第2章 アニヲタ魔族と恋の応援団
第11話 天然イケメンとかいう強者
印象的な出会いの夜から数日後。
魔力疲労を乗り越えた拙者は、とあるタワービルの屋上へと赴いていた。
かっこいいガラス張りのエレベーターの扉が開いた瞬間、弾んだ大声が出迎えてくれる。
「おお、来たな! 恐るべき同胞にして我が友、ガルs」
「メラゴ殿おぉーっ!!」
拙者は悲鳴を上げながら、快活に笑う偉丈夫にタックルをかました。しかし彼の逞しい身体からすればこんなもの、肉まんが衝突してきた程度にしか堪えぬでござろう。
「はは! お前からハグとは珍しいな。ガル?」
予想どおり、拙者よりも遥かに高い位置にある精悍な顔には笑みが浮かんでいる。ようやく人間名で呼ぶことを思い出したらしい、我ら四天王がリーダー――メラゴ殿は、刺青(本当は魔力紋でござる)の入った腕を組んだ。
拙者は精一杯短い足で爪先立ちし、友へ耳打ちする。
「どう見てもハグではござらん! 酔っ払いしかいない飲み屋街とは違うのですぞ。外で真名を呼ぶのは控えてくだされ」
「そうは言うが、俺はずっと真名で活動してるぞ?」
「オーラがある人間が集まっているから、そう影響はないとアス殿も言ってましたな。く、恐るべし芸能界……」
まったく『Mela-go. 』なんてカッコいい芸名にしちゃって、羨ましいかぎりでござる。意味のないハイフンとピリオドのくせに、いい雰囲気醸すのがなにやら悔しい。ちなみにこの男にも便宜上の「南野
そんな独特な挨拶はこれくらいにして。拙者は一度咳払いを落とし、礼儀正しく頭を下げた。
「今日はお忙しいところ時間を取っていただき、感謝でござる」
「畏まるな、俺たちの仲じゃないか」
「お仕事には障らないでござるか? 今の特撮界は、映画の制作時期では」
「まあな。でも昨日の撮影は夜だったから、今日は午前がオフなんだ。ジムに行くぐらいしか予定はなかったよ」
無尽の体力をもつ魔鬼族の彼であればなんの問題もないが、他の人間からすれば不眠不休で活動する鉄人にしか見えぬでござろう。拙者は関係者証が入ったパスケースを持ち上げ、感謝を重ねた。
「こちらの発行もありがたい。都内で空に近く静かな場所といえば、ここしか思いつかなかったものですから」
「そうだな。本当は『転移記念飲み会』も、ここで行うべきなんだが」
「それは無理な相談でござろうなぁ」
呑気に言う男に、拙者は苦笑で答えた。そう、ここは拙者たちがこの世界で最初に踏み締めた地。そしてその正体は天下の芸能プロダクション、『フォースターズ』所有のタワービル屋上。いくらゆかりがあれど、もう気軽に立ち入れる場所ではないのでござる。
しかし今日は、懐かしの地を訪れに来たわけではござらん。拙者は背後に振り返り、オサレな観葉樹木の後ろに隠れている人物へと呼びかけた。
「花月殿。先ほどからどうしたのでござる」
「!」
長い黒髪が波打ち、やがて色白の顔がそろりとこちらを覗いた。大きなギターケースを背負った美女は、緊張した様子で答える。
「だ、だって、MV撮影にちょうど良い、静かな屋上があるって……」
「気に入らぬでござるか? 広さも十分かと存じまするが」
「そうじゃなくて! 誰もその紹介から、『フォースターズ』プロのビルに登ることになるとは思わないでしょう!? 東野さん、何者なんですか!?」
伸びやかな声が、気持ちよく晴れた冬空へと響く。拙者は丸い頬をぽりぽりと掻いて言った。
「花月殿であればこのような場所、慣れたものかと……」
「私が通っていたのは、もっと小さなアニメ制作会社です。どうしよう、さっき朝のニュースのアナウンサーさんとすれ違っちゃった気がする」
堂々としていれば、花月殿だって立派な芸能人に見えるのでござるが――などと思っているうちにようやく、彼女はぎこちない足取りで拙者たちの元へ歩いてきた。
「やあ、君がガルに見出された音楽戦士か!」
「戦士て。シンガーさんでござるよ」
「俺はメラゴ。かつては彼と一緒の仕事に従事していた者だ、よろしく頼む!」
白い歯を覗かせて笑うリーダーと、コールドスリープしそうな勢いで固まってしまった花月殿。拙者は二人の間に立ち、勢いばかりの自己紹介に少々補足を加える。
「花月殿、こちらメラゴ殿でござる。顔出しはしてござらんが、業界では大変有名なアクション俳優さんで――」
「が……『ガロウレンジャー』の、ガロウ・レッド!?」
ぱああという効果音さえ聞こえてきそうなほど、花月殿は顔を輝かせる。
「おっ? よく分かったな。特撮に詳しいのか」
「詳しいというか、朝のバイトの前にちょうど放送していて。元気もらえるので、いつも観ちゃうんです」
ご自身も元業界人であることなど忘れ、花月殿は黒き瞳を熱心に光らせてアクション俳優を見つめた。
