第16話 トラウトポートに帰還

 圭人、巴、パムがキャリッジに乗り込む。


「出発しますわ」


 セレナの声とともにキャリッジが動き始める。

 道から外れた場所にキャリッジがあったため最初は大きく揺れたが、すぐに道の上に乗ったため揺れはなくなる。


「少し急ぎますわ。少し揺れると思いますの」


 キャリッジの窓から見える風景は行きより早く流れる。

 圭人はパムにキャラメルを与え、思案にふける。


 圭人がランバージャッククラブと戦った時、人でない相手と戦うためもっと苦戦すると思っていた。ところが実際に戦ってみると人と組み手する以上に戦いやすかった。

 地球にモンスターはいないというのに、まるで最初からモンスターを相手するために作られた武術のよう。


 武術を教わった道場は、金尾稲荷と併設しており同じ年数存在している。

 金尾稲荷の神は琥珀。道場を作ったのもおそらく琥珀。

 圭人は琥珀が意図してモンスターに対する武術作ったのではないかと思ってしまう。


 琥珀はクルガルに行き来できる。そして琥珀は銅鏡を魔道具と言った。

 セレナのキャリッジや鞄も魔道具という。

 そしてセレナはアンバーテイルの魔法使い。以前に聞いた時は違和感を感じなかったが、巴がアンバーテイルの魔法使いかとセレナに確認していたのを思い出す。

 もしアンバーテイルがアンバーとテイルだった場合、アンバーは英語で琥珀。アンバーテイルは琥珀が関係した場所なのかもしれない。


 セレナが教えてくれたクルガル創世の話に出てきた、クルガルを管理するために地球から移住した10人の神。琥珀も10人の一人だったのではないだろうか?

 もし移住した神の一人だったとすれば、ジェイドと友人なのも説明がつく。少なくとも数千年前に琥珀とジェイドが知り合ったという予想より、今考えると理にかなっているように思える。


 だが、クルガルの神である琥珀が日本で神をしている理由はわからない。

 全ては圭人の予想でしかない。


「圭人、圭人?」


 思考に沈んでいた圭人は巴に呼ばれていることに気づいた。


「ん? ごめん、考え事していた」

「何考えていたの?


 圭人はどう返すか困る。

 セレナにも聞こえる状態で、琥珀のことを尋ねるのははばかられる。


「あー、カニで何を作ろうかなって」

「楽しみ。あ、もうすぐ着くみたい」


 キャリッジはトラウトポートの城門を抜けて街の中を走っている。

 外を走っている時よりは速度が明らかに落ちている。


 巴はパムを膝に乗せて頭を撫でている。

 そういえば、巴が二度目のランバージャッククラブに気づいたのも違和感があったことを圭人は思い出す。圭人には何の気配も感じられなかった。巴なら鋭い感覚で見つけられる可能性もありはするが……。


