第15話 ほかほか鍋と社畜イケメン
もともと完全な闇夜に染まることのないこの街だが、最近はまた一段と眩しい。色とりどりの電飾が街路樹に巻きつき、その下を特大ハート型のオーラを立ち昇らせたカップルたちが腕を絡ませて歩いていく――そう、この国最大のイベントが近づいてきているのでござった。
「ったく、ホントにクソ喰らえだなこの季節は。どこに行っても人、ひと、ヒトだ。とくに道幅を狭めてる二人組は爆発しろ」
「拙者達も二人組ですぞ。それにカッポゥ達に罪はありませぬ。イケメンに見合わぬ残念発言は止すでござるよ」
拙者と並んで歩く長身の色男――四天王仲間のひとりであるアスイール殿が、はああぁぁと重苦しいため息を落としてビジネスコートの背を丸くする。PCの入った重そうな鞄を肩に掛け直し、ふんと鼻を鳴らした。
「んだよ、ガル? お前、こういう発言する側だったじゃねえか」
「ふふ、拙者はもうそのような亡者ではないのでござる」
「……。そういえばお前、ちょっと痩せたか」
ぼそりと言った元同僚に、拙者は意味深なうなずきを返す。ダイエット大作戦をはじめてひと月半ほど経ち、この生活にも慣れてきた頃だった。さすがにまだ腹の浮き輪肉がゴッソリ消失したわけではないものの、ちょっと顔のあたりがシュッとしてきた自覚はある――と思いたい。
「あるぇー? おっかしいでござるなぁ? そんなにわかっちゃうでござ」
「なんだ、まさか病気かっ!? ついに生活習慣病か、だから早くメンテに呼べって言っただろうが!」
いきなり大声をあげ、拙者の頬肉をムニュッと掴んだ男。そのまま肉を引き剥がすかのように引っ張るので、さすがにあでででと声が出た。眼光するどいリーマンにカツアゲされているヲタという珍しい構図に、道行く花金のみなさまもぎょっとしている。
「ち、ちょっ、アス殿!? 落ち着くでござる、拙者達の正体を忘れ申したか?」
「! ……お、おう。そうだな。オレたちがそんなモンにかかるわけがねえ。悪かった」
はっとしたように、長い指が離れていく。拙者はじんじんする頬をさすりつつ、どこか上の空な同僚を改めて見つめた。
「大丈夫でござるか? 拙者にはアス殿のほうが、よっぽど具合が悪そうに見えまするぞ」
毎日スタイリング剤でオサレに整えている髪も今宵は、まるでしなびたネギのよう。『無敵氷結のアスイール』の名に相応しい涼しげな目元には力がなく、かわりに分厚いクマがこびりついていた。さらにいつもは拙者が短い足を忙しく動かしてやっと追いつけるほどの速度で歩くというのに、今日はこちらが歩調を合わせているほどカタツムリ状態でござった。
おそらくかけっぱなしになっていることにも気づいていないであろうPC用メガネをクイと押し上げ、仲間は覇気のない声で答える。
「あー……まあ、疲れがな。最近は通勤の時間も惜しくて、会社近くのホテルに泊まってる」
「なんと、それはお疲れ様で。よかったのでござるか、今宵は」
今日は定期的に行っている『メンテナンス』の日。アスイール殿と直に会い、人間の容姿を保ってくれている魔術の更新をするというものでござった。
「お前らのメンテはオレにしかできねえ。それにメンテが遅れると結局、消費する魔力も多くなる……。仕事と同じだ、タスクは先に終わるものから片付けることってな」
「……」
「それより飯はどうする? この辺りの呑み屋なら大体わかるが、なんか呑むか」
アスイール殿がこちらに見せてくれたスマホ画面には、周辺のグルメ情報が載ったサイトが映っている。しかしそこへポロン、ポロンという音と共にいくつかのメッセージが飛び込んできた。すべて仕事関連なのは明白であり、それが彼のさらなるため息を引きずり出していく。
「はぁ……。まあ、対応は少しあとでもいいだろ。とりあえずなんか食おうぜ。どこにする」
「それならば拙者、いいところを知ってるでござるよ」
拙者は伊達メガネをきらりんと光らせ、妖しく笑った。
*
「……って、なんでお前ん家なんだよ。オレの会社から何駅離れてると思ってんだコラ」
「まあまあ。この付近では最高のメシ屋でござるぞ?」
「料理が趣味の魔族がやってる店か? 聞いたことねえな」
腕まくりしてキッチンに立つ拙者に、気だるそうな皮肉が飛んでくる。ちなみに口を尖らせているがこの男、大きなビーズクッションに埋もれるなどしてしっかりと我が部屋をエンジョイしていた。
「それでシェフ、何を出してくれるってんだ」
「もちろんこの国の冬の王様、鍋でござるよ」
「あーやっぱりかよ。連日の会食やら忘年会で食べ飽きたぜ? キムチ鍋にカレーうどん鍋、トマトリゾット鍋……。どんな変わり種が来ようが、もう新鮮さもなにもあったもんじゃねえ」
ぶつくさ言いながらクッションに深く身体を沈める魔術師を眺めつつ、拙者は手早く食卓の準備を進める。自分の夕食は軽く済ませていたので、一人用の鍋をコンロにセット。昆布でサッと出汁を作り、鶏肉や手持ちの冬野菜をリズムよく切って投入していく。狭い室内はすぐに湯気と、野菜が煮える素朴な香りに満たされた。
「なんだ、普通の鍋かよ」
「特別な味付けは、外でワイワイする時だけで十分でござる。鍋とは本来、冬の恵みをしっかりと享受しつつ、身体と胃を癒すもの――」
言葉で語る代わりに、かぱ、と小ぶりな土鍋の蓋を外す。アスイール殿の細い身体が、クッションからがばっと跳ね上がった。ぐつぐつと沸騰する出汁の中で、色鮮やかな冬野菜たちと鶏肉が踊っている。
