第9話 セレナとパム

 今ギルドに登録した圭人と巴に指名依頼は関係がない。


「掲示板の依頼は気になるけど、今回は簡単な依頼が良いな」

「ええ、最初の依頼は確実にこなせるものにしましょ」


 圭人にはクルガルでどのような相手に戦うかわからない。それにゲームのようにコンテニューできない現実では、余裕をもたないと死んでしまう。


「ノーマンさん、子供でもできるような依頼で、今日中に帰って来られる近場の依頼はありますか? できればトラウトポートの地理を覚えられるようなものだと嬉しいのですが」


 圭人は注文をつけすぎだろうかと思いながら、可能な限り条件をつけてみる。


「この辺りの子供が遠足に行くような依頼があります。昼過ぎの今からでも大人なら帰って来られるでしょう。ただ依頼内容が非常に簡単ですので、稼げもしませんが……」


 簡単な依頼が稼げないのは当然。


「巴、今回は稼ぎを度外視しよう」

「うん、それでいいと思う」


 圭人と巴の話を聞いていたノーマンがバインダーから一枚の紙を出す。


「それではこちらはどうでしょう。ギルド近くの城門から出て近くの川まで薬草の採取に行く依頼です。畑がある場所は確実に安全で、畑がなくなるあたりからモンスターに遭遇する確率が上がります。川まで行ってしまうと危険なモンスターが多いので注意してください」


 ノーマンがトラウトポート周辺の地図を見せながら圭人と巴に説明する。

 トラウトポートの港は西にあり、ギルド近くの城門は東にある。川は街の南側にあり、城門を出て右手に進むと川に辿り着けるとノーマンが話す。


「畑がなくなる先の方が薬草は生えていますが、モンスターの遭遇率も上がるため、どうするかは自己判断でお願いいたします」


 ノーマンが採取できる薬草の実物を持ってきてくれる。


「今の時期ですと、匂いが特徴的なこの三種類の薬草を採取するのをお勧めします」


 ノーマンが圭人と巴に匂いを嗅ぐように勧める。

 ミントのような爽やかな匂いの草、わさびのようなツンとした匂いの草、レモングラスのように柑橘系の匂いの草。


「確かに特徴的な匂いです」

「似たような形の草もありますが、匂いで判別できます」


 圭人は三種類の薬草を見て、香草として料理にも使えそうだと考える。


「それと今の時期ですと少々採取する難易度が上がりますが、百合根やきのこなども採取できます。それと川の近くですと栗や松ぼっくりなども採取できます」

「栗も取っていいのですか?」

「畑の中は当然所有者がいるため採取してはいけませんが、畑以外ではギルドに所属している場合は採取して問題ありません」


 ノーマンから遠足のような依頼と言われたが、意外にすることの多い依頼に圭人は感じる。

 圭人は隣にいる巴を見る。


「巴、紹介された依頼にしよう」

「うん、あたしも紹介された依頼がいいと思う」


 巴もノーマンに紹介された依頼が気に入ったようだ。


「ノーマンさん、依頼を受ける場合どうすれば?」

「常時受け付けている依頼の場合、事前に受付は必要ありません。薬草を持ち込むことで依頼は完了します」

「分かりました。ノーマンさん丁寧にありがとうございます」

「いえ、お困りの場合はお気軽に相談してください」


 圭人と巴がノーマンにもう一度お礼を言って受付を離れようとする。


「お二人様、少々宜しいでしょうか?」


 圭人は後ろから聞こえた女性の声に振り返る。

 しかし、圭人の背後には誰もいない。


「下ですの」


 圭人が声に従って視線を下げると、そこには大きな三角の耳を持った少女がいた。少女は銀に近い金髪で、胸元には何かを抱えている。抱えているものをよく見ると、動物園で見るカピバラのような動物だった。

