第18話 ランバージャッククラブを茹でる

 セレナに茹でるだけと言われ、圭人はまだランバージャッククラブを洗っていないことに気づく。

 セレナとパムの魔法に驚いて気づくのが遅れてしまった。

 圭人はセレナにまだ茹でられないことを伝える。


「すいません。まだランバージャッククラブを洗っていません」

「あら、下準備がまだでしたか。確かにまだ洗っていませんでしたね、早とちりしてしまいましたわ」


 圭人とセレナの話を聞いていた神殿の料理人が、ランバージャッククラブを洗う時に使うという洗い場を貸してくれる。

 洗い場というか、蛇口の下は排水溝と斜傾がついた床。排水溝があるため水を使う場所だとはわかるが、一見しただけでは洗い場だとは思わない。


「パム、ランバージャッククラブを出してもらえる?」

「うん」


 パムに鞄の中に入っているランバージャッククラブを出すと、神殿の料理人たちが集まってくる。料理人たちが口々にここまで傷が小さいランバージャッククラブは初めて見たと言う。

 圭人が料理人に普通の状態を尋ねると、強力な魔法を使って倒すため甲羅が砕けた状態が多いと教えてくれる。セレナが最初に提案した倒し方が一般的だと圭人は理解する。


「急所を狙う戦い方が、そんなに珍しいのか」

「圭人さんと巴の倒し方は普通ではありませんわ」

「そんなに難しくはないんですけどね?」


 圭人の言葉に巴も頷く。

 セレナが「普通ではありませんわ」ともう一度言ってため息をついた。


 圭人は話しながら、ランバージャッククラブを洗い始める。

 神殿の料理人が料理道具を貸してくれた。

 料理道具として使用されている大きなブラシで、ランバージャッククラブの体を隅々まで磨いていく。


「改めてじっくり見ると大きいな」

「甲羅だけで縦横一メートルはありそう」

「地球最大のタカアシガニと違って手足は長くないけど、代わりに手足が太い」

「上海蟹とかサワガニを大きくしたみたい」

「確かに上海蟹に似てるかも。ハサミに毛は生えていないけど」


 圭人は洗っていると、ランバージャッククラブの手足を伸ばすと三メートル近いことに気づく。二メートル程度だと思っていたが、ハサミが胴体とあまり変わらない大きさのため、完全に伸ばすと三メートルほどの大きさになるようだ。

