を眺める。
刃がある武器は全て鞘に入れられて飾られている。
「これ、全部が本物だったんだ……」
圭人は少しの間神具を見た後、昼食を作るためキッチンへと向かう。
鏡でまじわる異世界キッチン 〜料理修行をするため世界を回るはずが、神様に連れられ異世界に〜 Ruqu Shimosaka @RuquShimosaka
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