第13話 栗とカニ
松の周囲を探し回り、薬草はある程度手に入れられた。
「もう一箇所、行けそうですわね」
圭人が頭上を確認すると、日は傾いているが夕方とはまだ言えない。
「帰りの感覚がわからないのでセレナさんの判断に任せます」
「では、少しだけ川に近くなりますが、街道に沿って横に移動しましょう。まだ川まで距離がありますから、危険はありませんわ」
草の中を再び歩くことになるため、圭人はパムを抱え上げる。
「巴、先ほども言いましたが私は自分で歩けますわ」
「いいから、いいから」
「聞いていませんわね?」
セレナに文句を言われながらも、巴が再びセレナを抱え上げている。
「私、パムに抱えられていた時は小さくなっていましたが、今は普通の大きさで重いはずですの」
「え、今の大きさが普通なの?」
現在のセレナは大型犬程度の大きさがある。
大きさからして大人を抱え上げているようなもの。
巴は鍛えているため軽々と抱え上げているが、普通の女性は持ち上げるのも不可能だろう。
圭人は大型犬ほどの大きさがカピバラの適正だったとは知らなかった。いや、そもそもセレナはカピバラなのか? 圭人が勝手にカピバラだと思っていただけで、セレナの口からそう聞いたわけではない。
カピバラかどうかを聞いてみたいが、種族について尋ねることが失礼に当たるかどうかがわからない。
「セレナさん、クルガルで人の種族について尋ねていいのですか?」
「ええ、構いませんわ。一見しただけではわかりませんもの。ちなみに私はカピバラ族ですの」
圭人の予想通りセレナはカピバラだった。
地球のカピバラと全く同じではないだろうが、日本に帰ってからカピバラについて調べてみることにする。
「パムはフェネック族」
「フェネックはキツネだっけ?」
「うん」
圭人は動物にあまり詳しくはないが、フェネックが小さなキツネだと知っていた。
「話していると採取する時間がなくなってしまいますの。巴、私を抱えていてもいいので進んでください」
「はーい」
巴が次の採取場所である木に向かって歩き始める。
圭人も巴に続く。
「セレナ、毛並みが艶々」
「毛並みの手入れは淑女の嗜みですわ」
巴とセレナはなんだかんだと楽しそうにしている。
圭人はパムを落とさないよう、草原を慎重に歩み続ける。
パムは普段見ない高さからの光景を楽しんでいるのか、周囲を見回している。
草をかき分けながら進み続けると木の近くまでたどり着く。
「今度は栗の木見たいね」
「栗拾えるかな?」
「落ちていたら拾いましょ」
松の実と違って栗なら拾える可能性は高い。
圭人はパムをおろして薬草を探しながら栗を探す。
「いがぐりが大きい」
圭人は栗の木を見上げる。
「本当ね」
木に残っているいがぐりは拳を優に超える大きさ。
木の下からでもソフトボールよりも大きく見える。
「いがぐり落とせないかな?」
「そこまで栗が欲しいの?」
「和栗と同じ大きさなら、おせちに出す栗の甘露煮を増やせると思う」
「あたしに任せなさい」
栗の甘露煮と聞いた巴のやる気が一気に上がる。
巴は薙刀を上手く使って、いがぐりを落とし始める。
圭人は落ちてきたいがぐりから、栗を取り出して大きさを確認すると和栗より大きい。これなら栗の甘露煮にしても見栄えのいい大きさ。巴にいがぐりを落とし続けるよう指示する。
圭人と巴の連携で鞄の中に栗がどんどん増えていき、鞄が丸々としていく。
「妙に栗が残っていますわね?」
様子を見ているだけだったセレナが不思議そうに膨らんだ鞄を見ている。
「え? 普通は残っていないのですか?」
「人が管理している木であれば大量に取れても不思議ではありませんが、管理されていない木の実は野生動物が食べてしまうはずですわ。こんなに栗が拾えるのなら、薬草を採取するより栗拾いのほうが儲かりますわよ」
栗をとって喜んでいた圭人と巴が固まる。
