第12話 クルガルの歴史

 圭人がどうしたものかと迷っていると、巴がセレナの前でしゃがむ。


「中国料理と韓国料理は地球の料理よ」

「地球!」


 ジェイドが知っている人は少ないと言っていたが、セレナは例外だったようだ。

 セレナが巴に詰め寄る。


「二人は地球からトラウトポートに来たと言うことですの!?」


 セレナに詰め寄られた巴は落ち着いている。


「ええ。あたしと圭人が崇める神は琥珀様。ジェイド様の友人なの」

「ジェイド様のご友人……。ですからアヌ様を崇めていないと言ったのですね」

「そうよ」


 巴が頷く。


「ところでセレナ、シュメール人って何?」


 今度は巴がセレナに聞き返す。

 圭人もシュメール人については気になっていた。


「アヌ様を地球に住んでいた頃から信仰する民と言われています。申し訳ないけれど、私は魔法を専門としており、歴史についてはそこまで詳しくありませんの」

「そうなの……」

「ジェイド様にお尋ねになられた方が詳しく教えていただけると思いますわ」

「そうね。今度聞いてみる」


 圭人はシュメール人より気になることをセレナが言った。

 地球に住んでいた頃から信仰する民?


「俺と巴以外にも地球から人がやってきているんですか?」


 セレナはカピバラの首をかしげる。


「もしかして、圭人はクルガルの歴史を知りませんの?」

「実は昨日クルガルを知ったばかりで、何も知りません」

「昨日……それは知らなくて当然ですわ」


 そうクルガルを知ったのはまだ昨日。

 圭人の世界は一日で大きく変わってしまい、まだわからないことの方が多い。


「セレナ先生、地球って何?」


 パムが圭人と同じようにセレナに質問する。

 セレナと巴の話している内容がわからないのは圭人だけではなかったようだ。

 セレナはパムを見たあと、少し間を置いてから話し始めた。


「地球はクルガルの民が数千年前に元住んでいた場所ですの。アヌ様が創造したクルガルへ移り住むことを選んだのがパムや私たち。圭人と巴は地球に残ることを選んだ人たちですわ」

「クルガルの人たちはもともと地球に住んでいた?」


 圭人はクルガルで見かける人の姿から完全に別の世界だと思っていた。まさか繋がりがあるとは思いもしていなかった。


「数千年前ではありますが、そう伝えられておりますわ。アヌ様は作り出したクルガルに地球から様々な生き物を呼び寄せ、クルガルを治めるために10の神を地球から招き入れた。それが今も伝わるクルガル創世のお話ですの」

「神であるジェイド様も地球から来たのか」

「そう伝わっておりますわ」


 琥珀と友人なのもジェイドが元々地球にいたのであれば、どうやって出会ったのかも圭人にも想像ができる。

 圭人は琥珀が昨日、日本に来たのは千年ほど前と言っていたのを思い出す。つまり琥珀は一千年以上生きているということ。しかも生まれは日本以外だとも言っていた。

 琥珀はクルガルに渡る前のジェイドと地球で友人になったのだろう。


 クルガルの人々が地球から来たとなると圭人にはどうしても気になることがある。


「地球には俺や巴のような見た目の人しかいないのですが、クルガルにはなぜ多くの見た目をした人がいるのです?」

「クルガルを管理する10の神と、クルガルを想像したアヌ様は、全ての生き物に人と同じような知性を持つきっかけを与えました。きっかけを機に進化したのが私たちクルガルの民ですの」


