8・距離は適切に!

 翌日。ヘルゼクスさんにお父様との会話を伝え、要望も一緒に相談したところ。


「ふむ。では、のどを潰せばよろしいのですね」

「いやいやいや! どうしてそうなった!?」


 そんな物騒な答えが返ってきた。


「声を出せなくすれば、御心を傷付ける雑音も発せなくなりますので」

「うん、そーゆー物騒な感じじゃなくてね!」


 いや、手段としてアリなのは分かるよ。助けも呼ばれなくなるしね。

 でもアリかナシかで言ったら、断固ナシ! 罪がない……かどうかは分かんないし、いい人……かどうかも分かんない(でも部下には尊敬されてるっぽかった?)けど、とりあえずわたしの後味が悪くなることは確定! ということで、ナシです。


「後遺症はない感じで、パパッと済ませたいの」

「我らの敵である人間どもなど、どう扱おうがどうでもよいかと思いますが……。それがヒルデガルド様のご意思なれば、御意に」


 怖いこと言った! 怖いこと言ってるけど、とりあえずセーフ。聞いてはくれるみたいだから。


「それで、聖刻印せいこくいん持ちの、アルディスという聖騎士の件ですが」

「え、もう何か分かったの? 仕事速いね!?」

「光栄です。……と言いたいところですが、今回は偶然であるだけだと白状いたしましょう」

「偶然?」

「近隣の町や村の情報収集は、怠らぬようにしていますので」


 ……ああ、そっか。そうだよね。

 ちょっと苦い気持ちになったのを振り払う。改善するための一歩に動くんだから、ね!


「まだ近くにいるのね?」

「いえ、おそらく現在は離れているでしょう。聖騎士アルディスは背信はいしんの疑いをかけられ、領都りょうとレシュアにて処刑が決まったそうですので」

「処刑ぃ!?」


 さらに物騒な報告にぎょっとする。


「な、な、何で!?」

「魔族の娘とむつんだとがだとのことです」


 わたし!? それわたしというかわたしの体使ったお父様とのことだよね!? 待って待って、事実無根よ、それ!


「まあ、それはただの口実でしょう」

「……え?」

「真の理由は、我々に彼が聖刻印持ちであると知られた可能性がある、と向こうも知ったためだと思われます」

「ま、待って。ついていけない」


 どういうこと?


煌神こうじんが聖刻印を人間にたくしたのは、それが我々を最もあざむきやすかったためです。一所ひとところに隠されていれば、いずれは見付けて取り戻してみせます。――必ず」


