第4話 ジェイド
神ときて、異世界。
圭人は地球って意外とファンタジーな世界だったんだと現実逃避する。
「そしてジェイドはクルガルで神をしているのじゃ。のう、ジェイド」
琥珀の呼びかけに、ジェイドからの返事がない。
圭人と顔を見合わせている琥珀の首が傾げる。
「ジェイド?」
琥珀がジェイドの名前を再び呼び、圭人から視線を移す。
圭人も琥珀同様にジェイドを探す。
圭人が見つけたジェイドは料理を乗せたワゴンの前におり、美味しそうにクロケットを頬張っている。
「ああああ!」
琥珀が大声を上げる。
「ジェイド、何を食べておるのじゃ!」
「料理を食べている。歯触りがいいザクザクの衣を噛むと、バターの効いたトロトロのソースが口の中に溢れ出る。白いソースには刻んだハムが加わり、塩加減も完璧で美味。ザクザクとトロトロの食感は楽しく美味しい、何個でも食べられる」
圭人が作ったハムクリームクロケットの感想をジェイドが述べる。
「それは美味しそうじゃな。……そうではなくて、勝手になんで食べておるんじゃ!」
琥珀がワゴンの方へと飛ぶように移動する。
「んんん!? もうないではないか!」
「美味しかった。以前から腹一杯食べてみたかったのだ。願いが叶った」
「わ、妾のご飯がぁぁああ」
琥珀がワゴンの前に崩れ落ちる。
圭人もワゴンの中を覗き込むとクロケットが乗せられていた皿は見事に空になっている。ワゴンの中にあったクロケットは琥珀の分ではなく、圭人と金尾家が食べる分だったのだが……。
今日の晩御飯はなくなってしまったようだ。
「巴、今日の晩御飯は白米と漬物かな」
「ええ!? あたしのハムクリームコロッケ!」
巴も琥珀と同じように崩れ落ちた。
崩れ落ちた二人と満足そうに腹をさすっているジェイドとの差がひどい。
圭人は皆の様子を見ながら今日の晩御飯どうしようと途方にくれる。
「台風で買い出しは厳しいな」
祭壇のある部屋は奥まっているため台風の音はあまり聞こえないが、それでも部屋の中に雨戸が揺れる音が聞こえてくる。
「倉庫で何か探してみるか」
金尾稲荷は道場も併設していることもあり、災害時に使う非常用の食料を常備している。他にも道場の弟子に食べさせるように保存食もいくつか常備されている。
圭人は保存食の中から何か作ろうかと考え始める。
「圭人! 妾のコロッケは!?」
「あたしのコロッケ!」
「バター使い切ってしまったから、買い出しに行かないと無理だよ。後クロケットだよ」
ベシャメルソースは大量のバターを消費する。
健啖家な金尾家のために大量のクロケットを作ったため、保存されていたバターは使い切っている。
他の油で代用できないこともないだろうが、美味しいとはいえないだろう。
「買い出しに行ければいいのじゃな!」
「琥珀様、台風で店が閉まっていますよ」
「日本で買い出しに行くのではない! クルガルで買うのじゃ!」
琥珀が立ち上がると銅鏡を指差す。
「え、今からクルガルに?」
「そう今から行くのじゃ!」
圭人は展開についていけず、巴に確認する。
「行っていいの?」
「実は、あたしもクルガルに行ったことないの」
「え? そうなの?」
圭人は巴がクルガルに行ったことがあるのだと思い込んでいた。
「琥珀様から銅鏡は触らないようにと注意されていたから、クルガルのことは知っていても実際に行ったことはないのよ」
圭人が琥珀を見ると頷いた。
「銅鏡が完成したのが三十年か四十年ほど前で最近じゃから、機能が暴走して目的地以外に場所に飛んだらまずい。今までは問題が起きても平気な妾だけ使用していたのじゃ」
圭人は三十年から四十年を最近という琥珀の感覚にも驚くが、銅鏡は昔からあるものだと思い込んでいたためそちらにも驚く。
「銅鏡はずっと金尾稲荷にあるものだと思ってた……。最近作った物なら、なぜ鏡ではなく銅鏡に?」
