第20話 魔族にぷらいばしーはない

 テーマパークデートの夜。タワー上層にある高級レストランの窓際席にて、拙者は上等なコース料理に舌鼓を打っていた。もちろん向かいの席に収まっているのは、素晴らしい一日を共に過ごした美女――


「っかーっ!! あ゛あ゛疲れた、妊婦にパークはやっぱキッツいわぁ」

「お前な、周りの目も気にしろよ。その腹でビール大グラス煽んな、店員ドン引きだろうが」


 はい、見てのとおりの光景でござる。拙者は清廉な男女の関係性を大事にする紳士。ゆえにパークを退園しても不純な場所に花月殿を連れ込むことなく、こうしてお世話になった同志たちに労いの美酒を振る舞っているのでござった。泣いてないもん。


「お待たせしました。串盛り合わせです」


 居酒屋にしては落ち着いた声を持つ店員さんが、注文した品を音もなくテーブルに置く。さらさらした黒髪の下にある顔は整っているものの、愛想笑いのひとつもない。しかしこの男の子が働き者で、とても気が利く店員であることは常連ならば皆知るところでござった。


 さっそく串のひとつに手を伸ばしたリーダーが、上機嫌に礼を述べる。


「おっ、ありがとう善太ぜんたくん!」

「おい待て、何時だと思ってんだ。未成年の労働は二十二時までだろうが」

「先週、十八になりましたので」

「まだ高校行ってんだろ」

「家業の手伝いをしているだけで、無給です」


 アスイール殿のするどい眼光にも怯まず淡々と返す様は、いかにも現代のクールな若者という風体でござる。しかも彼はこの居酒屋店主夫妻の息子さんであるし、卒業後はそのまま店に入ると聞いていた。であれば、少しの深夜労働も修行の一環ととれよう。


「あら、串がちょっと多くなーい? 他のテーブルのじゃない、これ」

「サービスです。キティさんのお腹の子に」

「やっだぁ! ありがと善太くん、ほんっと顔も行動もイケメン♡」


 黄色い声を上げてはしゃぐキティリア殿にも、ぺこと礼儀正しく会釈する。拙者たちがこの居酒屋を溜まり場と定めた頃はまだ中学生でござったのに、本当に立派な若者に育ちましたなあ。拙者、謎の父性を感じてしまいまする。


「あの、これはオーダーの聞き間違いかもしれないのですが……。トマトサラダは、どなたか注文されていますか」

「あ、拙者のでござる」

「!?」


 善太殿にしては珍しく、サラダボウルの底が机にぶつかってカコンと音を立てた。大きな黒目をぱちぱちと瞬かせ、少年は拙者をじっと見る。


「……どこか、ご病気でも?」

「もう末期の患者を見るような目はやめてほしいでござる」

「はは、まあ俺たちが野菜を注文するのは初めてだったからな。善太くん、ガルは今減量中なんだ」

「はあ」


 たとえ不治の病だと告げたところで、同じ「はあ」が返ってくる気もする。これまで幾度となく顔を合わせてきているのに、どこか他人には踏み入れない境界を持っている少年でござった。そんな彼だが、今日は珍しく会話のラリーが続く。


