第3話 銅鏡

 祭壇がある部屋に再び圭人と巴の二人になる。


「巴、琥珀様は?」

「うーん……祭壇には色々と秘密があるの……」


 巴が圭人から視線を逸らし、言い淀んでいる。

 圭人は巴を困らせたいわけではない。


「それなら琥珀様が無事かどうかは聞いても?」

「琥珀様ならあんな感じでも数千年を生きた神様なので心配いらないわ」

「本当に神様なんだ……」


 圭人は神がいるのを信じきれない。しかし、琥珀の動く耳や尻尾は偽物には見えず、嘘だと言うにはあまりにも本物に見える。どう解釈すればいいのかと頭を悩ませる。


「圭人、それよりフランス行きどうするの?」

「うーん……どうしようか? フランスなら巴の仕事にもいいかと思ったんだけどな」

「モデルの仕事なら、東京以外だとニューヨークが多いかな?」


 巴は181センチという高身長を生かして、高校時代からモデルの仕事をしている。モデルにしては骨格や肉付きが良すぎるらしいのだが、本業は金尾稲荷に併設している道場の師範であるため、無理に体型を変えようとはしていない。


「ニューヨークで料理修行も面白そうだな」


 圭人の師匠であるアダンはフランス料理の修行だけを提案したわけではない。そもそも圭人はフランス料理以外にも、和食と中華の師匠がいる。一つの料理に特化しているわけではなく、作れる料理の幅はかなり広い。


「二人でニューヨークに住むのも面白そう」

「二人で住む……」

「ええ、二人で」


 圭人と巴の距離が近づく。


「あー……邪魔して悪いのじゃが、ちょっと良いかの……?」


 気まずそうな琥珀の声が室内に響く。

 圭人が気づかないうちに琥珀が帰ってきたようだ。銅鏡の前を確認すると、琥珀がチベットスナギツネのような虚無顔で立っている。


「琥珀様、巫女の恋を邪魔しないでください」

「妾、待たせないように急いで戻ってきたんじゃけど……?」

「もう少し時間をかけてください」

「巴……それはあんまりじゃ……」


 時間をかけずに急いだ結果、時間をかけろとは圭人も流石に無理があると琥珀に同情する。もっとも巴も本気で言っているわけではなく、琥珀がこんなに早く帰ってくると思っていなかったので恥ずかしかったのだろう、実際巴は頬を赤く染めている。

 圭人も琥珀がいない時間は長いと思っていたため、二度も様子を見られたのは若干恥ずかしい。


「というかお主ら付き合って十年は経つのに、なんでそんなに初々しいんじゃ?」

「十年ではありません。高校からなので今年で七年です」

「七年だったかの? だけども、お主ら生まれたその日から一緒におるではないか」


 圭人と巴は同じ病院で同じ日に生まれた。

 以来、家族ぐるみの付き合いをしている。


「それに二人で住むって、巴はしょっちゅう圭人の家に泊まっているじゃろ……」


 圭人の両親は高校入学直前に転勤となっており、圭人は高校に入って以降一人暮らしをしている。

 圭人の両親は転勤先に圭人を連れて行くか迷ったが、圭人が嫌がったため村に残した。親戚も近くにいて、しかも圭人は中学生にして料理ができたため、一人暮らしでも全く問題はないと両親は判断したのだ。


「泊まりと二人暮らしは違うの。ところで琥珀様、用事はお済みなのですか?」


 巴があからさまに話題を変えた。


「おお、そうじゃった。少し待つんじゃ」


 琥珀は手を叩いた後、頭を銅鏡の中に突っ込む。

 後ろ姿の琥珀は尻尾がゆらゆら揺れている。見ただけで手入れの行き届いたふわふわの尻尾だとわかる。


「よし」


 圭人には何が起きているのかがわからない。何がよしなのだろうか?


