第15話 魔道具の鞄
圭人はランバージャッククラブが死んだかを確認してセレナの元に戻る。
パムはセレナの影に隠れてこちらの様子を見ている。多少尻尾が膨らんでいるが、怖がっているというよりは興味があると言った感じ。
「セレナさん、ランバージャッククラブは群れを作るのですか?」
圭人は三度目の敵襲がないか、周囲を警戒しながらもセレナに尋ねる。
「似たような場所を好むため、自然に集まることはあります。ですが、川の近くで過ごすランバージャッククラブが川から離れた草原の奥に複数でいるのは変ですわ」
「今すぐこの場を離れた方が良さそうですね」
「ええ、すぐに帰還いたしましょう」
周囲を警戒をしながら荷物をまとめる。
圭人がランバージャッククラブを回収しようとするが、二メートル近いカニを持ち帰ると想定していなかったため、どうやって運べばいいかと悩む。
「わざわざ傷を最小限にしたけど、解体するしかないのか……」
巨大すぎるカニを持ち上げるのは難しく、仮に持ち上げたとしても手足が折れてしまう。一杯のランバージャッククラブならまだしも、二杯ではどう考えても持ち帰れるのは一部分だけ。
しかも早く撤収しなければまたモンスターが現れるかもしれない。
「持ち帰るならどの部位にすべきだろうか……」
圭人は完全な状態でランバージャッククラブを持ち帰るのを諦め、持ち帰る部位を選定する。
「圭人さん、どうされましたの?」
ランバージャッククラブの前で悩む圭人の近くにセレナがやってきた。
「ランバージャッククラブを持ち帰る方法がないと気づいて、どの部位を持ち帰るか迷っています。美味しい部位がどこか知っていますか?」
「ハサミが特に美味しいですわ」
「なるほど。他の部位がもったいありませんが、ハサミだけ持ち帰ります」
圭人が剣を使ってハサミを落とそうとランバージャッククラブに触れる。
「圭人さん、お待ちになって」
「なんでしょう?」
セレナに止められた圭人は剣を止める。
「私の鞄にランバージャッククラブなら解体しなくとも入りますわ」
「セレナさんの鞄ですか?」
圭人にはセレナが大きな鞄を持っているようには見えない。
そもそもランバージャッククラブは鞄に入る大きさではない。
「パム、鞄を圭人さんに渡してください」
「はい、セレナ先生」
パムが薬草を入れていた鞄を圭人に渡す。
圭人が受け取った鞄は、斜めがけの小さな鞄。何かの皮で作られており、丈夫そうではありそうだが、パムが持てる程度の大きさでしかない。
圭人は渡された鞄を手に戸惑う。
「えっと?」
「……? あ、圭人さんは地球の方ですから魔道具の鞄をご存知ではありませんね」
「魔道具の鞄?」
「ええ、鞄の大きさ以上に物を入れられるのです。クルガルでは一般的な魔道具ですわ」
「おお」
圭人は琥珀の銅鏡以外で初めて魔道具を間近でみる。
正確にはセレナのキャリッジで魔道具の近くにはいたが、圭人が手に取った魔道具は鞄が初めて。
一見普通の鞄が魔道具だとは思わなかった。しかも質量を無視する現代の地球では実現不可能な魔道具。
「セレナさん、鞄の使い方を聞いてもいいですか?」
「ええ。鞄の留め具を外すと青い宝石が出てきますわ」
圭人はセレナに言われた通り、鞄の留め具を外して鞄の口を塞ぐようにかぶさっていた鞄の一部をめくる。
隠れていた場所にはセレナの言った青い宝石が鞄に取り付けられている。
「宝石を回収したいものに触れさせれば使えますわ。魔法が使える場合は自分の魔力を通して回収もできますが、圭人さんは魔法が使えますか?」
「いえ、俺は使えません。それに地球には魔法がありませんよ」
「ええ、そのはずですわね」
セレナは何故か言葉を濁す。
圭人はセレナの様子を不思議に思いつつも、今はこの場から離れるのを優先するためランバージャッククラブを回収する。
「おお」
