7・変態になる覚悟を決めましょう

「あー。さっぱり。幸せー」


 お風呂から上がってご飯を食べて、私室だっていう部屋に案内してもらって、一息。軽く五人は寝られそうなベッドでゴロゴロしつつ、わたしは至福の一時を過ごしていた。

 ちなみに、部屋に入ったときに姿見を見付けてようやく容姿を確認した。

 年齢は十七、八ぐらいで、銀髪に紫の目、褐色の肌の超美人だった。


 さすが魔神の娘。立場に負けない迫力美女だ。実はちょっと安心した。堂々と名乗れそうだから。

 あんまり容姿に拘る風潮って好きじゃないんだけど、立場のある人にはやっぱり求められるところがあるよね。


【まったく貴様は――締まりのない様を晒すな!】

「わ!?」


 急に響いたお父様の声に、ぎょっとして跳ね起きてしまう。と、途中で目に入った姿身に異常を発見。まじまじと凝視したけど、やっぱり変化なし。


「え、どうして!?」


 姿見の正面にいるのはわたし――のはずなのに、映ってるのがわたしじゃない!

 銀髪に褐色の肌の男性だ。年は二十の半ばぐらい……かな? わたしとちょっと似てる気がする……って。


「あ!」


 違う、逆だ。

 彼がわたしに似てるんじゃない。わたしが彼に似てるんだ!


「お父様……!?」

【そうだ。この方が話しやすかろうと思ってな】


 うん、話しやすい。傍から見ても独り言じゃないってすぐ理解してもらえると思う。


「そういえば、お父様って今までどこにいたんですか?」

【心臓に戻っていた。お前が変態だなんだとうるさいのでな!】

「そこは譲りません」

【ちッ……】


 面倒そうに舌打ちはしたけれど、反論はなし。同意してくれたってことでいいよね?

 というか。


「心臓って、お父様の? 今どうなっているんですか?」


 確か煌神こうじんにバラバラにされて封印されてるんだよね、お父様の肉体って。


【我の心臓は、煌神の手の内にある】

「……えー……」

【何だ、その顔は。奴の周到さに落胆したのなら、そのような甘い考えは捨てろ】

「いえ、そうじゃなくて」


 どう考えても大切な部位だし、敵の大将が自分で握ってるってところは別に驚かないし、がっかりもしないよ。そうですよねー、ってぐらいで。


【では、何だ?】

「グロいなって」


 わたしの脳裏に過ったのは、どっくんどっくん動いている心臓が、剥き出しでガラスケースみないな物に入れられてる映像。そしてそこから思念的な声が……。

 うわ、嫌ぁ!


【まったく貴様は……訳の分からん部分を気にするな!】

「だってお目見えしたときの覚悟がいるじゃないですか!」

【ほう。いい気概だ。我の肉体を煌神から取り戻すつもりがあるのだな】

「わたしだって殺されるのは嫌です」


 森で出会った青年のことを思い出しつつ、わたしは言った。

 彼はわたしを殺すことを迷わなかった。殺すべき者だと認識していて、当然の行為だという顔をしてた。

 多分、それは世界の常識。でなきゃこんなふうに隠れ住んだりしない。

 そしてその原因は、お父様が煌神に敗れて力を失い、世の中のルールを全部あっちに決められちゃってるから。


【……そうだ。一族の零落れいらくを招いたのは、我がとがよ】

「でも、お父様は生きてる」


 心なしか沈んだお父様に被せるように、わたしは言う。


【――】


 それに対して返ってきたのは、少し驚いたような沈黙。


「まだまだ挽回ばんかいできますって! ね!」


 終わってないなら、可能性はゼロじゃないからね!

 頑張って前向きにまとめたわたしに、お父様は――


【ふっ……、く。は、ははははっ……!】


 笑った。うん、よし。


【楽天的な娘よ】

「取り柄だと考えます」

【異論はない】


 ないんだ!


【我の肉が足りず、お前は我とはかけ離れた存在となったが、これはこれでよかったのかもしれん】

「あー。そうですねー」


 ここにお父様が二人いるだけだったら、じめじめしたまま話進まなかったね。


【……お前はもう少し遠慮を持て】


 はッ。しまった筒抜けだった。


【まったく。どうしてこうなったのやら】


 どうしてでしょうねえ。でも自分の性格を決めたターニングポイントとか、パッキリハッキリ分かってる人の方が珍しくない? こういうのって、普段の積み重ねででき上がるものだと思うし。


【お前はまだ生まれたてであろうが】

「前世的な?」

【またそれか】


 はあ、とお父様は溜め息をつく。あ、信じてないやつだ。


【当然だ。――確かに、魂の転生というものは存在する】


 するんだ!

 何だ。別にレアケースでもなかったのか。


【最後まで聞け。魂の転生は存在する。というより、転生しない魂の方が少ない。だが新たな生を得るときには、真白き状態になるものなのだ。我とて、我となる前の我を知らぬ】

「え。魔神のお父様も転生とかするの?」

【する。人であった時の記憶は今の我になったときに消えているが、我にはおそらく、前世で強き思いがあった。我は試練を経て神格を得、この世界の理の一つを司るようになったのだ】


 ……神様ってそういうものなんだ?


