第19話 ランバージャッククラブの味
圭人はどうなるかと思っていたが、琥珀は簡単に地球に行く許可を出した。
琥珀の返事を聞いてセレナが前に出る。
「アンバーテイルの魔法使い、セレナと申します。琥珀様、地球へ向かう許可をいただき感謝します」
セレナがパムを呼ぶ。
「パムです。琥珀様、ありがとうございます」
パムが年齢に見合わないほど礼儀正しく琥珀にお礼を言う。
「妾は金尾稲荷の神、琥珀。二人とも気軽に遊びにくると良いぞ」
圭人はセレナと琥珀が知り合いではないかと思っていたが、二人の反応を見るに知り合いには見えない。
圭人の琥珀がクルガルの神だという予想は外れているのだろうか。
「圭人、妾はジェイドを呼んでくるのじゃ」
「はい」
「それでは行ってくるのじゃ」
琥珀はそう言うといきなり消え去る。
圭人は琥珀が目の前から消えて戸惑う。
「琥珀様?」
「圭人、琥珀様一人であれば銅鏡を使わないで移動できるの」
琥珀が消えた理由を巴が教えてくれる。
圭人は一瞬納得したが、すぐに疑問が浮かぶ。
「それだと銅鏡の意味は?」
「あたしも詳しくはないけど、地球とクルガルの移動は大変らしいのよ。移動を楽にするために作ったとかなんとか?」
「なるほど」
クルガルの中だけであれば移動は楽ということか。
圭人の服が再び引っ張られる。引っ張っているのはパム。
「圭人お兄ちゃん、巴お姉ちゃん。ありがとう」
圭人は琥珀に地球行きを尋ねたことだろうと理解する。
「俺は琥珀様に尋ねただけだよ」
「あたしもよ。うちに遊びにきてね」
「うん!」
よほど嬉しいのか、パムの尻尾が忙しく動く。
「圭人さん、巴、私からもお礼を申し上げますわ」
「気にしないでください、尋ねただけですから」
「うふふ、楽しみですの」
よほど嬉しいのか、セレナがその場で回転しながら軽やかにステップを踏む。セレナに釣られたのかパムも笑顔でクルクルと回る。
パムとセレナの楽しげな様子に圭人は笑顔になる。
セレナはひとしきり踊った後、前足で顔を隠す。
「ま、またやってしまいましたわ」
草原でも恥ずかしがっていたが、セレナにとって人前で感情のままに踊るのは恥ずかしいことのようだ。
ナイジェルや神殿の料理人たちは、微笑ましいものを見るような視線をセレナとパムに送っている。
圭人としてはカピバラ姿のセレナが踊る姿は可愛いのだが、人前で踊った後恥ずかしがるのも理解できる。
先ほどは狐の獣人であるパムも一緒だったため、一層愛らしくあった。
「楽しそうじゃのう」
いつの間にか琥珀が戻ってきている。
琥珀の隣には背の高いジェイドが立っている。
「ジェイド様、呼び出して申し訳ありません」
「問題ない。ランバージャッククラブは私の好物、呼んでくれて嬉しく思う」
ジェイドが鍋の中を覗き込む。
「美味しそうだ」
圭人はランバージャッククラブを一時間茹でたことに気づく。
「茹で上がったと思います。鍋から上げます」
「私も手伝おう」
圭人より力がありそうなジェイドに手伝って貰えばランバージャッククラブを上げるのは簡単だろう。しかし、神様と崇められるジェイドに手伝ってもらうのは圭人としては恐れ多い。
「圭人、ジェイドに手伝ってもらうとよいぞ。どうせ一番食べるのはジェイドじゃからな」
ジェイドが琥珀の言葉に頷く。
「遠慮なく食べるために手伝おう」
圭人は迷ったが、熱くなったランバージャッククラブを鍋から持ち上げるのは大変であるため、ジェイドに手伝ってもらうことにする。
「では、ジェイド様お願いします」
沸騰状態を維持していた鍋の火を止める。
熱湯の中から巨大なランバージャッククラブを取り出すのは大変というよりも危険。
神殿にある防熱の手袋と前掛けを借り、ランバージャッククラブが入ったカゴを鍋の中から取り出す。重たいカゴをゆっくりと持ち上げると、凄まじい湯気が上がり目の前が真っ白になる。