「琥珀様、何がよしなのですか?」


 圭人だけではなく、巴も何が起きているか理解できていなかったようだ。


「友人を呼んだのじゃ」

「友人?」


 琥珀が銅鏡を振り返ると、丁度銅鏡の中から足が出てくるところだった。足の次に手が出てきて、頭が出てくる。

 圭人は人が出てきたと思ったが、予想に反して顔が毛で覆われている。一瞬豚かと思ったが猪であることに気づく。二足歩行の猪。まるでゲームに出てくるオークのような姿。


「ジェイド、女子が金尾 巴。男が木曽 圭人じゃ」

「うむ。琥珀同様に神をしているジェイドだ」


 神。

 二人目? の神。

 圭人は神って意外にいるのかと混乱する。


「ジェイド様、金尾 巴と申します」

「木曽 圭人と申します」


 圭人は混乱しながらも巴の名乗りに続く。

 ジェイドが祭壇を軋ませながら降りてくる。

 祭壇から降りたジェイドは圭人が見上げるほどの大きさ。圭人は日本人としては高身長な188センチもあるのだが、ジェイドは圭人が見上げる位置に顔があるため、最低でも30センチは大きく220センチはあるのではないだろうか。

 ジェイドはシャツにズボンと琥珀と違って普通の服装。普通と違うのは、腕や胸板が太く、シャツが今にでもはち切れそうな状態なこと。相当な筋肉量だと服の上からでもわかる。


「琥珀、この二人をクルガルへ連れて行くのか?」

「銅鏡の確認は十分であろ?」

「問題なく動作している」


 圭人は真剣に話し合う琥珀とジェイドに話しかけられない。ジェイドがクルガルへ連れて行くと言った言葉から考えると、銅鏡はクルガルという場所に繋がっている?


「それに圭人がいなくなればジェイドの好きな揚げ物は滅多に出てこなくなるぞ」

「そ、それはいかん」


 ジェイドは揚げ物が好物のようだ。

 というか、圭人が奉納した料理を食べていたのは琥珀だけではなかったようだ。


「ジェイド、圭人と巴の二人をクルガルへ連れて行くことに賛成してくれるかの?」

「賛成する」


 圭人の意思は特に聞かれぬまま、圭人と巴のクルガル行きが決まってしまった。流石になんの情報もない状態で決められるのは困ると圭人は焦る。


「琥珀様、クルガルとは?」

「クルガルといえばクルガルであろう?

「えっと?」


 圭人と琥珀は顔を見合わせて首を傾げる。


「琥珀様、圭人には金尾稲荷の秘密を話していませんよ」


 巴の言葉を聞いた琥珀が手を叩く。


「ああ、そうじゃった。すまんすまん」


 どうやら琥珀はすでに圭人へクルガルについて説明したつもりでいたようだ。


「しかし、何から説明したものじゃろ?」

「銅鏡について話すべきでは?」

「巴、ナイスアイディアじゃ」


 琥珀が祭壇を登って銅鏡の縁を手で叩く。


「圭人、疑問があったら説明中でも尋ねてよいぞ」

「はい」

「この銅鏡は妾が作った魔道具でな」

「あの、神具とかではなく魔道具なんですか?」


 圭人は最初から質問することになってしまった。


「んー、銅鏡は妾が作った物なので神具とも言えるかの……? 妾は魔法が得意じゃから魔道具という認識であったが、神具でも魔道具でもどちらでもよいぞ」

「神様なのに魔法が得意なのですか?」

「神になる以前の狐だった頃から魔法を使えたのじゃ」

「最初から神様として生まれたわけではないんですか」

「そうじゃよ」


 圭人は神がどのように生まれるかを知らないが、琥珀の場合は神になったのだと理解した。


「妾のことが気になるようじゃが、今は銅鏡について話すぞ」

「はい。話を脱線させてすみません」

「よい、よい」


 琥珀はゆっくりと頷き、年長者の余裕を感じさせる。しかし琥珀の姿は幼女であるため、圭人は見た目に違和感を感じる。


「話を戻すと、この銅鏡は世界をつなげる魔法を定着させておる」

「世界をつなげる……つまりフランスでもアメリカでも、どこにでも行けるということですか?」


 圭人は某アニメの青い猫型ロボットがポケットから出すドアを思い出す。


「いあ、その世界ではない。地球の以外の世界という意味じゃ」

「地球以外……?」


 琥珀に地球以外と言われて圭人は困惑する。


「銅鏡はクルガルという世界と繋がっておる。要は異世界というやつじゃな」

「異世界」

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