「割れないように銅鏡にしただけじゃな。割れてしまうと魔道具としての機能を損なう可能性があるのでな。帰れなくなったら困るじゃろ?」
異世界から帰れなくなるのは困るどころか、恐怖すら感じる。
「銅鏡はそうそう壊れぬので心配はいらん。さて、食材の買い出しに行くのじゃ!」
「琥珀様、お待ちください」
巴が琥珀を止める。
「なんじゃ?」
「何も言わずにクルガルに行っては家族が探します。あたしが伝えてくるので待っていてください」
「おお、そうじゃな」
巴は誰か探してくると部屋を出て行った。
巴がいなくなると、圭人、琥珀、ジェイドの三人が部屋に残る。
圭人はどうしても気になっていることがあった。
「あの、ジェイド様」
「なんだ?」
「ハムを食べていいんですか?」
「む……?」
ハムは豚肉。ジェイドはおそらく猪。
ハムはまだ細かく切ったものだが、豚肉のローストもジェイドは平らげている。
ジェイドは圭人が何を尋ねているのかわからない様子で首を傾げている。
圭人は直接尋ねてみる。
「あの、豚肉を食べていいのですか?」
「あぁ。豚肉は食べても問題ない。私は元々ただの猪であったが、神になった時点で別の存在へと変わった」
琥珀同様にジェイドも元は動物だったようだ。
圭人は猪だったのであれば逆に食べにくいのではと思ったが、ジェイドが問題ないと言っているのでいいのだろうと気にしないことにした。
「ジェイド、それより反省するのじゃ」
「すまない。しかし、一度腹一杯に食べてみたかったのだ」
「健啖家すぎじゃ……」
ジェイドは圭人と金尾家を含めた五人前は食べている。金尾家は健啖家であるため、一人前が随分と多い。琥珀に奉納した分を入れると、実際のところは十人前近い。
ジェイドの巨体からすると人より多く食べられても不思議ではないが、十人前はなかなかに驚き。
「買い物の支払いはこちらでもつ」
「当たり前じゃろ」
「うむ。ところでどこに行く?」
「あー……うーむ……考えておらなんだ」
「アンバーテイルは?」
「あそこは食料を買うには不向きじゃ」
琥珀とジェイドが圭人の知らない地名を次々にあげていく。
「では、トラウトポートは?」
「貿易都市か。良さそうじゃな」
行き先は決まったようだ。
「琥珀様、お待たせいたしました。兄に伝言をお願いしておきました」
「そうか。巴、行き先が決まったところじゃ。向かうはトラウトポートじゃ」
琥珀が銅鏡の前に立つ。
銅鏡の右端につけられた黄色の宝石を琥珀が触る。すると今まで琥珀の姿を映していた銅鏡が地球と似たような青い天体を映し出す。
天体は地球と同じように北極と南極がある。しかし大陸の形は地球と違い、菱形の大地が連続して並んでいる。
琥珀が銅鏡の表面を触ると天体が動く。
「トラウトポート、トラウトポート」
琥珀はまるで地図アプリのように天体を回転させ、拡大縮小を繰り返している。
魔道具と琥珀は言ったが、タッチパネルを触っているようで実に現代的。
「トラウトポートはここじゃな」
琥珀はそういうと左側にある赤い宝石を触る。
今まで空から地上を見下ろすような映像を映し出していた銅鏡は、どこかの室内を映し出す。
「成功したのじゃ。ジェイドの神殿にしておいたのじゃ」
「私の神殿か。では私からいくとしよう」
「説明頼んだぞ、ジェイド」
ジェイドが金尾稲荷の祭壇を軋ませながら、銅鏡に近づいて潜る。
「妾たちも行くのじゃ」
琥珀が飛ぶように銅鏡の中に吸い込まれる。
「圭人、行きましょう」
「ああ」
銅鏡を使うのが初めてだという巴は緊張しているのか、口を真一文字に結び、顔がこわばっている。
圭人は未知の体験に緊張で口が渇く。圭人が巴に手を差し出すと、巴が手を握りかえす。
圭人と巴は手を繋いだまま祭壇を登る。
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