「ガルシ特製『社畜のしくしく胃腸ヒーリング鍋』、一丁あがりでござる。どうぞ」
「……ん」
四天王の皆で購入したとんすいによそって差し出すと、男は静かに青色の箸をつけた。まずは豆腐、白菜。ぷりぷりの鶏肉から噴き出す湯気によって曇ったPC用メガネを放り出し、彼はしばしの間貪るように季節料理を味わう。
「あー……くそ……。美味い」
「よかったでござるなあ」
スーツの上着をベッド上に投げ捨て、シャツの襟元を開けたサラリーマン。心なしか血色がよくなった顔をこちらに向け、アスイール殿はジトッとした目で拙者を睨んだ。美女ならご褒美でござるのに。
「痩せこけたネコ拾ってきたみたいな顔すんな」
「似たようなものでござろう」
「あーどうせオレは社畜だよ。ここも魔界と変わんねえぜ、ったく」
ぼすんっと音を立て、ビーズクッションに寄りかかるイケメン。細いその腹にしっかりと食事が収まっていることを確認し、拙者は満足してうなずいた。
「シメは雑炊で良いでござるか」
「んあ……あー待て、その前にメンテをやっておく。そこから動くな」
「この体勢で!?」
そうだ、この御仁も魔王軍元四天王がひとり。気分ひとつで一国の王をノミに変えてしまうほどの術を操る、恐怖の大魔術師様でござった。お玉を持ったまま中腰で固まる拙者。ちょ、この姿勢わりとキツいでござるが。耐えろガルシ、これも筋トレと思えば……!
「――やっぱりお前、変わったな。本当に駄肉が少なくなってやがる。魔力の流れも良くなった……」
「ままま、マジにござるか!? どの辺が!? もっと褒めてくださいでござる!!」
「うるせえ黙ってろ」
ぷるぷる痙攣する太ももに心中で悲鳴を上げる拙者に構わず、怠惰に手を突き出したままのリーマン。黒に染めている髪の根元が、彼の魔力に呼応してほんのりと青く発光している。
「あの……アスイール殿。拙者、ひとつお願いがあるのでござるが」
「んだよ、集中してんだが」
拙者の真剣な声を怪訝に思ったのか、稀代の魔術師はこちらを見た。ほわほわと身体を包み込む不思議な魔力を感じつつ、拙者は続ける。
「メンテついでに、かつての『ガルシ』の姿に作り替えてはくださらんか?」
「はあ? かつてのって、魔界にいた頃みたいなマッチョにってことか」
「はいでござる。拙者、その……訳あって最近、ダイエットに励んでいるのでござるが」
「恋かよ。そのまま爆発しろ」
「またもや早ッ!? ていうか熱ぅっ」
急に身体が燃えるように熱くなったので焦ったものの、どうやら術者の苛立ちが流れ込んできただけのようでござった。言葉通り爆発したらどうするでござる。というかなんかこの男、イケメンなのにえらく
「終わったぞ」
「ええーっ! 何も変わってないでござるぞ!?」
「そりゃそうだろ。何もしてねえんだから」
ついにクッションの上で大の字になったアスイール殿は、長い前髪を掻き上げてあくびをする。
「その術をかけた時に言ったろ。術は正確に、お前の精神を反映する。体型が崩れるのは、怠けているっつー自覚があるからだ」
「う、うぐぐ」
「お前が心から『四天王ガルシ』の姿を欲した時、術は応えただろ。まあ身体が鈍ってるから魔力も縮こまってて、上手く使えなかっただろうがな」
「それはまあ、たしかに……ん?」
あれ、何やら違和感が。
「大体お前、なんで『ガルシ』と兄弟だなんて嘘ついた? 女ってのは、すぐそういうモンを見破る生き物だぜ。キティに嘘をつき通せたことないだろ」
「え、ま、アス殿」
「――花月カノン、二十三歳。デパ地下の惣菜屋のバイト代で生計を立てつつ、シンガー活動を行う。家はそう遠くないな……一人暮らしか。交友関係は」
「ままま、待つでござる、アスイールッ!」
「むぐ」
持っていたお玉を咄嗟に元同僚の口に押し付けると、ようやく彼は目を見開いて言葉を切った。茶色のコンタクトレンズを透かして発光していた青い瞳が、ふっと光を失う。同時に、拙者はその手から一本の長い髪の毛を奪った。
「カノン殿の髪……。これから彼女の情報を読んだでござるな!? なぜそのようなことを」
「悪かったな、魔王軍元諜報長としてのクセだ。まあ――まさか大事な『真名』をご丁寧に名乗るシーンまで視るとは思わなかったがな」
「ヒイッ、氷漬けだけはご勘弁ををを」
「やらねーよ。あー疲れた」
そう言ったきりしばらく黙っていた元四天王でござったが、やがてゆっくりと身体を起こす。スラックスに包まれた長い脚を折り、その膝の上に両肘を乗せた。顔の前で指を組む様子はまるでどこかの厳格な司令官のようであったが、そのするどい目は拙者に向けられている。
「いいじゃねえか、恋。オレたちはもう自由の身だ、好きに浮かれりゃいい」
「アス殿……?」
巨大ロボに乗れと言われるほうがまだ自然と思えるほど、その声はどこか重苦しい。そして戸惑う拙者を見つめ、魔界イチの頭脳を持つ男は告げたのでござった。
「だが今回はやめとけ。その女は――呪われてる」
***
近況ノート(キャラクター設定画つき/アスイール):
https://kakuyomu.jp/users/fumitobun/news/16818093090599780967
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