第21話 カニクリームコロッケ

 巴は琥珀とジェイドを連れて金尾稲荷に戻ってくる。


「楽しみじゃのう」


 琥珀は尻尾を振ってご機嫌な様子。

 巴が定期的に手入れしている琥珀の尻尾はツヤツヤ、もふもふ。

 銅鏡のそばにはまだセレナがいた。


「セレナ、料理が完成したから行きましょ」

「分かりました。研究は後にいたしますわ」


 琥珀とジェイドが来たからか、セレナはあっさりと銅鏡の前から離れる。

 巴は金尾家のリビングへと向かう。

 リビングでは圭人とパムが作った料理を机に並べている。

 料理から美味しそうな匂い漂う。


「巴、ちょうどできたところだよ」

「楽しみ」


 食事の前に巴はセレナとパムに家族を紹介する。

 父の直樹、母の恵、兄の颯太。

 母の恵は黒目黒髪の日本人と一目見ればわかる容姿。父と兄は巴とそっくりな金髪で、一目では日本人だとわからない容姿。


 巴は紹介もそこそこに、冷める前に料理を食べようと提案する。


「まずはカニクリームコロッケ」

「どうぞ」


 巴が箸をカニクリームコロッケに伸ばそうとすると、圭人がカニクリームコロッケを取り分けてくれる。

 巴は圭人にお礼を言ってカニクリームコロッケを手元に置く。


 きつね色の衣に包まれたカニクリームコロッケ。

 衣に使われているパン粉は細かく、スーパーなどで売っている揚げ物とは見た目が少し違う。

 形は売っているカニクリームと似ており樽型。

 そして大きさは少し小さめで、二口で食べられる。

 巴にとっては見慣れたカニクリームコロッケ。


 箸でカニクリームコロッケを触るとカリカリの硬い質感が感じられる。

 カニクリームコロッケは箸で持っても崩れることなく、形を保っている。衣がザクザクな証拠。

 巴のカニクリームコロッケに対する期待は膨らむ。


 巴はまだ熱を持つカニクリームコロッケを口元に運ぶ。

 揚げ物のいい匂いが香る。

 行儀よく食べるなら半分に切って食べるべきなのは巴も分かっている。しかし、圭人の作る揚げ物は歯触りがとてもよく、箸で切ってしまうのはあまりにも勿体無い。


 巴は期待しながら衣を噛む。

 歯触りのいい衣を噛むとカリカリザクザクと音が聞こえてくる。

 巴の期待通りの香ばしいカニクリームコロッケの衣。

 行儀が悪いけれど、この食べ方が食感を楽しむ一番の方法。


 衣の歯触りを一瞬楽しんだところで、衣に包まれていた中身が飛び出し、バターの香りとカニの匂いが口の中に広がる。

 衣とは打って変わって、カニクリームはトロトロで濃厚。

 濃厚なクリームの中には弾力のあるランバージャッククラブの小さな身。クリームの中にあるランバージャッククラブの身を噛むと、中からカニの濃厚な味が口中に溢れる。

 クリームに負けてしまいそうなランバージャッククラブは負けずに味を主張している。


 濃厚なランバージャッククラブの味と濃厚なクリーム。

 主張の強い二つの味を香辛料、塩、ほんのりと感じる玉ねぎの甘さが一つの料理として調和させている。

 美味しい料理に巴は自然と口角が上がり、笑顔になる。


「美味しい」


 巴は思わず思ったことが口から溢れる。


 味わって食べていると、半分残った衣からクリームが垂れそうになっている。

 巴はカニクリームが勿体無いと、もう半分を口の中に入れる。まだ熱いカニクリームに火傷をしそうになりながらも食べる。

 衣はカリカリ、クリームはトロトロ、ランバージャッククラブの身はプリプリ。

 歯触りや舌触りまで楽しいカニクリームコロッケ。


「あっつい」

「巴、まだいっぱいあるからゆっくり食べなよ」

「うん」


 巴が好きな圭人が作る特製カニクリームコロッケ。

 カニ風味のクリームコロッケではなく、カニの身が大量に入ったカニクリームコロッケ。

 カニの値段が高いこともあり、巴も何かの行事の時くらいしか食べられない。しかし、食べたことのある人からは特に評判のいい一品。

