間話① 四天王緊急会議

「お疲れ様です」

「あれっ、明日可あすか君。今日、退勤早いね?」


 広いオフィスの片隅に、涼しげな男の声が響く。年末の処理業務に追われて鬼の形相でPCを睨んでいた女性社員たちが、一斉にそちらへ視線を向けた。


 サバンナの肉食獣を彷彿とさせる眼光が集まる先、ビジネスコートを羽織っているのはスマートな美男である。ちなみに彼の向かいにいる部長の顔面はジャガイモ等に変換されていた。


「ええ。すみません、年末に。仕事は片付いていますので」


 上司を前に、男は礼儀よく会釈する。完璧に整えられた黒髪からはらりとひと房がこぼれ、高い鼻の上に絶妙な影を落とした。切れ長の目を柔らかく細め微笑するその顔に、今日はじめて女たちの手がキーボード上で停止する。


「いいよいいよ、明日のプレゼン資料も完璧だったしね。君だって若いんだ、予定のひとつやふたつあるだろうさ」

「ええ、まあ」

「ましてやこの時期だ。きっと外せない、大事な予定なんだろうね? いいねえ、お相手は幸せだ」

「部長、持ち上げすぎです。でも、そうですね」


 長い足でオフィスの出口へと向かう彼は、形の良い唇をフッと持ち上げて告げた。


「――とても大事な用事には、違いないですね」


 ではお先に、と言い、男は颯爽と廊下へ消える。その直後、女たちはついに業務を放棄して一斉に立ち上がった。


「なっなに、今の神スマイル!? 北野課長が定時に帰るの、初めて見たんだけど」

「うえええん、クリスマス前に失恋したくないよおおお〜〜」

「かーっ、もう仕事なんかやってる場合じゃないっての! 呑みにいくわよコラあああ」

「おおおおおお」


 その夜は会社のロビーに、バス旅行ツアーのような団体が集結を果たしていた。女ばかりのその集団は互いに肩を組み、荒んだ表情をして呑み屋街に吸い込まれていったという――。





「いいかてめェら! 本日の四天王会議、議題アジェンダはこれだッ!」


 無数の資料が貼り付けられたホワイトボードをバンと叩いて熱く語る男。先ほど職場で振り撒いていたクールサラリーマンの仮面を脱ぎ去った美男は、根元に水色が覗きはじめた髪を振り乱して告げた。


「題して、『弟分の初デートにおける、キャッツーランド攻略のための最適ルート』!!」


 しかし机を挟んで座るふたりの参加者たちに、彼の情熱は届いていないらしい。大きな腹を撫でるピンク髪の妊婦は酒のつまみを選定しており、となりの偉丈夫が広げているパンフレットは逆さまであった。


「あんた、ほんとにこの話し合いのためだけに仕事抜けてきたわけ? あ、この缶詰おいしそ」

「はは。お前は本当に心配性だな、アスイール! ガルシだってもう子供じゃないんだ、デートくらいこなせるさ」

「呑気なこと言ってんじゃねえ!」


 腕まくりした色白の手で拳を握り、美男がふたたび吠える。仲間たちの前にドンと積んだのは、パークのガイドブックや特集雑誌、ファッション誌などの山だ。


「いいか。この季節のパークはただの娯楽施設じゃねえ。戦場だ」

「娯楽施設でしょうよ、ミリの疑いもなく。それに、年中混んでるじゃない」

「それは否定しない。その混雑分散を狙い、再来年には『キャッツーランド・スタジオ・ジャポニズム』が近郊にオープンするが……ま、今はその話はいい」

「お前は意外と、こういう場所が好きだな。年間会員だったか」

「プラチナ会員だ。一般区分と一緒にするな」


 キリッとした表情で銀色の会員証を掲げるアスイールだが、彼らのリーダーである黒髪の男は首を傾げるばかりだった。ハァとため息を落とし、このマンションの部屋主でもある美男は続ける。


「オレたちランド会員でさえ、この時期のパーク攻略にはリスクが伴うと言われている。とくに先月、新エリア『カタギラグーン』がオープンしたばかりだ。一歩でも回り方を間違えりゃ、なにひとつ楽しめねえ地獄に早変わりだぜ」

「じゃあなんでそんな場所提案したのよ」


 早くも三本目の酒の栓を開けながら、女が細い眉を寄せる。ホワイトボードの議題の隅に「必勝」と書き加えていたアスイールが、信じられないものを見るような目を美女に向けた。


「なんでってキティ、お前……初デートだぞ。キャッツーランド以外、考えられねえだろ」

「そお?」

「……。じゃあ参考に訊くがな、お前らの理想の初デートコースを挙げてみろ」


 この問いに、参加者たちはきょとんとした表情でお互いの顔を見た。一応は思考を巡らせたらしい三秒後、二人はぴたりと声を揃えて答える。


「「食事ののち、ホテ」」

「つまりだ。刺激から癒し、食事にショッピング。すべてのデート要素を内包するキャッツーランドこそ、付き合いはじめた男女がお互いを知る場として最強のデートスポットなのは明白ってことだな」


