第10話 キャリッジ
シュメール人とアヌ。
圭人はアヌについては一切聞いたこともないが、シュメール人についてはどこかで聞いたことがあると思いながらも思い出せない。
「いえ、あたしと圭人はアヌ様を信仰していないの」
「アヌ様を信仰していない……?」
セレナの声で困惑しているのがわかる。
「セレナはアンバーテイルにいたことがあるのよね?」
「ええ、アンバーテイルの魔法使いと名乗るのを許されているわ」
「それなら、あたしたちに興味があるなら話しても良いけれど、人がいない場所で話しましょ」
「事情がおありのようね。わかりましたわ。」
圭人が口を挟む前に巴が話をまとめた。圭人が知らない何かがあるのだろう。
ギルドを出ると城門へ向かおうとするがセレナに止められる。
「キャリッジ置き場に私のキャリッジがありますの」
キャリッジとは一体なんだろうと思ってついていくと、馬車の車両部分だけがおかれていた。キャリッジ置き場とは、つまり駐車場だったようだ。
「パム、おろしてもらえますか?」
「うん」
パムがセレナを下ろすと、セレナがキャリッジの牽引部分に行く。
圭人は牽引する動物がいないキャリッジで一体何をするのだろうかと見守る。
「ヒュージ」
セレナが小さく呟くと、セレナの体が大きくなっていく。
琥珀より小さい少女のパムが抱えられていた小さなセレナは、犬の大きさをこえても大きくなり、牛ほどの大きさになった。
セレナが大きくなった体を揺すると、キャリッジが動く。
「良さそうね。さ、乗ってくださいな」
キャリッジを引くのがセレナだとは思っていなかったため、圭人は目を見開いて驚く。
「俺と巴も乗って良いのですか?」
貴族の息女に引かせた乗り物に乗って良いのかと圭人は戸惑う。
「ええ。二人には申し訳ないのだけれど、私とパムの歩く速度では夕方までに帰ってこられません。薬草を採取しやすい位置までキャリッジで行きますわ」
「分かりました」
圭人はパム程度の身長であれば抱えて歩けると思ったが、セレナの好意を受け取ってキャリッジに乗り込むことにする。
キャリッジは木でできているが車輪にはタイヤがついていたり、窓ガラスが嵌め込まれている。中に入ると椅子は上質な布地が使われたクッションが使われ、飾りは白を中心に木の温もりを感じる上品な内装。
圭人が椅子に触ると座って良いのかと思うほど上質な質感。
「どうぞ座ってくださいな」
キャリッジの中だというのにセレナの声が隣にいるように聞こえる。
圭人は周囲を見回す。
「最高級品の飛行するキャリッジではありませんが、いくつか魔道具を取り付けていますのでキャリッジの中と話せますの」
「すごい」
エレナが座ることを薦めたということは、キャリッジの中が見えていそうだ。金尾稲荷にあった銅鏡は琥珀が魔道具だと言っていた、似たような道具がキャリッジに取り付けられているのだろう。
圭人は飛行するキャリッジとは何だろうと思いながらも、地球とは違った文明がクルガルにはあるのだと理解した。
「動きますわ」
圭人と巴が椅子に座ると、セレナの声がしてキャリッジが動き出す。
キャリッジは圭人が想像していたよりも揺れず、日本の乗用車と比べても差は感じられない。音も小さくカラカラと音がする程度で無音に近い。
「城門から街の外に出ましたら少し速度を上げますわ」
キャリッジはゆっくりとトラウトポートの街中を進んでいく。
圭人は一緒に乗り込んだパムの様子を見ると、椅子の隅で自分の尻尾を抱え、耳が伏せてしまっている。セレナがパムに抱えられていたのは、パムの不安を和らげる目的があったのかもしれない。
「パム、キャラメル食べるかい?」
圭人は懐から紙に包んだキャラメルを取り出す。
キャラメルはおやつとして持ち込んだもので、圭人が自作した物。
「キャラメル?」
「食べたことない? 甘いおやつなんだけど」
