第22話 アンバー

 圭人は夕食の片付けをしようと立ちあがろうとする。


「あれ?」


 何かに引っ張られている感覚があり、立ち上がるのをやめる。

 違和感がある場所を見るとパムが圭人の服を掴んで寝ていた。


「パムが寝ちゃったか」

「あら、寝てしまいましたか。圭人さん申し訳ありません」


 セレナが圭人に謝る。

 最初は尻尾を抱え、耳を伏せていたパム。今は圭人の服を掴んで寝るほどに気を許している。

 圭人は安心して眠っているパムを軽く撫でる。


「セレナさん、気にしないでください」


 パムは小さく寝息を立てて眠っている。

 丸くなって寝ている姿は可愛いが、晩秋のため少々寝るには寒い。

 圭人は風邪をひかないように布団を用意すべきと考える。しかし、圭人はパムに服を掴まれており、立ち上がれない。パムを起こさないように、誰かに布団をとってきてもらうべきだろう。


「気持ちよさそうに寝ておるのじゃ」

「琥珀様?」


 琥珀がいつの間にか圭人の隣でパムを見ている。

 近くで見るとパムより琥珀の方が一回りほど大きい。

 ハチミツのような金髪の琥珀と、黄色いモンブランのような金髪のパムは少し似ている。


「しかし、少し寒そうじゃな」

「ええ」

「妾が暖めてやろう」

「え?」


 圭人は戸惑う。

 琥珀とパムの大きさはほぼ同じ。

 添い寝をすると言うことだろうか?


「ほれ」


 添い寝をする様子もなく、琥珀が軽い声をあげる。

 声を出した後、琥珀の姿が大きくなっていく。

 圭人には何が起きているのかが理解できない。

 人の姿をしていた琥珀は、気づけば狐の姿になっている。しかし、ただの狐とは違って牛や馬並みに体が大きい。尻尾は胴体と同等の長さがあり、体がさらに大きく見える。

 ハチミツのような金の毛皮が美しい大きな狐。


「琥珀様?」


 姿を変えた琥珀が圭人を見る。


「うむ。パムを妾の上に乗せるとよい」


 琥珀が大きな体を横たえて丸くなる。


「は、はい」


 圭人はパムに掴まれていて持ち上げられないため、巴がパムを琥珀の上にのせる。パムは琥珀の毛並みに包まれると圭人から手を離す。

 移動させたことで起きてしまうかと心配になるが、琥珀の毛並みに包まれたパムは幸せそうに眠っている。


「お父さん、お母さん……」


 パムが寝言で呟く。

 圭人はパムの両親にあっていないことに気づく。

 パムの両親はもしかしたら……。


 セレナ以外の皆がパムを心配そうにみる。


「セレナさん、パムの両親はどうしているのです?」

「え……?」


 セレナは声をかけられると思っていなかったのか、圭人の質問に戸惑った声をあげる。


「その……パムは両親と生き別れているのですか?」

「いえ? 今日一日預かっているだけですわ。普段は実家から魔法学園に通っておりますの」


 セレナは圭人の考えを否定する。


「あれ?」

「琥珀様、いえ、アンバー様の毛並みで両親を思い出しただけだと思いますわ。パムにとって今日は大冒険だったでしょうから」


 街から出てモンスターと戦うのは大冒険と言える。

 圭人はセレナが琥珀の名前を言い換えたことに気づく。


「アンバー様?」

「ええ」


 セレナが頷いて琥珀へと視線を送る。


「久しぶりじゃな、セレナよ」

「ご無沙汰しております」


 セレナが頭を下げる。


「黙っておってすまんの」


 圭人の予想通り琥珀とセレナは知り合いだったようだ。

 やはりアンバーテイルのアンバーは琥珀。


「お姿が違われたため気づきませんでしたわ」

「日本で大きな狐の姿を観られるとまずいのじゃ。普段はもし観られても問題がない姿をとっておる」

「それで幼女の姿を」

「あ、それは違うぞ。あの姿は巴の趣味じゃ」


 巴の趣味。

 圭人は可愛いものが好きな巴の趣味を理解している。確かに琥珀の姿は巴が好きそうな見た目。

 琥珀の服なども巴の趣味が反映されていそうだ。


「巴の趣味」

「うむ。妾も気に入っておるのじゃ」

「あのお姿ではアンバーテイルの魔法使いは皆気づかないと思いますわ」

「そうじゃろな。セレナには悪いが少し面白かったのじゃ」

「まあ。アンバー様、私を騙して楽しんでおりましたの?」

「うむ、すまぬな」


 セレナは騙されていたと言うのに気にした様子もなく上品に笑う。


 圭人は琥珀とセレナの会話を聞きながら、大きな狐の姿となった琥珀を見ていて既視感を覚える。どんな既視感だったか思い出そうと考えていると、小さい頃にパムのように狐の上で寝た記憶が思い出される。