【多くの者は生を終えれば転生の輪に入り、次の生を生きる。それだけだ】

「ふーん……」


 次の生には来たけど、前世の記憶をちょっとだけ洗い残されちゃったってことか。

 うーん。一から始めたかったような、ちょっとスタートダッシュ決められて得だったような。複雑な感じ。

 あ、でも、魔族の現状を考えたら、知恵がついてた方がいいだろうから、やっぱり良かったのかな。


【……ふむ】

「?」

【一理ある】

「はい?」


 どこか納得した様子のお父様に、わたしの方が首を傾げる。


依代よりしろたる肉が多ければもっと我に近しいものとして始めから存在するだろうが、お前の依代の量では始めから望めん。かといって、赤子のようでは我はもっと手を焼いていただろう】

「それだと、お父様に都合がいいからこうなったってこと?」


 さすが魔神? 世界に優遇されてる的な?


【さて。それはどうであろうな】

「あ、ですよねー」


 さすがに干渉され過ぎててズルい気するし。


【優遇されているのなら、我らはこのような状況に陥ってはおるまいよ】


 ……ですよねー。


【さて。では改めて、これからの話だが】

「はいはい」

【貴様には我を取り戻す意思があるのだな?】

「殺されたくないですしね。今のこの世界の常識だと、ちょっと生き辛すぎるので」


 だって魔族を殺したら正義! みたいな感じだったからね。外歩けないよ。

 それに町としての広さは十分あるとはいえ、閉じこもってるのは精神的によくないと思うんだよね。魔族の皆的にもさ。


【うむ】


 意思の一致に、お父様は満足そうにうなずく。


【煌神は我の肉を細かく裂き、人の身に封印している。探し出すのは骨が折れるが……幸いなことに、我らは早速その一つと見えたな】

「ああ、お父様がセクハラした美青年ですね」

【違う!】


 分かってるけど、そうとしか見えなかった!


【ぬぅ……】


 客観的な事実を、お父様は否定しなかった。


【仕方あるまい。我の一部とはいえ、封印された状態なのだ。正確な位置は直接触れなければ分からぬ】

「あんまり人が触っても問題にならない場所にあるといいんですけどね」


 個人的には腕とか希望。


【ふん、どうだか。量が量ゆえ、一つ一つに細かな配慮はしていないだろうが、人目に触れぬ場所、ぐらいの意図は仕掛けているであろうよ】


 まあ、その方が見つかり難いのは間違いないもんね。精神的なハードルも上がるし。


「分かりました」


 でも、仕方ない。取り戻すにはやるしかないんだし。


【うむ】

「変態になる覚悟を決めましょう!」

【決めんでいいわ!】

「あ、違いますよ。心から変態になろうっていうんじゃなくて、変態呼ばわりを甘んじて受け入れる覚悟をしようって言ったんです」


 だってこの先あんなことを続けて行ったら、もう言い訳無用だし。目撃された瞬間から白い目で見られるの確実だし。


【ぬぅぅ……っ!】


 反論はしなかった――けど、お父様、相当嫌そう? わたしより拒否ってる気配するよ?


【当然だ! 変態だと? 魔神たる、この我がか!】

「身分と性癖における人品の評価は関係ないんで」


 一般人でも社長でも政治家でも、変態だったら変態だ。


【我は変態ではない!】

「分かってますって、わたしは」


 外から見たら分からないだろうけどね。


【…………よかろう】


 ややあって絞り出されたお父様の声は、全然よくなさそうな感じだった。


【事に及ぶときは、人目を避け、できる限り当人にも気付かれぬようにする。これでどうだ?】

「変態感が増しました」

【やかましい!】

「いえ、でもそれがいいと思いますよ」


 魔神の神秘性を保つためにも。


 当人にはむしろ許可を取るべきでは、とは思うんだけど。

 拒否されても、こっちにも諦める選択肢がないからな。抵抗されるとより大変だし、説得にかける時間があるかどうか分からない。なんせ基本、敵からスタートだから。

 ことによっては黙って――というのも、やむを得ないかなあ。

 基本的にはちゃんと説明して、許可を得るつもりでいるけど。


【……うむ】


 うなずいてから、お父様は深ーく息をついた。


【本題に戻るとしよう】

「はいはい」


 今のも十分大切な話だったと思うけど、とりあえず突っ込むのはやめておこう。話、進まないし。


【在り処が判明している聖刻印せいこくいんを、みすみす逃す手はない】

「そうですね」


 身分も髙そうだったし、名前も分かってる。アルディス様って呼ばれてた。きっと探せると思うんだよね。


【足取りを追い、襲撃する。よいな】

「分かりました」


 異論はない。


【では、我は少し心臓に戻る。何かあれば呼べ。些事さじであればヘルゼクスとエスティアを使うがいい】


 使えっていうか、まあ、頼ってもいいってことだよね。


「了解です。お疲れ様でしたー」

【……やれやれ】


 労いの言葉は挨拶だけど、お父様は実際かなり疲れたような呟きを残して鏡から消えた。体の中にもいない。

 もしかして、わたしの中にいるだけでも実は辛いのかな。わたしの器じゃ小さすぎるって言ってたし。別にどう生まれるかとか、わたしのせいじゃないから責められても困るけど。


 ……聖刻印、か。

 剣を向けてきた騎士の姿を思い出す。今でも結構鮮明に思い出せるな。

 いやいや、だって、強烈な体験だったもん。中々忘れないって。美形だからとかじゃなくてね。……美形だったけどね。


 彼は正に、説得できない相手だと思うんだよね……。完全にこっちを敵としか見てないもの。

 お父様を復活させるために必要ですなんて言って、うなずいてくれるわけはない。

 わたしだって痴女扱いは嫌だから、できればこそっと近付いてぱぱっと取って帰りたい。

 うん。そんな感じで相談してみよう。

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