 圭人は味に飽きたらレモンやソースをかけるといいと毎回言うけれど、毎回飽きる前にカニクリームコロッケはなくなってしまう。

 やはり今日も、山盛りに積まれたカニクリームはみるみる量が減っていく。




 圭人は巴の美味しそうに食べている姿を見て笑顔になる。

 カニクリームコロッケを作って良かった。

 巴だけではなく、皆が料理を食べて美味しいと笑顔を浮かべる。

 圭人は料理人として幸せを感じる。


「圭人お兄ちゃん、美味しい」


 パムも圭人の料理を気に入ったようだ。


「圭人さん、本当に料理人でしたのね……」

「セレナさん、信じていなかったのですか?」

「少し疑っておりましたわ」


 セレナの皿が空になったところで圭人が料理を取ろうとする。

 しかし、セレナはそれを止める。

 圭人がどうするのだろうと思っていると、セレナの前にあるナイフとフォークが浮き上がる。中に浮いたナイフとフォークが料理を取るとセレナの前まで運んでくる。


「セレナさん、それどうやって料理を浮かべているんですか?」

「魔法みたいなものですの。魔力の修練を積むと無詠唱でも軽い物なら持ち上げられますの。私みたいな姿を維持している者には必須な技ですわ」


 圭人から見ても、カピバラのセレナはお淑やかに食事を食べている。

 不思議な光景ではあるが、魔法を使う文化の違いを圭人は感じる。


「圭人さんも食べないとなくなってしまいますわよ?」

「そうでした」


 圭人も自分の取り皿に料理を取り分けて食べ始める。

 まずは好物なカニクリームコロッケ。




 圭人が作りすぎた料理はきれいになくなった。


「お腹膨れた」


 巴が満足そうにお腹をさすっている。


「ランバージャッククラブの身は流石に残ったか」

「味見って言いながら結構な量を先に食べてたから」


 料理は全てなくなったが、ランバージャッククラブはまだ残っている。

 神殿にあるランバージャッククラブも大半を食べ終わってはいて、明日には無くなりそうな量しか残っていないと圭人は聞いている。


「この美味しさ、また食べたいのう」

「琥珀、そうは言っても流石に口の中に一撃入れろとは言えない。ランバージャッククラブは遠距離で倒す前提であれば簡単に倒せるが、近距離で戦うのは難しい。もしハサミに挟まれてしまえば即死」

「そんなにか?」

「木を折るようなハサミで人体を挟まれれば人の体はへし折れる。しかもハサミは両手にあり、仮に命を落とさない部分を挟まれて生き残っても、断ち切れるようなハサミではないため逃げることは不可能。すぐに反対側のハサミで致命傷を受けることになる」


 ジェイドがランバージャッククラブと戦う難しさを教えてくれる。


 圭人としてはそこまで難しい相手とは思わなかったが、ジェイドの説明を聞いて確かに盾なしで戦おうとは思わない。巴であれば盾なしでも一人で倒しそうだが……。


「琥珀様」

「なんじゃ、颯太?」


 巴の兄、颯太。

 巴と同じようにハチミツのような金髪、顔立ちも日本人離れしている。身長は195センチと圭人より大きい。身長だけではなく筋肉も多いため、一回り以上大きく見える。


「オレがカニを狩りに行っても構いませんか?」

「おお、構わぬぞ」


 巴の両親の直樹と恵も同じようにクルガルでの活動を琥珀に願う。

 二人の願いを琥珀は受け入れ、好きに出入りできるようになった。

 巴が三人にランバージャッククラブの倒し方を教えている。


「圭人さん、危なくはありませんか?」

「セレナさん、三人なら大丈夫ですよ。巴と同じくらい強いですから」

「巴と同じくらい……でしたら平気そうですわね」


 圭人では三人とも勝つのが無理。

 三人が草原に出入りするようになれば、ランバージャッククラブを定期的に手に入れられそうだ。

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