熱されたカゴとランバージャッククラブを慎重に台の上に置く。
「大きな個体じゃの」
琥珀が湯気を上げるランバージャッククラブを観察している。
「琥珀様、もう一杯行きます」
「分かったのじゃ」
琥珀がランバージャッククラブが乗った台から離れる。
圭人は二杯目のランバージャッククラブが入ったカゴを持ち上げて移動させる。台の上に乗せた後、カゴの中からランバージャッククラブを取り出す。
ジェイド様に手伝ってもらったおかげか、持ち上げるのも大変な作業はすんなりと終わった。
「美味しそうに茹でられました」
カニを茹でた匂いが部屋中に充満する。
琥珀が再びランバージャッククラブに近づく。
「真っ赤じゃのう」
お湯の中でも赤いのが分かったが、鍋の中から出すと赤いのがさらに目立つ。
カニは赤くなると何故か美味しそうに見える。
「ここから身を取り出すのですが……」
圭人はあまりに巨大なランバージャッククラブを前に、金槌などの道具が必要そうだと感じる。小さなカニであれば包丁で殻を切れるが、ランバージャッククラブの殻はどう考えても無理。
「まかせろ」
ジェイドがそういうと、ランバージャッククラブのふんどしを持つ。ジェイドの筋肉が盛り上がりメキメキと音を立てながらふんどしが千切れる。
続けてジェイドがふんどしを千切った部位と甲羅に手をかける。
「ふん」
ジェイドの掛け声と共に先ほどより凄まじいバキバキという音がして、甲羅と胴体が分離する。胴体を分離させると、肘で殻を破り始める。凄まじい勢いでカニが解体されていく。
「身が詰まって美味しそうだ」
気づけばカニの足から取り出した身がジェイドの手にある。人の足より太い身。
しかし、驚くほどジェイドはカニを剥くのが手慣れている。
カニの大きさから剥くというより、解体と呼ぶのが相応しい。
「食べてみても?」
ジェイドが圭人に尋ねてきた。
「あ、はい。たくさんありますから、皆で味見してみましょう」
ジェイドが解体したランバージャッククラブの身を取り分ける。
普通のカニは細い繊維が集まったような身だが、巨大なランバージャッククラブは一本の繊維が太い。
巨大な四角の繊維は弾力があり水分を含んでいる。
圭人は普段食べているカニとの違いに美味しいのかと思いながら口に入れる。
カニの身を噛み締めると口の中にカニの風味が一気に広がる。
雑味は一切なく、塩味と共にほんのりと甘い。そして濃いカニの味がする。
巨大なランバージャッククラブは大味ということはなく、むしろカニとしての味はとても濃厚。
「これは美味しい」
「ええ、美味しい」
巴も気に入ったようだ。
しばらく無言でランバージャッククラブを食べる。
カニを食べると何故か皆無言になる。
「いつもより味が濃い」
ジェイドが不思議そうにランバージャッククラブを見ている。
どうやら普段とは味が違うようだ。
「確かにジェイド様がおっしゃるように味が濃いですの。圭人さんが甲羅を割らずに倒した理由がよく理解できましたわ」
セレナの言ったことで、圭人は味が濃い理由に気づく。
「確かに甲羅がどこも割れていない」
「身の隙間から水が入ることで味が落ちるんです」
「倒し方でここまで味が違うとは」
ジェイドはそう言いながらもランバージャッククラブを食べ続けている。相当気に入ったようだ。
「ジェイド様、ランバージャッククラブの口に一撃を入れることは、残念ながら普通の人にはできませんわ」
「残念だが、モンスター相手に口に一撃を入れる難しさは理解できる」
圭人はジェイドにまで非常識と言われているようだ。
そこまで無茶をしたつもりはないのだが、どうもクルガルの人たちからすると圭人のやったことは相当無茶だったようだ。
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