第3話 拙者と愉快な同胞たち

 拙者たち四天王にとっての救世主。

 それはなんと、人間族の希望を託された有能な存在――『勇者』でござった。


『覚悟しろ、四天王ッ! そして魔王ルーワイ!』


 まさに天に愛されて生まれたイケメン。たったひとりのその若者は、大剣一本をたずさえて魔王城を猛進し――日頃の疲れがたたり、拙者たち四天王はあっさりと敗れていた――ついに魔王の元へ。そして彼らはまさに、誰も乱入できない大乱闘クラッシュブラザーズを繰り広げることになったのでござる。


『ガハハ、さすがは勇者! 魅せてくれるわッ』

『戯言しか落とさぬその舌、首ごと叩き切ってくれる! はああッ』


 堅牢な魔王城の壁がシャーベットのように剥がれるほどに凄まじい、魔力の波動。それでいてなぜか歌いながら戦っていたような記憶すらあるのだから恐ろしい。いわゆる二人とも、レベルカンスト状態というヤツだったのでござるな。


 そしてその戦いは驚くべきことに、世界の理さえ歪めるほどの力のぶつかり合いへと発展した。その事実を知ったのは、見知らぬ世界のビルの上――満身創痍の拙者たちが目を覚ました、あの冬の夜でござったが。


「ねえあんたたち、気づいてる? 『あの日』からもう七年よ、七年!」

「分かってるって。何回言ってんだお前、酔ってるんじゃねえだろうな」

「『転移記念飲み会』も、定例になってきたな。いつも集まってくれて、俺は本当にうれしいぞ!」


 同じ感慨に至ったらしい仲間たちが、肩を並べてこれまでの苦労を語り合っている。拙者は少し歩調をゆるめ、じっくりと友たちの変化を眺めた。


 今はアクション俳優として活動しているのが我らのリーダー、『炎天武闘のメラゴ』殿。


「みんな、生活はどうだ? 困ったことがあったら聞くぞ」


 その逞しい身体と爽やかな声に、すれ違った女子会帰りらしき一団が獣のように目をぎらつかせる。加えて子供たちがテレビで夢中になる特撮ヒーローの中身が一部この男だと知れば、何人もここで卒倒するかもしれぬな。もっとも本人は魔族のである全身の刺青を目立たせぬようにするため、顔を売る気はないというが。


「ったく、いつまで心配してんだよ」


 ハァとため息を落とす姿もサマになる色男は、『無敵氷結のアスイール』殿だ。


「オレたちは皆もう、この世界に染まりきってるじゃねえか。まあ結局、どこに行っても働き詰めだけどな」


 今は黒く染めているが、彼の魔族としての名残は鮮やかな青い髪だ。元の世界ではまさに悪の魔術師らしい黒マント姿であったことが懐かしい。まあたとえ今もその姿だろうと、女子会の乙女たちは同じように口元のヨダレを拭うでござろうな。


「ち、またクレームか……。だから朝礼で、報連相を怠るなと言っただろうが」


 この世界でもブラック企業に絡めとられてさえいなければ、もう少し顔色が良いだろうにと思う。飲み会の席でも、たまにメールのチェックをしてげんなりしていた。


「アス殿。また髪の根本から青空が覗いているでござるぞ」

「ああ、出社までには染め直す。くそ、毎日めんどくせえ」

 

 ちなみに拙者達の人間姿は、彼による強力かつ永久的な魔術によるものでござる。こちらが気を抜いて生活していても人間姿を保ってくれるのでありがたいのだが、それなりの運動をせねば拙者のように『タルむ』ほどリアル仕様なのには参る。


「何言ってんの」


 そんなイケメンたちをズバンと一刀両断したのは、四天王の紅一点。ド派手なピンクの髪――もちろん地毛でござる――を持つ、『妖艶胡蝶のキティリア』殿だった。


「あんたたち、顔が良いのになんで活かさずコツコツ働いてんのよ? 意味わかんないわ」


 普通ならば嫉妬の対象になりそうな立ち位置にいる彼女。しかしハリウッド女優並みのそのはっきりとした顔立ちを見れば、にじり寄っていた女子会の尖兵たちもすべてを諦めた顔になって背を向けるしかないというもの。南無。


「黙ってたって女が寄ってくるでしょ。遠慮せず、財力のある子を手に入れなさいよ」


 実行者からの言葉は重い。その言い草どおり彼女はその美貌を活かしてモデル業をこなし、あっという間に『優良物件』を見つけてさっさと家庭にこもってしまった活動派でござった。しかしオンラインでフィットネスチャンネルを営むなど、いまだにくるくると忙しく活動しているという。さすがの陽キャ道でござる。


