第6話 推しとの遭遇

 激動の夜はそのまま、アパートのソファに倒れ込むようにして眠ってしまった。


「うぐぐ……」


 ひどい筋肉痛と倦怠感に襲われた拙者はその後、ひとり呻きながら丸二日部屋にこもっていた。これが人々を苦しめる『風邪』のようなものかと思いを馳せていると、スマホから陽気な通知音が届く。


『がるさん、だいじょぶー?』

『アメゾンでお粥ポチっといたから、がるズキッチンに期待』


 珍しくSNSに姿を現さないことを心配したヲタク仲間から、あたたかいメッセージが届いていた。こうして実際に物資まで送ってくれる者もいるのだから、感謝しかないでござるな。


 ちなみに人間として生活している時の名は『東野牙琉とうの がる』と定めている。「四人いるんだ、姓はわかりやすく方角にでもしときゃいいだろ」という友の雑な提案で与えられた名でござったが、案外気にいるものだ。


(本当は風邪ではござらんが……)


 鳴り止まぬ通知を見、拙者はありがたさと気まずさが混じった苦笑を漏らす。腐っても魔族が風邪を引くことはない――この不調は、あの幻影を創り出したための反動だ。ゆっくりしていれば魔力は回復していくので、見た目はたしかに風邪と大差ないのでござるが。


「ふむ、しかしこれでは少々味気ない」


 温めたレトルト粥に卵を割り入れ、少々の胡麻油と裂いたサラダチキンを投入する。自分用とはいえ寂しいので、パクチーを添えて彩りも良く。狭いアパートの中でもっとも片付いている場所がこのキッチンであり、拙者にとって料理は第二の友でござった。


 アレンジ粥の写真を撮りSNSにアップすると、ものの数秒で反応が返ってくる。心配やからかいのコメントが流れていくのを微笑ましく鑑賞しつつ、これで仲間たちへの恩義は返せただろうとようやくレンゲを手に取った。


(それにしても、ここまで魔力の扱いが下手になっているとは)


 粥から立ちのぼる湯気をぼーっと眺めつつ、あの公園での夜を思い出す。正面きって人間を助けたのは初めてでござった。正直どうしてあれほどの行動を起こしたのか、今でもわからない。


 あれ以上の接近を許したら、この身が異形のものであるとバレてしまってもおかしくはなかったというのに。


(……。もう関わらぬほうが良いでござろうな)


 仲間――アスイール殿が拙者たちに施してくれた魔術は強力だ。こちらが無意識で過ごしているかぎり、魔力消費なしに完璧な人間姿を保っていられる。正直チート級の奇跡に近いものの、それをあっさりと為してしまうのだからこそ彼も四天王と呼ばれる存在なのでござろうな。


 とにかく時おり彼と会って効力を更新してもらう必要があれど、それ以外に生活上の不便はない。つまり黙っていれば、魔族であることを見抜かれることはないのでござる。


(せっかくの魔術を無駄にしてはならんでござる。拙者たちはもう、人間として生きると決めたのですから)


 この世界の空気中や自然には、魔法や魔術の素となる力――すなわち魔力が存在しない。我々の魔力も体内に有する分のみとなってしまい、最初は皆で愕然としたものだった。それでももっとも魔力を蓄えていたアスイール殿が機転を利かせ、人間に馴染めるようにとすぐさまこの魔術を行使してくれたのでござる。


『いいか。てめぇらが大暴れしたくなったら、自力でこの術を破ることはできるだろう。だが、なるべくやるな』

『どうしてよ、アス。それじゃ気に入らないヤツに出会った時、困るじゃない』

『そういう考えも捨てろ。オレたちはこれから、人間に紛れて生きるんだ。それが最善ってモンだろ、リーダー?』

『ああ、そうだな。この世界で人間族は強大な力を持っているようだし、しばらくは魔族であることを伏せて様子を見よう』


 そうして人間を調査しているうちに、いつの間にか全員がこの国の暮らしに取り込まれてしまっていたのでござるが。とはいえ仲間たちと会わない日が続くと、自分が魔族であることも忘れてしまいそうになるほどに平和な毎日。元の世界への未練は微塵もなかった。


(魔力を上手く扱うには、その器となる身体を鍛えねばならんでござる。しかし)


 ちらと目を遣ったのは、ゴミ箱から覗くスナックの袋。この豊かな国のもっとも恐ろしい点は、食べ物が充実しすぎていることでござった。


『い、芋を揚げただけの菓子? これが? う……うまああああああ』


 転移したばかりの頃はそうやって、目新しい食べ物を見つけては飛びついていた拙者。さらに魔王から受けた数百年分のストレスの反動もあってか、とにかく食べてばかりいたのでござる。


(そんなたるみきった身体で無理に魔力を引き出したから、この仕打ちが待っていたのでござるな……。あのアスイール殿の警告には、こういう意味も含まれていたのかも)


 気だるい腕を上げ、慣れた手つきでDVDプレーヤーを起動させる。当時苦労して入手した初回限定版の円盤にはやはり、今の動画配信サイトにはない愛おしさを感じるでござるな。

 

『らぶ♡ゆー! ぎぶ♡みー! キミとーのキズナがー♪ かーがやく勇気をーくれたーからー』


 何百回と聴いた主題歌と共に、拙者を現在の生活スタイルへと導いたアニメが映る。黒づくめの怪人たちを倒すために画面狭しと走り回るのは、カラフルな衣装をまとった五人の魔法少女でござった。


『空の果てまで声よ、とどろけ! 蒼き歌姫――プリティ・シャーベット!』

「うーん、何度観てもここでの変身は胸アツでござるなあ。さすがラムネたん」


 キリッとした顔のこの美少女は、世界征服を企む組織『デスタイダ』と戦うことになった主人公が最初に仲間にするキャラクターだ。変身前の名を蒼波そうはラムネといい、拙者が二次元嫁として日々命を捧げている存在である。


「……」


 美少女たちの激戦に見入っているうちに、粥は無くなっていた。しかし拙者は空になったどんぶりの底をレンゲで引っ掻きつつ、画面から目が離せないでいる。正確には、隅々まで知っているはずのエンディング映像――その声優一覧からだ。


『蒼波ラムネ(プリティ・シャーベット):かづきみぞれ』

「かづき……?」


 頭痛で思考がうまく回らない頭にしばらく苦しむも、拙者はハッと金色の瞳を見開いた。痛みも忘れ、折り畳みベッドの端へと手を伸ばす。今日洗うつもりで丁寧に畳んでいた推しパーカーを取り上げると、急いでポケットを探った。


「まさか――!」


 自分には縁遠い、どこかスタイリッシュな黒いショップカード。その裏に記されたサインを、拙者はまじまじと見つめてしまった。



花月かづきカノン』


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