「圭人、ついたよ」


 圭人は再び巴の声で思考を途切れさせる。

 色々な違和感は金尾稲荷に帰ってから尋ねたほうが良さそうだ。


「報告しに行きますわ」


 圭人がキャリッジを降りるとセレナが少し息を乱している。

 随分と急いだようだ。

 セレナは休まずにギルドの中へと入っていく。圭人もセレナを追いかける。巴とパムは手を繋いでセレナと圭人を追う。

 受付にはまだノーマンが座っている。


「セレナさん、遅くに出たにしては早いお帰りですね」

「ノーマン、ランバージャッククラブが出ましたわ」

「川まで近づいたのですか?」

「いえ、畑から離れていない場所で出ましたの。しかも二体」

「二体も!」


 ノーマンが立ち上がり、大きな声を出す。

 周囲から視線を集めているがノーマンは気にしない。

 ノーマンは地図を出してセレナから位置を聞いている。


「少々席を外します」

「構いませんわ」


 ノーマンが早足で受付を離れていく。


「これでギルドから農家に注意がされますわ」

「セレナさんはギルドにランバージャッククラブの出現を伝えるために急いだのですか」

「その通りですの。あのあたりは畑で作業する農家や、ギルドでも未熟な子供程度しか近付きません。野生動物でも危険ですのに、モンスターを相手するのは無理ですわ」


 圭人がセレナと少し話したところで、ノーマンが戻ってきた。


「セレナさん、ランバージャッククラブは倒されましたか?」

「ええ、回収しておりますわ」

「失礼ですが確認しても構いませんか?」

「もちろんですわ」


 受付の前にランバージャッククラブを出せないため、奥にある部屋へと案内される。


「こちらの部屋は高級品や受付で受け取れない大きさの物を受け取る場所です。部屋に入りきらない場合は倉庫に案内することもあります」


 ノーマンが圭人と巴の方を向いて説明してくれる。

 ギルドに登録したばかりの圭人と巴のために説明してくれたようだ。


「セレナさん、台の上に出していただけますか」


 セレナがパムを見る。


「パム、出してもらえますか」

「はい、セレナ先生」


 台は背の低いパムでも何とかなりそうな高さ。

 パムが鞄の留め具を外して内側にある青い宝石に触れ、反対の手を台の上に掲げる。

 何の前兆もなく、一瞬にしてランバージャッククラブが出現する。

 パムは続けてランバージャッククラブを出す。


「成体が二体ですか……厄介ですね」

「明日から草原の調査かしら?」

「はい。調査が終わるまで草原は立ち入り禁止になります」

「現状では近づきたいとも思いませんし、ギルドに従いますわ」


 圭人も草原を歩いている時にランバージャッククラブと遭遇して、木をへし折るというハサミで挟まれる危険性を考えると、現在の草原を歩きたいとは思えない。

 次は別の仕事をノーマンに紹介してもらう必要がありそうだ。


「ところでセレナさん、随分ときれいにランバージャッククラブを倒しておりますね?」

「今回倒したのは私ではありません。圭人さんと巴ですの」

「お二人が」


 ノーマンが圭人を見る。

 圭人はノーマンに怪しまれているのだろうとは思うが、曖昧な笑顔で誤魔化しておく。誤魔化せるとは思えないが……。


「圭人さんと巴の身元は私が保証しますわ」

「セレナさんが?」

「ええ。二人とも少々変わってはおりますが、問題を起こす心配はありません」

「変わってはいるのですか」

「ええ、まあ」


 セレナがノーマンから顔を背ける。

 圭人もクルガルの常識がないため変わっていないとは否定できない。


「二人が何か問題を起こした場合、私を呼び出して構いませんわ」

「承知いたしました」


 圭人はセレナに迷惑をかけないため、問題を起こさないようにしようと留意する。


「倒されたランバージャッククラブはどうされますか?」

「二人が食べると言っておりますわ」

「承知いたしました」


 二メートルもあるカニなので、一杯は売ってもいい気がするが、健啖家なジェイド様を呼べば食べられるかもしれない。とりあえず売るのをやめる。


「薬草の買取だけお願いしますわ」

「この場で承ります」


 圭人は採取してきた薬草を料理に試す分だけ残し、他は売却してしまう。それと少々取りすぎた栗も少し売ることにする。


「短時間で結構な量を集められましたね。圭人さんと巴さんは薬草が二千ハル、栗が四千ハルになります。合わせて八千ハルです」


 薬草が二千ハルと言われても、圭人には通貨の単位がよくわからない。

 ただ、栗が短時間の採取だったが倍の値段。薬草が相当安いのだろうと想像ができる。

 圭人と巴はお金をどうするか話し合う。結果、お金を全く持っていないのは不安であるため、半分ずつ分けることにする。


「買取したお金はギルドの口座に振り込みでよろしいでしょうか?」


 口座……?


「圭人さん、ギルドの口座にもお金を入れておいた方がよろしいですわ」


 圭人がどう返答すればいいか困っていると、セレナがさりげなく助言してくれた。

 圭人はありがたくセレナの助言に従うことにする。


「ギルドの口座でお願いします」

「承知いたしました」

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