第17話 大きな鍋
圭人たちはランバージャッククラブを回収してギルドから出る。
「セレナさん、口座についての助言ありがとうございます。咄嗟になんと返せばいいかわかりませんでした」
「いえ、クルガルの常識をなるべく教えますわ。ただ、私も圭人さんが分からないことが分かりませんの」
「常識を説明するのは難しいですよね……」
「ええ、とても」
常識は皆が知っているからこそ常識であり、知らないことを想定するのは難しい。
日本と海外の差であればまだ事前の情報があるが、日本とクルガルは情報がない上に違いが多すぎる。
「ところでセレナさん、ギルドに口座があるのですか?」
「クルガルでは銀行にお金を預けておくのが普通ですわ。ギルドは銀行としての機能も備えており、ギルドカードで支払いもできますの」
ギルドカードで支払い、クルガルでは現金を持ち歩かなくともいいようだ。
日本とそう変わらない。
「それと八千ハルと言われても価値がわからないのですが……。例えば昼食を食べるならどの程度なんですか?」
「外食でしたら、普通は千ハルを少し超える程度でしょうか? 港近くの安い料理屋ですと千ハルを切る場合もありますわね」
「なるほど」
日本の円とクルガルのハルは食事に関しては似たような価格のようだ。
おそらく、トラウトポートで使われる主要な食材の値段はそう変わらないだろう。圭人としては覚えやすくて助かる。
「ところで圭人さん、ランバージャッククラブですがどこに運びますか?」
「そういえば、セレナさんの鞄の中でした」
ランバージャッククラブは大きさもあって運ぶのが難しい。
金尾稲荷への帰り道はジェイド神殿にある。
圭人だけではランバージャッククラブを運ぶのは難しいが、巴と二人で持てば運べないことはないだろう。
圭人は金尾稲荷にランバージャッククラブを運び込んだ後の処理方法を考える。泥抜きができないカニの処理はそう難しくはない。甲羅の汚れを落とし茹でるだけ。
「金尾稲荷に運び込んで、茹でる……?」
圭人は重要なことに気がついた。
「圭人さん、どうしましたの?」
「持ち帰ってもランバージャッククラブを茹でる鍋がないことに気づきました……」
二メートルの巨大なカニを茹でるには大きな風呂桶のような鍋がないと茹でられない。金尾稲荷は祭り用に巨大な鍋は用意されているが、流石にそこまで大きな鍋は用意していない。
茹でるために鍋を買おうにもすぐに買える大きさではない。
「ランバージャッククラブを丸ごと茹でられる鍋ですか。領主のトラウト伯爵家にはあると思いますが……」
「伯爵家に借りるわけには……」
「そうですわね。他にはランバージャッククラブを専門にしている料理屋でしょうか」
料理店も貸して欲しいと言って借りられるとは思えない。
「あ。……もしかしたら神殿にならあるかもしれませんわ」
「神殿に大きな鍋が?」
「神に捧げるため、鍋を準備しているかもしれませんわ」
「なるほど」
セレナが言ったように、奉納のために鍋があっても不思議ではない。
それに神殿なら借りられる可能性が高い。
圭人はジェイド神殿のナイジェルに話を聞いてみることにする。
「セレナさん、ジェイド神殿に鍋があるか尋ねに行きたいのですが、構いませんか?」
「ええ、もちろん」
ジェイド神殿へはキャリッジで向かうことになり、再び圭人たちはキャリッジに乗り込む。
セレナの引くキャリッジはトラウトポートを進み、ジェイド神殿のキャリッジ置き場に止められる。
圭人は神殿の中に入るとナイジェルのいる神官のいる部屋へと向かう。
「圭人さん、神殿の奥に勝手に入ってはいけませんわ」
圭人はセレナに神殿との関係を伝えていないことに気がついた。
「地球への入り口はジェイド神殿の中にあるんです。神官とは知り合いですので安心してください」