「その背丈に張り出した胸筋、締まった腹直筋、そして日本人には成し得ない脚の長さ。レンジャーの中でも飛び抜けて良い動きをする『ガロウ・レッド』その人に違いないと思ったんです!!」
鼻息を荒くする美女は、なかなか見応えがありますな。しかし意外に筋肉フェチだったのでござろうか、花月殿。そういえば『ガルシ』時の拙者を見る目も、なんだかキラキラしていたような……いや、思い上がりでござるな。
「はは。俺はただのスタントであって、レッドの演技は主演俳優の
「いいえ! 私、変身したレッドの迫力あるアクションが好きなんです。人間とは思えない動きなのに、CGなしだって聞いた時は驚きました」
「……!」
同族の正体が露見しそうな一言よりも一瞬、彼女が放った「好き」というワードに拙者の胸が騒いだ。
(う、羨ましいなどとは思ってないでござるぞ。うん)
拙者もメラゴ殿の鬼神のごとき戦いっぷりには、男としても見惚れるものがございますからな。決してそういうSUKIではござらん。
「いつも地球のために戦ってくれて、ありがとうございます! これからも頑張ってください!」
「ああ、ありがとう! 君も今日は、存分に歌っていってくれ。しばらくの間、立ち入り禁止にしてあるからな」
テンパりすぎて物語と現実がごっちゃになっている花月殿、尊すぎてプライスレス。メラゴ殿の言葉でようやく今日の目的を思い出したのか、彼女は慌てて拙者へと頭を下げる。
「すみません、東野さん。はしゃいじゃって」
「無理もないでござるよ。拙者だって、花月殿がラムネたんだと知った時の衝撃は計り知れぬものでしたからな。情緒がビッグバンし申した」
「そうですね……。よしっ、切り替えなきゃ」
興奮と共に、いい感じに緊張が抜けたのでござろう。花月殿は屋上の奥に広がる、人工芝のエリアへと向かった。斜めがけにしたギターの調整をしながら、青空を仰いで発声練習をはじめる。
「Ahー……」
透き通るような、それでいて包み込まれるような柔らかい声。持参したミラーレスカメラの準備を進めていた拙者の手が、思わず止まる。となりで腕組みしたままのリーダーが、感心したように言った。
「なかなか良いじゃないか」
「そうでござろう? 花月殿の歌声は全国に、いや世界に広まるべきでござる」
「いや声じゃないさ、俺は歌はさっぱりだからな。あの子を妻に迎える気なんだろう? ガルシ」
「ふぁあっ!?」
ここ数日こんな声ばかり出している気がするが、別に萌えキャラ路線を目指しているわけではござらん。しかしあまりにも突飛なリーダーの予想に、拙者の二重あごは開きっぱなしであった。
「なっ、なん、なにを言ってるのでござるか、メラゴ!? 彼女とは数日前に知り合ったばかりですぞ!」
集中している花月殿の邪魔にならぬよう、拙者はできるかぎり声をひそめて同胞を糾弾する。しかしからかいではなかったらしい。リーダーの目が一瞬、妖しく紅い光をまとった。
「なんだ、そんなこと。気に入った『獲物』はちゃんと確保しておかないと、誰かに取られてしまうぞ」
「肉食系魔族こわいっ!!」
魔鬼族は屈強な見た目に違わぬ、情熱的な魔族でござる。他の魔族を――そういう意味で――食い散らかすことも少なくない。我らのリーダーはまだ理性を伴うお人ではあったが、たまにこうやって野生みを見せてくるので恐ろしいでござる。
空に向かって、軽く一曲歌い上げるシンガー。即興でアレンジしたらしいその曲は、『ガロウ・レンジャー』のメインテーマでござった。
『たーたかえー。未来にその牙、たーててー……』
気分よく歌うその細い背を見遣り、拙者はぼそりととなりのイケメンへ釘を刺す。
「か、彼女に手出しは無用ですぞ。リーダー」
「はは、もちろんだとも。この『炎鬼』、かわいい弟分の想い人を横取りするような無作法はしないさ。ただな」
正義のヒーローの『中の人』を務める男は、ちょっとお子様には見てほしくない雄の顔をしてニッと笑った。
「お前は優しいから、いつも大事なところで遠慮するだろう? たまには『ガンガンいこうぞ!』でもいいんじゃないかと思ってな」
「……最近、『ゴリクエ』始め申したか?」
「この前CMに出た時、ゲーム機ごと貰ったんだ。なかなか面白いぞ。魔王の理不尽さとか、すごくリアルだ」
「拙者、それをリフレインしたくないからシリーズ未履修でござるのに」
上手く話を逸らせたと思ったものの、まだリーダーは何か言いたそうな顔をしている。しかしその口が開く前に、拙者へと澄んだ声が届いた。
「東野さん。準備できました」
***
近況ノート(キャラクター設定画つき:メラゴ)
https://kakuyomu.jp/users/fumitobun/news/16818093090095324676
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