「甘いおやつ……」
パムは甘いという言葉に惹かれたようで、圭人の持つキャラメルを見つめている。
圭人はもう一つキャラメルを取り出して、紙からキャラメルを取り出し自分の口に入れる。パムに食べられるものだと証明する。
「よかったらどうぞ。舐めたり噛んだりして食べてみて」
「ありがとう」
パムは紙からキャラメルを取り出すと、まず匂いを嗅いで、舌で少し舐める。
「甘い!」
パムの顔に笑顔が浮かび、伏せられていた耳が一気に元気になって三角形の耳になる。
どうやらキャラメルを気に入ってくれたようだ。
「圭人、あたしも一つもらっていい?」
「もちろん」
圭人は巴にキャラメルを渡す。
「良いですね。私も後で一つもらってもよろしいですか?」
「ええ、キャラメルの数はまだあるので安心してください」
「楽しみですわ」
パムは圭人の数があるというのに反応したのか、圭人の方を見ている。
「キャラメル食べてしまった?」
「うん」
「それならもう一つ。あとは帰りの分ね」
「うん!」
パムは笑顔で圭人に返事をした。
いつの間にかパムは尻尾を抱えるのをやめ、圭人の近くでキャラメルを食べている。
パムが笑顔になったことでキャリッジの中は和やかな雰囲気に変わる。
圭人はパムの不安を取り除けたようで安心する。圭人は身長から怖がられることが多い。そもそも見知らぬ人の近くが怖いのは圭人も理解できる。
おそらく10歳にも満たないパムが見知らぬ人を怖がるのは正常といえる。
パムの様子を見ていた圭人はキャリッジの音が大きくなったことで外を見る。外には畑が広がっており、城門をいつの間にか出ていたことに気づく。
流れる風景からキャリッジは結構な速度で走っているようだが、速度に対して揺れはほとんどない。
「気持ち悪くなりそうでしたら言ってくださいまし」
「俺は問題ありません」
「あたしも大丈夫」
圭人がパムはどうかと確認すると、窓に齧り付いている。
圭人は子供の頃、パムと同じよう車や電車の窓から風景を見ていたなと思い出す。子供はどこでも同じなようだ。
十分もしないうちにキャリッジの速度が落ちる。
「少し揺れますわ」
セレナがそういうと今まで感じなかった大きな揺れを感じる。
揺れたあとキャリッジは止まった。
外を見ると畑がなくなっている。
「ここからは歩きます」
圭人がキャリッジから降りると、舗装された道の脇にキャリッジが停められている。大きく揺れたのは道から外れたためのようだ。
いつの間にかセレナは牛ほどの大きさから大型犬程度の大きさに変わっている。
「乗せていただきありがとうございます」
「お気になさらず。良い運動になりましたわ」
圭人だけでも体重が90キロ近くあるのに、セレナは息を切らすことなく軽い運動をした後のような軽い受け答えを返す。
「どうぞ、キャラメルです」
「ありがたくいただきますわ」
セレナは前足で器用に包み紙を外すとキャラメルを口に含んだ。
「口の中で溶けていきます。牛乳、いえ、生クリームでしょうか? とてもクリーミーで美味しいですわ」
セレナは目を閉じながら口を動かす。
「圭人さん、このキャラメルはどちらでお買いに? 研究中のおやつに欲しいですわ」
「申し訳ない、自作したものなので売っていません」
「自作? それは料理がお上手ですわね」
「本職は料理人なので料理は得意です」
「本当に? 今のお姿からは想像できませんわ」
「確かに今の姿だと料理人には見えませんね」
圭人は自身を見る。
防具をつけ、盾を背負って剣を腰に差した状態では、料理人には当然見えない。
「機会があれば料理をご馳走します」
圭人は現在、トラウトポートで料理ができる場所がないため、今度とは言えない。
「楽しみにしておりますわ」
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