セレナが話したことから推測すると、ここには栗を食べにきた野生動物を狙う別の何かがいる。
「早めにこの場を離れたほうが良さそうですわ」
セレナの提案は遅かった。
周囲に草をかき分ける音が響き始める。
圭人は慌ててパムを抱き上げる。
「魔力を感じます。モンスターですの」
草をかき分けて出てきたのはとんでもなく大きなカニ。
体高は1メートル近く、横幅は足も含めると二メートル近い。
ズワイガニやタラバガニのような足の細長い蟹ではなく、サワガニのような短く太い足。
「ランバージャッククラブですわね。巨大なハサミに挟めるものなら木でもへし折りますわ」
胴体と同じくらい大きなハサミは、挟まれれば大変なことになるのが想像できる。
「幸いランバージャッククラブは動きが早くはありません。余裕を持って魔法を使えます。今回は私が倒してしまいますわ」
「待ってくださいセレナさん。ランバージャッククラブは美味しいのですか?」
圭人が止めるとセレナが一瞬固まった後、圭人を振り返る。
「……はい?」
「美味しいのでしたらカニは倒し方に注意しないといけません」
圭人はセレナと話しながらもランバージャッククラブから目を離さない。
大きさだけでもタラバガニと同等かそれ以上大きなランバージャッククラブ。体の分厚さから取れる身の量がタラバガニ以上の可能性が高い。問題があるとすれば海に住むカニではないため、寄生虫の問題から生食には向かないことか。
しかし、カニは生以外でも美味しい。
もちろん食用に適さないカニもいるため、圭人はセレナにまず美味しいか尋ねた。
「ええと、ランバージャッククラブは美味しいですわ。川の上流にあるクラブ男爵家ではよく食べていました」
「では自切させないように倒さねばなりませんね」
「自切……?」
「自らの手足を切り落とす行為です」
トカゲが尻尾を切り落とすように、カニは危険を感じると防衛本能により自らの手足を切り落とす。カニが自切して切り落とした手足は脱皮を繰り返して大きくなっていく。手の大きさが明らかに違うカニは以前に自切した跡。
「確かにランバージャッククラブは手足を切り落としはしますが……自切してはいけませんの?」
「ランバージャッククラブを倒すことだけを考えれば自切されても問題はありません。しかし、食用にする場合は茹でる際に、自切した部位から水が体内に入り、身の味が落ちるのです」
生きたカニを熱湯に入れると手足が落ちるのも自切であり、先に仮死状態にするか締めてから熱湯に入れると手足が落ちない。
「仮に蒸すにしてもあの大きさでは中に完全に熱を入れるのに何時間かかるかわかりません。それに熱の入れすぎは味が落ちてしまいます」
「いろいろありますのね……」
「ええ、さらに贅沢を言えば川や陸に住んでいるカニは泥抜きをしたいですが、今回はそこまでの贅沢はできませんね」
圭人は残念に思いながらも、これほど大きなカニの泥抜きは不可能だろうと諦める。カニ味噌食べられなさそうなのが残念である。
「圭人さん、私の戦い方ですと甲羅を砕いてしまいますわ」
「それは行けません」
圭人が力強く否定する。
「ですが、甲羅を砕くような攻撃を与えませんと倒せませんわよ?」
「カニは腹の三角形になっている褌と呼ばれる部位か、眉間の間に急所があります。内部に到達する必要がありますが、小型のカニであれば竹串を差し込めば締められます」
「私ですと、どちらを狙っても甲羅を砕くことになりますわ」
「では俺が口から剣を差し込みましょう」
圭人は美味しいと教えられた食材が無駄になるのは許せない。
パムを巴に預けて、背負っていた盾を手に持ち、腰に差していた剣を抜く。
怖くないわけではないが、所詮はカニ。コックが食材を怖がっていては料理ができない。
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