「まあ! ジェイド神殿に入り口がありますの?」
「琥珀様が地球と繋ぐのに目印にしやすいと言っていました」
「目印。興味深いですわ」
セレナと話しながらもジェイド神殿の奥へと進む。
「ナイジェル様」
「圭人さん、無事お戻りですか」
「なんとか」
圭人はナイジェルにセレナとパムを紹介する。
「セレナさん、お久しぶりです」
「ナイジェル様、久方ぶりですわ」
セレナはナイジェルと知り合いだったようだ。
ナイジェルがセレナを連れてきたことを疑問に思ったのか、どのような関係かと圭人に尋ねた。
圭人はギルドで出会ったところから順番にナイジェルに話していった。
「セレナさんが一緒におられる理由はわかりました。しかし、ランバージャッククラブが畑の近くに出るとは……」
ナイジェルの眉間に皺がよる。
猪の顔が歪むとなかなかに迫力がある。
「すぐにギルドから通達が来ると思いますわ」
「確認ができ次第、神殿でも注意を促しましょう」
神殿に戻ってくるまでの話を終えると、圭人はナイジェルに話しかける。
「ナイジェル様、少し相談があるのですが」
「なんでしょうか?」
「ランバージャッククラブを茹でる鍋があったりしませんか?」
ナイジェルが頷く。
「ジェイド神殿にございます。お使いになられますか?」
「貸していただけると幸いです」
「構いませんよ」
ナイジェルが先ほどまでとは違い優しい笑みを浮かべがら頷いた。
ナイジェルの案内で圭人たちは神殿の厨房へ向かう。
普段は使うことがないという大鍋が厨房の隅に置かれていた。
隅にあっても二メートル以上の大きさがある鍋は厨房で異彩を放つ。鍋というか巨大な風呂桶に見える。
圭人は借りると言ったが、どう考えても建物と一体化しており持ち運べない。
「持ち運びは不可能ですので、この場でお使いください」
「すみません、お借りします」
「お気になさらず」
空の鍋に水を溜めるところからだが、水を溜めて沸かすだけで何時間かかるだろうか。
圭人はランバージャッククラブを茹で上げるまで、夜中までかかることを覚悟する。
「まずは水を入れよう」
圭人が動こうとするとセレナが止める。
「圭人さん、私が水を入れますわ」
「え?」
「私は水魔法が得意なんですの」
セレナが「ウォーター」と唱えると水がすごい量の水が空中に現れる。
水は意志を持つかのようにゆっくりと鍋の中に入り、一滴も周囲にこぼすことなく鍋に収まる。空だった鍋は満杯になっている。
圭人は突然の展開についていけず固まる。
「さすがセレナさん、魔法がお上手です」
「簡単な魔法ですから。それに、私の得意魔法ですもの」
ナイジェルが褒めると、セレナは誇ることなく当然であるように返事を返している。
「パム、水を沸かせますか?」
「はい」
今度はパムが「ヒート」と唱えると水が湯気を放ち出し、次第に泡立って沸騰していく。
圭人はセレナに続いてパムの魔法を見て一瞬でお湯が沸いたと驚愕する。
「パムさんはセレナさんのお弟子さんですか?」
「魔法学園の生徒ですの」
「それは、それは。とても優秀です」
パムはナイジェルに褒められて顔を赤くしている。
人見知りなパムは褒められて照れているのだろう。
「圭人?」
巴に声をかけられて、圭人はようやく我にかえる。
「あ……セレナさん、パム、ありがとうございます」
「いえ、構いませんわ。ただ、地球に行けるか尋ねるのを忘れないでいただけると嬉しいですの」
「あ、はい。琥珀様に聞いてみます」
セレナは圭人に気を使わせないようにしているのだと思うが、地球に行ってみたいのも嘘ではなさそう。
圭人は尋ねるのを忘れないようにとしっかり覚えておく。
「後はランバージャッククラブを茹でるだけですわね」
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