 人のような知性を取得するというのは、同時に起こり得る進化ではないが、神が関与したというセレナの説明に圭人は納得する。

 神がいるのならそういうことも可能なのだろう。


「それで、全ての生き物が進化したのですか……」

「いえ、きっかけを選ばなかったものたちもおりますわ。種として分たれたと私たちは認識しておりますの」


 いまだに圭人は見かけていないが、地球と同じような動物もクルガルにはいるようだ。

 話題から少しずれるが、圭人はどうしても気になることがある。


「セレナさん……その……失礼かと思いますが、どうやって人と動物を見分けるのですか?」

「私のように服を着ているかパムのような姿をしていますわ。魔力で判別する方法もありはしますが、モンスターも魔力を持っていますから完璧とは言えませんの。ですから正直に言いますと、私でも服を着ていないとどちらかわからない時がありますわ」


 人と動物を見分ける方法があると思っていたが、そうではないようだ。

 しかも圭人には魔力の有無を確認するすべはない。


「服がとても重要ですね」

「ええ、とても重要ですわ。私はこの姿に誇りを持ってはいますが、服は着用いたしますの。しかし、たまにいますのよ、裸がいいという変態」

「変態……」


 裸でうろつくのは日本にも現れる変態であるが、クルガルでやる場合は命を失う危険が格段に上がるだろう。命懸けの露出となりそうだ。

 圭人は決してやろうとは思わないが、変な人はクルガルにもいるのだと理解した。


「街の外は特に服を着るように子供の頃から何度も注意を受けますの。滅多に出会うことはないと思いますわ」

「出会わないことを祈っておきます」


 圭人も変態に出会いたいわけではない。

 ただ、服を着ているかどうかの有無はしっかりと確認しようと胸に刻み込む。


「他にも聞きたいことは多いと思いますが、今は採取を優先した方がいいと思いますわ。あまり時間がありませんもの」


 日が徐々に傾いており、結構な時間が経っている。

 元々トラウトポートを出たのが遅かったのもあるが、帰還を考えるとあまり時間がないようだ。


「私も地球についてお聞きしたいですの。次は安全な街の中で場所を用意しておきますから、またお話しいたしましょう」

「そうですね。また機会を作って話しましょう」


 比較的安全とはノーマンから言われているが、モンスターがいるという場所で話し込むのは危険。


 圭人はセレナとの話に口を挟まなかったパムが暇をしていないかと様子を見る。するとパムは目を輝かして圭人と巴を見ている。

 圭人がパムに視線をやったことから、パムが口をひらく。


「パム、地球に行ってみたい」

「地球に?」


 圭人はパムを連れて行けるのかがわからない。

 ジェイド様が地球とクルガルを行き来していたことから不可能ではないと思われるが、神と人とでは比べられない。人間という意味では圭人と巴がクルガルと地球を行き来しているが……。

 そもそも勝手に人をクルガルから連れ出していいのだろうか?


「巴、パムを連れて行っていいのかな?」

「うーん、琥珀様なら怒らないとは思うけど……。聞いてみないとあたしもわからない」

「そうなるか」


 圭人はパムと視線が合うようにしゃがみ込む。


「地球に連れて行けるかわからないけれど、聞いてみるよ」

「うん!」


 パムは笑顔で大きく頷く。巴とは少し色が違う黄色いモンブランのような髪が大きく跳ねる。


「巴、私も地球へ行けるのかしら?」

「琥珀様に聞いておくわ」

「本当に? 楽しみですの」


 よほど嬉しいのかセレナが軽やかにステップを踏んで喜んでいる。

 セレナのローブとミルクティーのような色の毛がふわりと舞う。

 カピバラのセレナは余裕のある優雅な動きをしているが、素早く動くこともできるようだ。いや、キャリッジを凄まじい速度で引いていた、素早く動けるのは当然か。


「あらいけない、はしゃぎ過ぎましたわ」


 圭人が見つめているとセレナが前足で目を隠す。

 どうやら恥ずかしかったようだ。


「嬉し過ぎて、お転婆な姿をお見せしてしまいました」


 圭人にはセレナのお転婆の基準がわからないが、貴族の息女としての動きではなかったということだろう。


「さ、次の薬草を探しますわ」


 セレナが顔を背けるように背中をむける。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る