第14話 ランバージャッククラブ

 セレナはランバージャッククラブに向かっていく圭人を止めようとするが、パムを抱えた巴がセレナを止める。


「セレナ、圭人なら大丈夫」

「巴、ランバージャッククラブはモンスターですの。動物と違って簡単に倒せる相手ではありませんわ」


 セレナは地球にモンスターがいないのを知っている。

 地球から生物が移住してきたクルガルにもモンスターは地球同様にいなかった。千年ほど前にクルガルの生物が突然変異を起こし、現れたのがモンスター。

 セレナが所属しているアンバーテイルでは、魔法の研究と同じようにモンスターの研究もされている。アンバーテイルで魔法とともにモンスターを研究していたセレナは、モンスターがどれほど脅威なのかをよく理解している。


「モンスターは神による進化ではなく、魔力によって変異した生物ですの。体内で膨れ上がった魔力によりモンスターは凶暴で手がつけられません。圭人さんが危険です」


 巴はセレナの説明でも慌てた様子を見せない。


「セレナ、それでも圭人なら心配いらないわよ。薙刀を使ったあたしと引き分けるに持ち込めるほどの腕だもの。圭人は自分に武術の才能がないと思っているけれど、スポーツとしての武術が向いていないだけなのよ」


 セレナには巴が何を言いたいのかがわからないが、気になることがあった。


「引き分けですの?」


 巴がセレナを見て苦笑する。


「盾だけであたしの攻撃をいなして、こう着状態にするの。圭人はサンドバッグになったみたいで疲れるっていうけれど、普通はできることじゃないの」

「人とモンスターでは違いすぎますわ」


 セレナは巴がモンスターがどういう存在かわかっていないのだと焦る。

 巴に止められたことで圭人はランバージャッククラブの目の前にたっている。


「盾が気になるだろ」


 圭人はなぜかランバージャッククラブに語りかけている。

 ランバージャッククラブは圭人の言葉に応えるように顔の前にあるハサミを開閉させ、周囲に大きな音を立てる。


 圭人が盾を揺らすとランバージャッククラブは盾を追いかけるように体を動かす。

 盾が少し前に出るとハサミが盾に向かう。圭人が盾を引いたからか、ハサミは空振りに終わる。


「しっかり盾を狙わないと」


 圭人が盾を剣でたたくと金属同士がぶつかる大きな音がなる。

 ランバージャッククラブは音に反応して顔の前にあったハサミが徐々に頭上に上がり始める。


 セレナにはランバージャッククラブが興奮し始めているように見え、圭人の行っている行動にひやひやする。


「巴、やはり止めないとまずいです」

「いえ、よく見て、圭人が言っていたランバージャッククラブの弱点が見え始めた」

「え?」


 セレナがランバージャッククラブをよく見ると、ハサミを頭上に掲げたことで体が起き上がり、口と胴体の弱点に当たる三角形の部位が見え始めている。


「生物は弱点を晒さないように動く。けれど興奮すると防御を忘れ、弱点を晒すようになるの。相手を興奮させるのは危険を伴うのも事実だけど、圭人の盾なら心配いらない」


 圭人が盾を剣で叩いたり、攻撃を交わし続ける。

 完全に怒ったのかランバージャッククラブの体が大きく起き上がり、ハサミを頭上に大きく掲げる。ハサミを連続で鳴らして威嚇している。


「そろそろかな」


 圭人がそういうと少し前に出る。

 ランバージャッククラブはそれを待っていたというかのように、両手のハサミで盾を挟み込む。盾とハサミが擦れる音が周囲に響く。


「木はへし折れても鉄は無理だよね」


 圭人が盾の横から素早く剣を突き出す。

 ランバージャッククラブの口の中に剣が差し込まれ、すぐに抜き去られる。


「成功かな?」


 ランバージャッククラブは痙攣するとひっくり返る。

 圭人は足の伸び切ったランバージャッククラブの前で盾を構え続けている。


「モンスターを剣と盾だけで倒しましたの?」

「ね。心配ないって言ったでしょ?」

「ランバージャッククラブのような硬くて動きが遅いモンスターは、防御を貫く魔法で倒すのが普通ですの……」