「痩せて……は、ならないんですか」

「ふふふ、心配ご無用でござるよ。メラゴ殿に筋トレ指導を受けておりますからな。拙者これでも昔は結構マッチョだったのですぞ? むんっ」

「そうですか」


 一瞬、店内の喧騒が遠のく。そして拙者は目撃した。お盆を抱えてホールへと向き直った少年の口元が、面白がるように大きく吊り上がっていたことを。


「それは――楽しみですね」

「……?」

「ねえ、ガルってば!」


 仲間から飛んできた声に、拙者はハッとして視線を戻す。それぞれに串を頬張っている同胞たちが、一斉にこちらを注視していた。


「それで、呪いってヤツはどうなったのよ。あとどんだけ進展したのか報告なさい」

「ああ、えっとでござるな……」


 拙者は少し声を落とし、本日のデートでの出来事を共有した。呪いの件がなければ、甘く大切な思い出としてしまっておけるのでござるが。


「――それきり、呪いの気配は消え申した。おそらく断ち切れたかと」

「そう、目標は達成できたのね。それで?」

「それでとは?」

「進展を! 報告しろっつってんの!! 退園するまでだって、まだドラマがあるはずでしょ」


 ガンッと大きな音を立て、葉酸ビールジョッキをテーブルに打ち付ける妊婦。どうかお腹の赤様がおねんねしてますようにでござる。


「ラブコメ小説でもあるまいし、ドラマと言われましてもなぁ。退園までは普通に、アトラクションやショーを楽しんだでござるよ」

「えー。つまんなーい」

「ふふん。ご期待の展開がなくて、残念でござ……」

「――なるほど。はしゃぎ疲れた花月がステゴロシアター内でうとうとしていて、お前は枕がわりに自分の肩を貸してやったと」

「!?」


 ななな、なぜそのことを!?とツッコむ時間さえ惜しく、拙者はとなりのリーマンが持っている長い黒髪を奪い取った。


「また勝手に彼女の記憶を! 青春のプライバシー侵害でござるぞ」

「なんだよ、オレはダチの肩についていた髪を取ってやっただけだぜ? まあそれほど密着してたんなら、いい『お祓い』になったんじゃねえか」

「うぐぐぅ……!」


 アスイール殿のこの『記憶共有』は魔術ではなく、実は生来の特殊能力でござる。元人間であった彼が魔界へと追放されるきっかけになったものと聞いているが、魔族には効力を発しないことだけは幸運でござったな。


「まあ、ガルの報告にゃ嘘はねえ。とりあえず、花月の呪いは断ち切れた。男女としての進展は、名前呼びになったくらいだ」

「そうか……」

「あっそぉ……」


 あからさまな失望を浮かべるリーダーと紅一点。え、拙者的にはすごく手応えのある一日でござったのに?陽キャたちの進行ペース、恐ろしや。


「しかしアス殿、結局黒幕はわかりませぬか」

「ああ。パークへ向かう彼女の記憶の中にも、不審な人物は見当たらねえ。呪いの仕掛け人は、常に彼女の付近にいるってわけじゃなさそうだな」

「よくある呪いの残滓ざんしだったんじゃないのー? どこかでもらったヤツで、消えかけてたみたいな。彼女、人気者だったんでしょ」


 そんな風邪菌みたいなとツッコみたくなる。しかしアスイール殿の次に魔術分野に明るいキティリア殿の意見に、拙者は居住まいを正した。しばらく黙ったあと、魔王軍筆頭魔術師でもあった男は真面目な顔で首を振る。