 ああ、うん。そうかも。魔族の皆の必死さを見れば、納得できる。わたしも多分必死になる。生きるためだもん。


「しかし、地上に数多いる人の中から探し出すのはより難しい。しかも聖刻印を持った人間が死ぬと、別の人間が無作為に選ばれるのです」


 あ、なるほど。繋がった。だからわたしたちに知られたから、隠し場所を変えるために処刑なのね。実際取りに行こうとしてるもんね。


「とりあえず、助けないとだよね?」

「はい。せっかく在り処の分かった聖刻印ですから、逃す手はないかと」

「……」


 うん、そう。そう……だよね。

 でもその後……。どうなるんだろう。

 いや、どうしたいってわけじゃないよ? だってわたしが殺される側だったんだから。それは多分、次会っても変わらないし。


 でも、でもさ。彼、処刑を切り抜けたとしてもきっともう行くとこないよね。だって人間の方で、支配者から処刑されようとしてるんだもん。

 ……その原因って、わたしと煌神とお父様なんだよね。


「ヒルデガルド様?」

「!」


 目線を落として考え込んでしまっていたわたしに、ヘルゼクスさんが不思議そうな声をかけてくる。


「気がかりがおありですか」

「な、何もないよ」


 さすがに言えない。魔族的には迷うところじゃないんだから。

 でも、理由作っちゃった側としては、さ……。


「……私は、そんなにも頼りなく見えますか?」


 不服そうに――そして切なそうに言われて、ぎくりとする。


「そ、そうじゃないけど」

「貴女が何かを気がかりに感じているのは、見れば分かります。共に考えることさえ、許してはいただけませんか」

「――……」


 そっか。気付かれた時点で、何でもないって突っねちゃうのも、もう傷付けちゃうんだ。

 ……不謹慎だけど、ちょっと嬉しい、かも。


「なぜにやけるのです」

「ヘルゼクスさんの心配が嬉しいなーって」

「貴女をお護りするのは私の全てを捧げてでも叶えるべき最優先事項です。当然ではありませんか」

「いや、そこまでは……。もっと自分を大事にしよう!」


 お父様への忠誠心と、魔族の現状改善のためっていうのは分かってる。

 でもわたしの様子を見て、気にかけてくれたのも本当。……だったら、ちょっと話してみようかな。


「ふとね、人間も被害者だなーって思ったの」

「さあ。それはどうでしょうか」

「え」


 返ってきたのは完全に突き放した冷ややかな言い様で、どきりとする。


「奴らは煌神におもねることで我ら魔族をしいたげ、支配する力を得て、先兵として献身的に活動する下種げす共です。殲滅せんめつした方が、いっそ地上のためなのでは」

「えーっと……」


 わたしの中のお父様の記憶では――……。そう、人間って元々中庸ちゅうようの存在。どちらの種ともそれなりに親和性を持つ橋渡し的な存在だったはずなんだよね。

 でも今は、完全に煌神側。バランスガッタガタだな、もう。


 けどわたし個人としては、人間と積極的に敵対するのは推奨すいしょうしない。今は敵だから仕方ないとしても。

 これはわたしが元人間っていう意識があるせいかもしれないけど、それだけじゃないとも断言できる。


「でも人間って、元は橋渡しのための種族じゃない? いなくなったら、それこそ煌神と全滅まで争うことになっちゃうんじゃない?」


 そしてその先は、魔族同士の権力闘争だよ。間違いない。……ヘルゼクスさんには口にしたくないけどさ。


「ならば煌神も滅するまでです。そこにしか魔族の安寧あんねいがないのであれば、やむを得ません」

「それは短絡的思考よ、ヘルゼクスさん!」


 いや、現地で生きて、ずっと苦しい思いをしてるヘルゼクスさんがそう思うのは仕方ないんだけどね!


「では、ヒルデガルド様はどのようにお考えですか?」

「バランスを戻す。ここまででいいと思うわ」

「……甘い方だ」


 ヘルゼクスさんはもの凄く不服そうではあったけど、かなりぼかして一言で終わらせた。


「では、ヒルデガルド様が気にかけていらっしゃったのは、聖刻印持ちの人間のことですか」

「えっと……。うん、そう」


 これは話の流れ的に誤魔化すの無理だ。誤魔化したい流れになっちゃったけど、それは諦めて認める。

 でも気まずさから目線を外すのは許してほしい。


「貴女は、私たちの姫です」

「それは分かって――、へっ!?」


 何か影がかかったなと思ったら、近い近い!

 びっくりして後ずさった分だけ追い詰められて、背中が壁に当たる。ついでに顔の横に手を突かれ、逃げ場まで失った。ひぃっ!


「人間などに情を移すのはやめていただきたい。たとえただの同情であったとしても、腹立たしい。どうせ情けを掛けるのなら、せめて私にしていただけませんか」

「情けっていうか、ヘルゼクスさんたちはちゃんと仲間だと思ってますから!」


 同情とかそんなのじゃなくてね! 友好意識がありますよ、ちゃんと!


「――……」


 限界まで壁に寄り添いつつ言ったわたしに、ヘルゼクスさんはゆっくりと瞬きをした。


「……そう、ですね。私たちは同族です。主の分身たるヒルデガルド様が、我らに対して以上に人間などに心を砕くはずがない。私とて疑ってなどいない。けれど――……?」


 戸惑ったように一人ごちるヘルゼクスさん。どうでもいいので、そろそろ開放してもらえませんか。心臓に悪い……。


「長く地下に潜るうち、心まで狭量きょうりょうになったのでしょうか。貴女が僅かにも人を気に掛けるのが腹立たしいなどと……?」

「――おい。何やってんだムッツリ」

「!」


 不意にヘルゼクスさんの後ろから聞こえたドスの効いた声に、二人揃ってびっくりする。

 だがさすがというかなんというか、ヘルゼクスさんの驚きはあくまで後ろから声を掛けられたせいらしく、すぐに表情は平坦なものになった。そして解放されない。してください……。


「エスティアか。遅かったな」

「寝てたんだもん。――ってか、さっさと離れろって!」


 大股で近付くと、エスティアはヘルゼクスさんの肩を掴み、わたしから離してくれた。ほっとする。

 心臓に悪かったんだよ、とっても……!


「大丈夫? ヒルダ」

「だ、大丈夫。何もなかったから」

「んー」


 顔を近付け、エスティアはふんふんと鼻を鳴らす。に、匂い嗅がれるのもいい気はしないよ!?


「そうだね。何もなかったみたい」

「当然だ。私がヒルデガルド様に何をすると?」

「分っかんないじゃん! 分かんない感じだったじゃん!」

「馬鹿馬鹿しい」


 嘆息たんそくして、ヘルゼクスさんはエスティアの文句を切り捨てる。

 出会って一日だからね。そういう意味での何かはあり得ないのはもちろん当然。ヘルゼクスさんにとってのわたしって、魔神であるお父様の娘だからの護衛対象でしかないと思うし……。


 でも何だろう。きっぱり言われる馬鹿馬鹿しいは、ちょっと刺さる気がする。

 ……ん? ってことは、わたし、気にしてる?

 いやいやいや……。深く考えるのはやめよう、うん!

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