「誰かと一緒に暮らすだけで、毎日って何倍も楽しくなるんだから」


 四天王を務めていた当時から変わったことといえば、この柔和になった笑顔でござるな。その腹に新たな命が宿っていることが判明し、祝杯をあげたのはつい先ほどのこと。ちなみに魔族にとって酒は葉酸と同義なので、身体への影響はない。


「それに比べてガルシ、あんたはもう!」


 一方でキティリア殿の指摘どおり、拙者も大きく変わっていた。拙者の名残は、この金髪に金眼。しかし頭のほうはこの大都会ではそれほど目立たぬし、この国ほどカラーコンタクトが普及している地もないのでノープロブレムでござった。


「だらしないわね。なんなのよ、そのカラダ」


 アニメ文化に魅入られるほどに筋肉は減り、脂肪が増えた。意外と手先が器用でデザインセンスがあったらしいので、今はその方面で細々と自営クリエイターをして飯を食っておりまする。


「何回も言ってるでしょ、筋トレしなさい。痩せればモテるって」

「ふふふ、勘違いしておりますなキティ殿。拙者、モテる必要などないのでござるよ。すでに心に決めた嫁がおりますゆえ」

「アニメのキャラでしょ、それ。あとその喋り方もやめなさいよ。もう結構古いんじゃないの、そういうオタク像」


 この『ござる口調』は、早く人間の文化に慣れてしまわねばと焦るあまり間違って覚えてしまったものだった。しかし妙に愛着が湧いて、今でも貫き通している。大昔のこの国では拙者という一人称を使うのがポピュラーだったというから、もう少し前の時代に転移しても良かったでござろうに。


「行っちゃうよ。どうする?」

「いやムリ、無理。なんか近づくのさえ眩しいもん。でも眼福だわー。映画の撮影でやってきたハリウッド俳優さんたちだったりして」

「あとひとりいるっぽいけど、声かける?」

「あー、あれはないわ、行こ。てか、なんであんなのが一緒なんだろ」

「撮影スタッフじゃない? それか通訳とか」


 女子会の残党が投げる侮蔑の視線も、拙者にとっては痛くも痒くもない。なぜなら愛するアニメ『らぶ♡ぎぶ』、その可憐なヒロインのひとり『ラムネ』――我が推しにして二次元嫁である少女が、パーカーの上からしっかりとその想いを伝えてきてくれるからでござる。


「……」


 やはり変わっていく――何もかもが、ゆるやかに。


 魔族にとってはあくびをする時間にも等しい、たった七年という月日。しかしこの数年が拙者達にもたらした変化は大きい。キティリア殿だけではなく、メラゴ殿やアスイール殿も数人の異性と交流を持った経験があると聞く。


(な、なんの。拙者には、ヲタク仲間戦友たちがついているでござる)


 みずからを鼓舞しても、胸中に舞い込んできた風はそれなりに冷たい。


「じゃあな、恐るべき同胞たちよ! また会おう」

「腹巻きでも買えよ。妊婦がいつまでもヘソ出すな」

「まだ数ヶ月は動けるってば。あっガルシ、あたしのオンラインフィットネスに登録しなさいよ。割引リンク送るから」

「りょーでござる」


 駅前で仲間たちと別れ、拙者は日頃の遊び場である電気街のほうへぶらぶらと歩いていく。侘しく冷たいアパートに帰りたくない時に立ち寄れる場所があるのは、この都において最もいいところかもしれぬでござるな。


「や、やめてください!」

「!?」


 緊迫したその悲鳴に、コンビニで買ったばかりのコーヒー缶を思わず落としそうになる。拙者は慌てて声が聞こえた方角に目を遣り、耳を澄ませた。


「誰か呼びますよ!」

「ま、マジにござるか……?」


 こちらの世界には自然魔力が存在せず、魔族の身体能力は大きく制限されている。それでもただの人間よりはすぐれた聴覚が、如実にその危機を察知していた。通報するにしても、もう少し接近せねば状況がわからない。


「……い、いやいや」


 放っておけばいいのでござる。この大都会で暮らす人間は多いが、すべては他人。さらに拙者はまごうことなき、彼らにとっての『ヴィラン』なのだから。


「こ、来ないで……っ!!」

「!」


 か弱くも必死な、その叫び。クリームパンのような拙者の手の中で、無意識にぐしゃりと空き缶が潰れる。


(――魔族がヒーローを気取るなど、馬鹿げたことを!)



 短い足でアスファルトを蹴り、拙者は暗闇の中をひとり出陣した。


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