 ハサミの先にある身まで食べられそうな分厚いハサミ。木をもへし折るというのも理解できる大きさ。


「圭人、流石に食べきれないと思う」

「ジェイド様を呼んでも難しいかな?」

「どうかな……」


 カニの可食部は新鮮でも四割もあればいい方。処理が悪かったり、長期間の冷凍されていると食べられる部位が二割以下になることも。

 今回はすぐに茹でているため食べられる部位は多いだろう。

 仮にランバージャッククラブが100キロとして、四割が40キロ。二杯で80キロ。


「多すぎる気がするけど……茹でてから考えよう」


 圭人からすると、今ランバージャッククラブを茹でないという選択肢はない。

 カニは死んでしまうと筋肉が溶けていき、食べられる身が時間の経過とともに減っていく。身が減る以外にも腐敗の問題もあり、二杯同時に調理してしまう必要がある。


「草原にいたからか結構汚れているな」


 ブラシで擦ると水が汚れる。

 圭人だけでなく巴もランバージャッククラブを洗うのを手伝い始める。


「圭人お兄ちゃん、パムもやってみたい」

「いいよ。一緒にやってみよう」


 圭人と巴がランバージャッククラブを洗っているとパムも気になったようだ。

 洗うだけなら怪我することもないと、圭人はパムにブラシを渡す。


「カニは手足の根元に汚れが溜まりやすい。大きいから関節も洗っていくよ」

「うん」


 何度も擦って汚れが少なくなった。


「もういいかな」


 圭人は浴槽のような大きさの鍋に塩を入れる。

 鍋に入っている水の量が量だけに、塩も凄まじい量を投入する。

 今回は陸のカニであるため塩を入れなくともいいかと思ったが、神殿の料理人から入れた方が美味しいと助言をもらい、大量の塩を投入している。

 トラウトポートには塩を生成する場所があるようで、塩は安いので好きなだけ使えと20キロはありそうな大きな袋で渡された。


 調理の準備ができたところでランバージャッククラブを鍋に投入する。

 圭人は巨大なカゴに入れて茹で上げるといいと神殿の料理人から助言をもらう。料理人というより、水産業者の仕事のよう。

 洗い場から持ち上げるのに苦労する。


「見た目ほど重くはないけど、持ちにくいな」

「手足が千切れそう」


 カニは大きさほど重くはない。それでもランバージャッククラブは100キロ近くはありそうだ。ランバージャッククラブを圭人と巴だけではなく、神殿の料理人にも手伝ってもらいカゴに投入する。

 カゴを鍋に入れると、甲羅を下にしたランバージャッククラブは沈んでいく。

 お湯の中に沈むと徐々に殻の色が、茶褐色から赤く変わっていく。


 圭人は鍋の大きさからもう一杯のランバージャッククラブも入れられそうだと目算する。

 皆に手伝ってもらいつつ、二杯目のランバージャッククラブが鍋に投入する。手足が取れるようなこともなく、きれいな状態で鍋の底に沈んでいく。


「もう一度沸騰させて、一時間は茹でないといけないか」


 大きさが大きさだけに、茹でる時間もまた長い。

 ランバージャッククラブが入ったことで温度が下がったお湯をパムが再沸騰させる。

 お湯が再び沸騰すると、凄まじい湯気の中が鍋から上がる。

 圭人が火の調整について料理人に尋ねると、鍋は魔道具になっていることを知る。調整する目盛りがあり、温度管理ができるようになっている。

 五分程度皆で鍋を眺めていると巴が話しかけてくる。


「圭人、あたしは琥珀様と話してくる」

「分かった。セレナさんとパムのこと聞いておいて」

「そうね。ジェイド様がどうしているかも聞いてくるわ」


 巴は神殿の厨房から出ていく。

 圭人はしばらく厨房から離れられない。


 沸騰する鍋を見ながら圭人は今日の晩御飯を考える。

 今日は大量のカニがあるため、色々と料理を作る必要はない。

 圭人は今回ランバージャッククラブの味を確認するため、あまり手の込んだ料理を作るつもりはない。というか、手の込んだ料理を作るにはランバージャッククラブは大きすぎる。もう少し小型のカニの方が料理はしやすい。


「カニ料理か。昨日クロケットを作ったばかりだけど、カニクリームコロッケを作ろうかな」


 カニクリームコロッケは巴の好物であるため、圭人はカニの身たっぷりのカニクリームコロッケはどうだろうと考える。


「妾はカニクリームコロッケが食べたいのじゃ!」

「琥珀様?」


 いつの間にか琥珀が圭人の隣にいる。

 琥珀の近くには巴が控えている。


「大きなカニを狩ったと巴から聞いて見にきたのじゃ」

「今茹でてますよ」

「ほほう」


 琥珀が鍋の中で真っ赤になったランバージャッククラブを見る。


「おっきいのう。妾だけでは食べきれなさそうじゃ」

「ジェイド様を呼んでも厳しそうですかね?」

「ジェイドであれば食べかねんと思うのが怖いのう……。とはいえ、さすがにあまるじゃろ」


 圭人が琥珀と話していると、左側の服を引っ張られる。服を引っ張っていたのはパム。圭人がパムに声をかけようとすると、今度は右側の太ももを突かれる。足を見るとセレナがいる。

 パムとセレナを見て地球のことかと思い出す。

 圭人はまず二人のことを琥珀に紹介する。


「琥珀様、今日友人になったセレナさんとパムです」

「おお、二人のことは先ほど巴から聞いた。地球に来たいのじゃったな、金尾稲荷の敷地から出なければ問題ないぞ。敷地内であれば妾の力でどうにかなるのじゃ」

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