圭人がランバージャッククラブに鞄についている青い宝石を触れさせると、二メートルはあった巨大なランバージャッククラブが消える。
鞄の重量は少しだけ重くなったように感じるが、誤差の範囲。
圭人は鞄の性能にクルガルに来てから一番の衝撃を受ける。
「セレナさん、魔道具の鞄は誰でも買えるんですか?」
「ええ、普通の鞄よりは当然高くはありますが、トラウトポートでは大半の人が魔道具の鞄を持っていますわ」
「お金を貯めて買いたいな」
「圭人さんならギルドで依頼を何回か受ければ買えますわ。ちなみに渡した鞄は、貸し出すように使える人を指定していませんから誰でも使えるようにしてありますの。普通は使える人を固定して、他人には使えないようにいたしますわ」
圭人がクルガルでしっかりとお金を稼ぐ理由ができた。
ギルドで稼ぐにしても、稼ぎ方を模索する必要がありそうだ。
「圭人さん、詳しい話はトラウトポートに帰ってからいたしましょう」
「そうですね。ランバージャッククラブを回収してしまいます」
圭人は先ほどと同じように、魔道具の鞄を使って倒したランバージャッククラブを回収する。
大量に採取した栗や、薙刀の鞘も魔道具の鞄に入れさせてもらう。
回収を終えた魔道具の鞄はパムに返して、圭人と巴が動きやすい状態を作る。
「今回は巴にパムを抱えてもらう」
「私はランバージャッククラブを倒すだけなら片手で問題ないから、圭人が身軽な方がいいと思う」
圭人は巴なら動きの遅いランバージャッククラブの手足を簡単に切り飛ばせるのを知っている。
先ほど巴はランバージャッククラブを美味しく食べるため、最小限の傷にしようと集中していた。倒すだけであれば傷を最小限にする気遣いは不要。
気遣いする必要がないのなら、セレナの魔法も使えるためそうそう後れをとることはない。
「パム、抱えさせてね」
「うん!」
盾を持った圭人を先頭に、セレナは後方の警戒。パムを抱えた巴が真ん中奇襲を受けないように隊列を作る。
街道がある方向へと最短で抜けるように動き出す。
背の高い草は動きを阻害するが、圭人は短時間で慣れたこともあり草の海をかき分けるように進む。
圭人から草でモンスターを視認できないという問題はあるが、モンスターからも圭人を視認するのも難しいと思われる。怖いのは不意の遭遇戦だが、セレナが魔力でモンスターを確認できるため、そこまでの心配はいらない。
それでも圭人はランバージャッククラブと出会うまでとは違い、緊張しながら草原を歩き続ける。
十分も歩かないうちに草原から街道に出た。
「街道まで来れば安心ですわ」
「囲まれてなくて良かった」
「ええ、強くはないとはいえ視界が良くない場所で戦いたい相手ではありませんわ」
圭人は栗の木周辺にランバージャッククラブの群れがいる可能性を心配していた。
周囲にいなかったのか、遭遇しなかっただけかは圭人にはわからないが、街道まで出たことで視界が広くなり安全を確保できた。
「キャリッジに戻りますの」
「はい」
草原から距離をとってキャリッジがある北に向かって歩き出す。
「パムの尻尾はふわふわね」
「巴お姉ちゃん、少しくすぐったい」
「あら、ごめんなさい」
巴は街道に出たことでパムを堪能しているようだ。
圭人も尻尾や耳が気になっており、少し羨ましい。
圭人たちがキャリッジから降りた場所に戻ってくると、キャリッジは降りた時のまま無事。
「キャリッジがモンスターに襲われていなくて安心しました」
「キャリッジには対モンスター用の魔道具が装備されていますから、この辺りのモンスターでしたら問題ありませんわ」
「そんなものまであるんですか」
「魔道具は色々ありますわ。私のキャリッジは私が改造した特製ですの」
セレナは圭人と会話しながらもキャリッジに近づく。
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