 少女とカピバラはフード付きのローブを着ている。


「えっと?」


 圭人は少女を見て声の主だとは思えなかった。

 聞こえてきた声音は成人した大人の女性といった感じで、決して少女が出すような声ではなかった。


「私はトラウト魔法学園の講師で、シルバーテイルの魔法使い。セレナ・クラブと申しますわ」


 少女の口ではなくカピバラの口が動く。

 圭人は喋りかけてきたのは少女ではなくカピバラだったのかと驚く。見た目と声音が全くあっていない。


「え、ええと……木曽 圭人と言います」


 圭人はなんとか名前を名乗り返す。


「失礼ながら、お二方が受ける依頼が聞こえしまいました。もしよければ私とこの少女もご一緒させてはいただけませんか?」


 丁寧なカピバラの喋り方に圭人は戸惑いながらも言われた内容を考える。

 圭人としては今日の観光は巴とのデートつもりだったが、今から行くのはデートというには少々危険がある場所。トラウトポートに住んでいると思われるセレナの案内は安全を向上させるのに役立つ。それだけではなく魔法学園とか魔法使いと、日本では聞きなれない言葉も圭人は気になる。

 しかし、見知らぬ相手と共に行動するかどうか迷う。


「ノーマンさん、セレナさんについてお聞きしてもいいですか?」


 圭人は迷った結果、ノーマンに尋ねることにした。


「セレナさんは魔法学園の講師をしているのは本当ですよ。トラウト伯爵家に隣接するクラブ男爵のご令嬢でもあります」

「ノーマン、私はもう令嬢というような年齢ではありませんわ」

「失礼いたしました」


 圭人はクルガルに貴族がいると初めて知った。

 ノーマンとセレナの身分差を感じさせない会話から、相手が貴族でもそこまで気を使う必要はなさそうだと圭人は感じる。


「巴、同行をお願いしようと思うんだけど、どう思う?」

「そうね……。あたしたちに何を求めているかが聞きたいかな」

「確かに」


 巴の考えに圭人は頷く。


「セレナさん、一緒に行きたい理由をお聞きしてもいいですか?」

「護衛ですわ。今日は学外での活動を補助する人をギルドに雇いにきたのです」

「俺たちはトラウトポートに来たばかりで護衛には向かないと思いますが……」

「護衛と言いましたが実際はこの子を見守ってくれる大人が欲しかったのです」


 セレナはこの子と言いながら、セレナを抱えている少女を見る。


「パム、ご挨拶を」

「パム・フラワーです」


 パムがセレナを抱えながら小さく頭を下げる。

 パムの三角形の大きな耳が尖り、尻尾が股に入って足に巻きついている様子から緊張しているように見える。


「パムはまだ見習いの魔法使いではありますが、魔法学園に入れるほどの才女です。将来有望なパムのために、色々と知見を積ませてあげたいと思っておりますの」


 圭人はセレナの説明に納得する。


「巴、子供を見守るのが目的なら一緒に行けると思う」

「そうね。あたしも一緒に行っていいと思う」


 巴も同意したところで圭人はセレナに頷く。


「今からでもよければ、一緒に向かいましょう」

「問題ありませんわ。よろしくお願いします」


 まだ名前を名乗っていなかった巴がセレナとパムに名乗る。


「皆様、お気をつけて」


 圭人はノーマンの気遣いに感謝の言葉を返し、受付から移動する。


「セレナさん、なぜギルドで護衛を雇わないであたしたちに声をかけたの?」

「トラウトポート周辺の依頼は安くて護衛の依頼を受けてくれる人が少ないのです。パムの護衛に、同じような年齢の子供をつけるわけにも行きませんわ」

「護衛じゃなくて、セレナさんの護衛対象になってしまうってこと?」

「そうですわ」


 圭人は巴とセレナが話しているのを聞きながらギルドを出る。


「それとシュメール人を特定の地域以外で見かけることがありませんから気になりました。私もアンバーテイル以外で見たのは初めてですわ」

「シュメール人って、あたしたちのこと?」

「ええ。アヌ様を崇めているでしょう?」


 圭人と巴は顔を見合わせる。

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