 同胞の直球的な解に被せながらそう結論づけ、アスイールは問答を打ち切った。


「オレが三徹してリサーチした結果、最近のランド混雑傾向には一定のクセがあることがわかった。ガルシたちのデートは三日後だ。天候は良好で、屋外アトラクションが休止になる可能性は低い。パレードも通常運行だろう。そこでこの攻略コースで提案しようと思うんだが、意見を聞かせてくれ」


 ホチキスで綴じられた分厚い資料が参加者たちに配布される。しばらく無言の時が続いたが、そわそわしながら資料の作成主が声をかけた。


「おい、メラゴ……なんか意見ねえのか」

「はは、すまん! 実は最初のページから書いてある意味がわからなくてな。パークアプリとの認証におけるメリット・デメリットってなんだ?」

「!? なんでそんな基礎がわかんねえんだよ」

「あたしも聞きたいんだけど。このバックレーヌってキャラ、オトコなの? オンナなの?」

「バックレーヌさんって呼べ。それにそんな些細な問題はな、あの人の前では無意味なんだよ」

「――なあ、アス」


 資料のページを閉じ、黒髪の男が静かな笑みを浮かべた。


「ガルシのことが心配なのはわかる。けどこれは、あいつ自身が取り組む課題なんじゃないか?」

「な……」


 ガイドブックの一冊を取り上げ、メラゴと呼ばれたリーダーの男は黒い瞳を優しく細めた。この場にいる誰もがきっと、とある若き魔族のことを思い出しているだろう。


「お前が幻影維持のアシストしてやるくらいはいい。花月君の護衛のために、俺やキティを呼んだのもわかる」

「いやお前らは嗅ぎつけて勝手にやってきたんだろうが」

「しかしガルシだって、ひとりの男として彼女をエスコートしていく覚悟があるだろう。昨日一緒にジムに行った時、これと同じ本があいつのカバンからはみ出ているのを見たよ」

「!」


 その報告を受け、会議の進行役は固まった。資料を放り出してピスタチオの殻を剥いていた美女も、細い肩をすくめて言い添える。


「あたしにもさ、かわいいメッセージが来たのよ。デートに着ていく服を持ってないから、一緒に選んでくれないかって」

「あいつが、そんなことを……?」

「そーよ。呪いの件は気掛かりだけど、周囲に怪しいヤツがいたらあたしたちがシメてやればいいの。それ以外は、手を出しちゃだめ」


 細い指先で、硬い殻をバキンと粉々にしてみせる。ピンク色の瞳に力強い光を灯した女は、表情を曇らせている美男を見据えた。


「あの子は不器用なりに、ちゃんと一歩を踏み出そうとしてる。ずっと怖がっていたことに、チャレンジしようとしてるの」

「……つっても、心配だろうが! あのガルシだぞ? 魔界でもいっつもオレたちの意見を聞いてばかりで自分はひとつもワガママ言ったこともない、あの――!」


 机に手をついて乗り出したものの、アスイールがその糾弾を言い切ることはなかった。やがて諦めたようなため息を吐きつつ、どすんと椅子に腰掛ける。


「あー、クソ。だから今回は、あいつの思うようにさせてやんなきゃなんねえのか。なんでこんな易い答えに至らなかったんだよ、オレは……!」


 肘をついてむくれる男の頭に、二本の手が伸びてくる。わしゃわしゃと髪を乱され、男は顔を真っ赤にして仲間たちの手を払った。


「あのな! それは止めろ!! どこでも構わずやりやがって、周囲の視線が痛いんだよっ!!」

「すまん。つい」

「いいじゃなーい。あたし、いくつになっても嫌いじゃないわよ。あんたもたまには甘えなさいよ」


 子供のような笑顔を咲かせ、リーダーに頭をポンポンしてもらう美女。アスイールは髪を掻き乱しつつ、ホワイトボード用のペンを手に取った。


「わーったよ! こんなクソ会議は終いだ! 飲むぞ!!」

「おっ、ようやくか。じゃあもっと酒を開けよう!」

「きゃー、やったぁ♡ あたしビールね」


 一度も説明されることのなかった攻略用デートコースの図。そこに大きなバツ印をつけ、会議の呼びかけ人は赤色で新たな文言を雑に書き足した。



『ぶっつけ本番:ガルシ次第!!』


 

<間話① 四天王緊急会議 −完−>



***

近況ノート(マンガ風挿絵+小ネタつき):

https://kakuyomu.jp/users/fumitobun/news/16818093091196798957

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