 セレナは美味しいというだけで、近距離で戦う圭人に呆れる。


「圭人さんは常識があると思っていましたのに……」

「セレナ、それじゃ、あたしの常識がないように聞こえる」

「普通の淑女は人を持ち上げたりはしませんわ」

「あたし、時々お姫様抱っこしてほしいってお願いされてたよ?」

「巴はお願いに答えていたんですの?」

「うん。皆、喜んでた」


 セレナは地球とは常識が違うのかと納得する。

 今後間違えないように巴を注意する。


「クルガルでは女性を抱き上げません。覚えておくといいですわ」

「地球も抱き上げるのは普通じゃないけどね」


 いつの間にか近づいてきていた圭人がセレナに突っ込みを入れる。

 セレナが圭人に聞き返す。


「普通ではないんですの?」

「うん、巴が特殊。巴は特に女性から人気があったから、かっこいい男性の枠に入ってたんだよ。王子様見たいってよく言われてた」

「なるほど、同性ゆえに気軽に頼まれていたということですの?」

「それもある。鍛えているから女性なら軽く持ち上げられたのも大きいけど」


 セレナも女性にしては身長の高い巴がかっこよく見える。

 巴は女性的な体つきのため、男性と間違えることは決してない。しかし、女性にしては短めの金髪に背筋の通った立ち姿。整った顔立ちが女性とも男性とも言えない不思議な魅力を醸し出している。

 セレナは巴に不意に抱えられた時、ときめかなかったといえば嘘になる。


「まあ……セレナさんを抱いた理由はもふもふで、可愛いものが好きって理由が大半だと思うけど」

「あ、圭人言わなくていいじゃない!」


 巴が慌てた様子で圭人を止める。

 セレナがゆっくりと巴の顔を見る。


「つまり、巴は人を抱き上げるのが非常識だと知っていた、というわけですの?」

「そ、そんなことは……」


 巴がセレナから目を逸らす。

 明らかに嘘をついているとセレナにはわかる。


「と も え?」


 セレナも本気で怒っているわけではない、むしろ遠慮する必要のない友人ができた気分。


「あ!」


 巴が先ほどランバージャッククラブが出てきた茂みの近くを指差す。

 セレナは気を逸らそうとする巴に呆れる。


「そんな子供騙しには騙されませんわよ」

「違う、違う! 別のモンスターが来たの!」

「え?」


 巴の慌てようは嘘には見えない。

 セレナが魔力を探ると、本当にモンスターの存在を感じる。


「圭人さん、またモンスターが来ます」


 警戒する中、徐々にモンスターが近づいてくる。

 音を立てながら茂みをかき分けてきたのはランバージャッククラブ。


「二杯目!」


 圭人の声は喜んでいるように聞こえる。


「圭人、急所の位置は把握したから、今回はあたしも戦う」

「それじゃ、止めをお願い」


 巴はパムをセレナに抱き付かせ、薙刀の鞘を抜く。

 セレナがパムに気を取られている間に、圭人と巴はランバージャッククラブに近づいていく。


「最初からハサミを掲げて怒っている、なんでだろ?」

「圭人が倒したカニと夫婦だったとか?」

「カニはオスとメスで大きさが違うことが多いけど、同じような大きさ。夫婦じゃなくて、兄弟かもしれない」


 圭人と巴が緊張感の全くない会話を繰り広げる。

 ランバージャッククラブはハサミを鳴らして威嚇を繰り返す。圭人が威嚇に対抗するかのように盾を剣で鳴らす。

 ランバージャッククラブはハサミを大きく上げ、体を持ち上げる。


「すきあり!」


 巴が片手で持っていた薙刀を両手で構えたと思った瞬間、穂先がランバージャッククラブの口に刺さっている。巴が体ごと後ろに下がり、穂先が口から抜ける。

 巴は薙刀という長い得物を使っているのに、圭人の剣以上に素早い動き。


 セレナは巴が自分と引き分けられるのが圭人だけと言った意味を理解した。

 並の相手では巴と引き分けることすら難しい。

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