 あの頃は圭人が大きな狐の上で寝たと周囲に言うと、大人たちから夢だと言われた。大きくなるにつれ圭人もそれで納得したのだが……実は夢の出来事ではなかった?


「琥珀様、俺が子供の頃に会っていませんか? 大きな狐の上で寝た記憶があるのですが……」

「まだ覚えておったとはの」

「やはり琥珀様だったんですか」

「うむ。言ったであろう? ずっと見守っておったと」


 本当に小さな頃から見守られていたと圭人は悟る。


「琥珀様は狐の姿が元々の姿なのですか?」

「そうじゃよ。神になってから人型を取れるようになったのじゃ」


 神。

 圭人はクルガルを治めるために10の神を地球から招き入れたという、セレナが語ったクルガル創世の話を思い出す。


「琥珀様はクルガルの神をしているのですか?」

「うむ。妾は現代でいう中東のメソポタミア付近でアヌと出会い、クルガルで神にならないかと誘われたのじゃ」


 メソポタミア……?

 圭人はメソポタミアと言われてシュメール人が結びつく。

 人類最古と言われる楔形文字を作った民族。


「セレナさんにシュメール人と聞いてから聞き覚えがあると思っていたけど、古代メソポタミア文明を築いた人たちか」

「シュメール人はアヌの民じゃな。地球からアヌと共にクルガルへ移り住み、今も変わらずアヌを神として崇めておる」


 つまり琥珀は現代の中東付近からクルガルへ渡ったということ。

 圭人にはなぜ琥珀が日本で神をしているかが疑問になる。


「琥珀様はなぜ日本で神を?」

「簡単に話すとクルガルで発生した疫病を地球に移動させるため、クルガルから転移をしたのじゃ」


 圭人は琥珀が疫病とわかっていて地球に移転させたと言ったことに疑問を覚える。圭人からすると琥珀は疫病を地球に持ち込むような性格には思えない。


「琥珀様が疫病を地球に運んだのですか?」

「うむ。疫病は魔力の暴走によりモンスターになってしまうもので、魔力がなければ意味をなさないのじゃ」

「地球には魔法がないから安全ということですか」

「うむ……その予定じゃった。妾も想定外であったのだが、転移先の日本でモンスターが発生したのじゃ。クルガルのモンスターと比べると弱かったがのう」


 圭人は日本にモンスターが発生したと聞いて目を見開く。

 しかし、現代の日本でモンスターはいない。


「俺が知らないだけで、今もモンスターが日本にいるのですか?」

「いや、地球のモンスターは数が少なかったこともあり、全て討伐を終えているのじゃ。妾も悪いと思って討伐しておったが、陰陽師や呪い師などが妖怪と言って討伐しておったぞ」

「妖怪、陰陽師」

「陰陽師だと安倍晴明とか賀茂忠行とかが有名かの?」


 有名な陰陽師の名前が出る。

 陰陽師って本当に妖怪退治していたんだな。

 圭人には当時の様子を想像できない。


「陰陽師はそんなに数がいないのでは?」

「うむ、なので妾はモンスターと戦うために道場を開いたのじゃよ」


 圭人がランバージャッククラブ相手に戦いやすいと思った理由が発覚した。

 今まで習ってきたのは元々モンスターを相手するための武術だったのだ。人間を相手にするより戦いやすくて当然。


「圭人、そろそろ話は終わりにするのじゃ、パムが起きてしまう」


 圭人は琥珀に言われてパムの様子を見る。

 幸いなことにパムは穏やかに寝ている。


「琥珀様、また話を聞かせてください」

「うむ」


 パムは琥珀の毛並みに包まれ、幸せそうに微睡む。

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