第2話 主人公はカオじゃない

「四名様、お帰りぃーっ! まいど、あざーっしたぁ!」


 深夜とは思えない店員さんたちの元気な声に送り出され、たちは油の匂いがついたのれんをくぐった。十一月の冷たい風も、この瞬間だけは心地いい。


 先頭を往く細身の女が、ワインレッドのコートの背を思いきり伸ばして言った。


「はーっ、呑んだ呑んだぁ! やっぱり酒は、最高の栄養ね」

「お前な……」


 美女の残念な発言にため息を落としたのは、となりに並んだ長身の男。ビジネスコート姿に整った顔をした男は、女が席に忘れたらしいショールを無造作に肩にかけてやる。ヒュウーッ、いちいちかっけぇでな。


「なんのために持ってきたんだよ、それ。もう自分ひとりのモンじゃねえんだ、身体冷やすな」

「何よぉ、アスイール。『氷帝』が、やけに優しいじゃないの」

「お前にじゃない、腹の子にだ! まったく、先が思いやられる」


 オサレな分け方をした前髪を掻き上げ、サラリーマンはフンと鼻を鳴らす。この男女の間にロマンスとやらが微塵も存在しないことは承知の上で、拙者はからかいの声を送りつけた。


「いや~、絵になる美男美女で! 拙者、この寒さなど忘れてしまったでござるよ」


 短い指で丸メガネをクイと押し上げ、ニタニタと怪しい笑みを浮かべる太った男――残念ながら、それが今の拙者。もしこれがどこかの物語だとしたら申し訳ないでござるが、その主人公を張る男ということになりまするな。


 後頭部でひとつにまとめた金髪は寝ぐせがついたまま。はちきれそうに伸びたパーカーの中では、我が嫁である水色の髪の美少女が笑顔を輝かせている。今宵も尊い。


「あんたが寒くないのは、その重装備のせいでしょ」


 美女が辛辣に指摘したとおり、ジーンズに包まれた拙者の短い足はお歳暮のハムをまとめて詰め込んだかのような密度を誇っている。対比により、使い込んだスニーカーは妙に小さく見えた。レアものなのでござるがなあ。


 パーカー越しにでも確認できる二段腹を、反論の意を込めぽよよんと揺さぶる。


「何をおっしゃる、キティリア殿! これは我々の戦装束にござるぞ」


 推しキャラのアクキーとお手製のぬいで武装したリュックを背負いし、この勇姿。この国に住む者なら、すぐさま拙者の容姿に名をつけるだろう――あ、キモヲタだ、と。


「ははは! そんな装備で大丈夫か、ガルシ? ずいぶん重そうだぞ!」


 どこか聞き覚えのあるセリフを無自覚に放ちつつ、最後に店から出てきたのはもっとも体格の良い男でござった。顔も身体も恐ろしげな刺青が目立つものの、いわゆる爽やかメンズに分類されるであろう精悍な顔立ち。昔も今も自分達のつながりを保ってくれる、頼れるリーダーでござった。


 今では見上げる形となったその偉丈夫の逞しい脇腹を小突き、拙者はフヒヒと定番のヲタ声を落とす。美女からの軽蔑の眼差しなど、ご褒美でござる。


「ふっふっふ、メラゴ殿は相変わらずの天然さんでござるなあ。イケメンマッチョ俳優でそのステータス持ちとは拙者、嫉妬で狂いそうにござる」

「お前なんて、昔は俺よりも立派な体つきをしていたじゃないか」


 そう、かつては拙者も肩でメロン栽培をしているかのようなゴリゴリのマッチョだった。しかし不思議なことに、横に広がりだすと背も縮んでしまったのだから仕方ない。メラゴ殿は刈り込んだ黒髪頭を傾げたのち、ぱっと顔を輝かせた。


「そうだ、一緒に朝晩トレーニングしないか? でだって、身体を鍛えるのはいいことだぞ」

「ご冗談を。深夜アニメはリアタイで観るのが戦士の務め。さすれば、早朝など布団から出られないのは必然かと」

「よくわからんが、不摂生はよくないぞ」


 立派な腹を心配そうに見おろしてくるリーダーに、拙者は苦笑を返す。そのまま我らは談笑しつつ、深夜の呑み屋街を駅に向かって歩いていった。


「……」


 年の瀬が近いからだろうか。ふと胸に打ち寄せるその感覚に気づき、拙者は丸い顔を上げた。長年を共に過ごしてきた三人の同胞たちを伊達メガネ越しに映し、小さな目を細める。


(変わっていくでござるな。何もかも)


 拙者たちは魔族だ。これは我らがそういう『設定』のヲタクサークル仲間とかではなく、歴然たる事実でござった。


 我らは、とある世界――この国の者たちが言うところの、『剣と魔法のファンタジー世界』――からやってきた、いわゆる『転移者』にあたる。しかもその世界では暴虐を極めし魔王ルーワイ率いる『四天王』に属していた、悪組織の大幹部を務めたメンバーだったのでござる。


 しかし拙者たちとしては、あまり悪党として活動した意識はない。人間とは異なる容姿に長い寿命、そして強力な魔力で自然すら操ることができる我ら魔族は、たしかに人間族と小競り合いを起こすことも多かった。それでも根本的に、彼らを恨む理由は存在しなかったのでござる。


『えー、人間族のみなさん。集まりすぎです。解散してくださーい。美味しいもん食べて、平和な年越しにしましょーう』


 魔族討伐への士気が高まった町や城を先んじて攻めることはあれど、無意味な殺しはしない。警告するだけに止めることがほとんどでござった。実のところそれ以上に、身近にある深刻な問題が拙者たちを苦しめていた。


『ぬぁーにをやっとるか、バカ四天王ども! 魔族にとっては、血と戦いこそ至上の宴。さっさと殺せ、奪ってこぉい! ガハハ』


 我ら四天王の直属上司、魔王ルーワイ。歴代魔王の中でも厄介なほどに超常的な魔力を誇る実力者だ。しかしその実態は、じっくりコトコト煮詰めぬいた横暴さをさらに真空パッキングしたかのような悪辣あくらつ上司でござった。


『おい、そこの筋肉土偶。我は暇だ、適当にエルフの村を焼いてこい』


 度重なるパワハラやセクハラを訴える機関など、あの世界には当然無く。拙者たちは魔王のワガママに振り回されながら、数百年をボロ雑巾のように使役されてきた。


 当時の拙者は『地底筋肉のガルシ』などと呼ばれ恐れられた、強靭な肉体をもつ魔族であった。しかしその実、精神ハートは雨にさらされた綿あめのように弱りきっていたのでござる。


 まさにブラック企業戦士であった拙者たち。

 そんな我らを救ったのは、まことに奇妙な運命でござった――。



***

キャラクター設定画(ガルシ):

https://kakuyomu.jp/users/fumitobun/news/16818093089462559708

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