「いや。パークの中で、呪いは一瞬増幅した。まだ十分に効力を維持している、フレッシュな呪いだったはずだ」

「間違いなくパワーワードでござるな、フレッシュな呪い」

「でもカノンちゃんのシンガー活動はもうネット内だけでしょ。ならその怪しいっていう粘着男が、また彼女に呪いをかけ直すのは無理なんじゃない?」

「制限された時こそ、人間の思念は濃さを増す。直に接触がなくても、呪いがまた行使されることは十分考えられるぜ」


 それぞれにうーんと唸り、現状を俯瞰してみる拙者たち。しばらくして、リーダーがプッと串を吐き出して判決を下した。


「よし、俺に名案があるぞ! ガルが毎晩、彼女を抱いてやれば」

「はいはいはーいッ! 拙者、もうおねむになり申したあ!! 妊婦さんもいらっしゃるし、そろそろ解散するでござるよ」


 なにがヨシ!でござろう、この肉食魔族。一瞬でもその暮らしを想像した自分が恨めしい。しかし赤くなった拙者の顔を見上げ、リーダーは竹串を咥えたまま言った。


「しかしお前はいずれ、彼女と『そういう仲』になることを目指して肉体改造をしているんだろう? 一緒に暮らす準備をするのは変じゃないぞ」

「ああもう、魔鬼のどストレート戦法は相変わらずでござるな……。拙者、まだきちんと告白の準備も整っていない身。同棲など、夢のまた夢でござるよ」

「それなんだが。そもそも元の身体に戻らないと、告白はできないのか?」

「!」


 ぐさっ。そんな効果音が聞こえた気がする。それは硬直したはずみで串を口内に突き刺してしまったからか、ハートにダメージが入ったからか。


「太ろうが痩せようが――お前はお前だろう、ガルシ。なら、いつ気持ちを伝えても同じなんじゃないか」


 まっすぐで力強いリーダーの瞳が、拙者の弱い心に遠慮なくカチコミしてくる。助けを求めるべく他の同胞たちを見るも、二人ともまったく同じ動作でジョッキに口をつけて黙していた。く、同意見というわけでござるか。


 拙者は彼シャツみたいになっている『ガルシ』サイズのパーカーの中、駄肉が蓄積された身体をもじもじと縮めた。


「で、ですが……。やっぱりこんなぽちゃヲタより、強きカラダをもつメンズに愛されたいと思うのが、女性の心理なのではござらんか?」

「ちょっと、勝手に女の意見まとめんじゃないわよ。前に言ったでしょ、本当のイケメンは顔やカラダじゃないの。大事なのは、その心根よ」


 美女の妖艶な舌が、ぺろりとビールひげをさらう。そんな見た目でもやはり、彼女は美しかった。その輝きを授ける源がつまり――愛というものなのでござろうか。


「アス殿ぉ……」

「そんな目で見んな。ハァ……まあ、オレもメラゴやキティの意見には賛成だ。カラダを元に戻したところで、魔界にいた頃から臆病だったお前が変わる訳じゃねえし」

「うう……」


 援軍なし。しょぼんと肩を落とした拙者の背を、ばしりと兄貴分の手が叩いた。


「だからこそ、良い機会ってもんだろ。ついでに心まで生まれ変わってこい。それはどんな魔術でも代わってやれない、お前だけの仕事だ。ガルシ」

「アスイール……」

「それに『牙琉』と『ガルシ』が別人だと説明した手前、どちらかが急にいなくなると不自然だからな。その辻褄合わせを考える時間もいる。呪いの件も、経過観察は必須だ」

「そ、そうでござるな!」


 よかった、まだ猶予はある。やはり持つべきものは頼れる友、感謝でござるな。明日告白しろと命じられるのではないかとヒヤヒヤしていた拙者は、ほっと息を吐いた。あれこれ、なんてフラグ――


「そんなわけで、わかってるな。メラゴ、キティ」

「うむ。明日にも始めよう」

「腕が鳴るわね」

「? なんの話でござる」


 嫌な予感をひしひしと感じつつ、拙者は同胞たちを見回した。すべての目が魔族らしく、きらりと狡猾に光った気がする。


「いずれ、かわいい弟分の妻になる女性だ。俺たち四天王は総力を結集し、彼女を護らねばならない」

「はい?」

「女心のサポートは任せてちょうだい」

「ほえ?」

「このあとトンキ行くぞ。もう一回りデカい鍋と、花月の食器を購入する。顔合わせパーティーだ、気合い入れてけ」

「「おーっ!」」



 前言撤回。

 やはりこの同胞たち――面白がっているだけではござらんか!?



<第2章 アニヲタ魔族と恋の応援団 -完-> 



***

2章もお読みいただきありがとうございました!

よければ☆評価や♡応援、コメントなどいただけると励みになります♡


3章は元旦からスタート予定ですが、そこまでに間話を更新予定です。

詳しくは近況ノートをご覧くださいませ。


・近況ノート(マンガ風挿絵つき/メラゴ):

https://kakuyomu.jp/users/fumitobun/news/16818093091159296879

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