第2話
家から離れ、程なくすると姉貴が口を開く。
「渡辺くん、何組だった? アタシは三組」
俺も三組だよ、クラスメイトになってんじゃねぇかよ。そういうときは俺のクラスを聞いてから、自分のクラスを決めろよ。あと、姉弟なんだから下の名前で呼べよ。
幼馴染という設定なのにクラスメイトであるということに気づいていないのは、なんとも
「五組だよ」
「へぇ、そうなんだ。五組だったら、【
誰、それ?
一瞬疑問に思ったが、考えるだけ無駄だろう。どうせ、それもなんらかの設定に違いない。【京ちゃん】なる人物が実在していようと、していなかろうと、実際の一年五組の生徒ではない筈だ。姉貴が今年度の一年五組の生徒のことを知っている筈などないし、そもそも俺は三組なので五組の生徒のことなど、どうでもイイ。だから気にするだけ無駄だろう。
「あ、そうそう。渡辺くんとは小学校以来だよね。中学校では、どんな友達が出来たのかな? 紹介して欲しいな」
見事なまでの説明ゼリフ。俺たちは、同じ小学校に通い、別々の中学校に入学して、再び同じ学校に通うことになった───という設定のようだ。どうしてそんな、ややこしい設定にする必要があるのだろうか。
・・・などと思っていると、再び姉貴が言う。
「渡辺くんの友達を、紹介して欲しいな」
そこで、俺の足は止まった。
・・・おいおい、まさか。
姉貴が高校生活をやり直したい理由は、全然モテなかったからだ。となると、とにかくモテないことには、やり直しにならないのだろう。だから姉貴は俺の友達に手を出そうとしているに違いない。どうやら手近なところで手を打とうとしているようだ。おそらくは姉貴にとって
勘弁してくれ! こんな変人を友達に紹介なんて出来るかよ! そもそも、こんな変人に惚れるようなヤツがいるかよ!
「友達を・・・、紹介して欲しいな」
三回も言うな! あと、目が怖い!
姉貴は首を横にグググッと傾け、目を大きく見開いて、俺のことをジッと見つめている。まるでホラー映画のワンシーンのようである。呪いでも掛けられそうだ。そんなやり取りのあと、姉貴は再び軽い足取りで進んでいく。
「あ~、楽しみだなぁ。渡辺くんの友達って、どんな人がいるのかなぁ」
いやいや、紹介しないからな。絶対に紹介しないからな。
姉貴からの要求に対し、心の中で拒否し続けながら歩いていると、路上に俺と同じ高校の生徒たちが増えてきた。姉貴とのやり取りに気を取られているうちに、禁断の地───つまりは学校に迫ってきてしまっていたようだ。流石にそろそろ姉貴には退場してもらわないとマズいだろう。
「あのさ、姉貴。この辺で、そろそろ・・・」
「
とにかく、もう姉貴には帰宅してもらわないとマズい。こんなところを知り合いに見られたら、最悪だ。
「おはよう、渡辺くん」
背後から聞こえた女子の声。その声につられるようにして、俺と姉貴が振り返る。そこには、栗色のロングヘアの女子───
「おい、
いつの間にやら俺のすぐ隣に来ていた姉貴が、えらく野太い声を発した。その音色と口調から、ご立腹なのが、すぐに分かった。いや、ご立腹どころか、ブチギレている。姉貴の顔は今、俺の左頬に接触しようかというくらいにまで、接近している。
「テメェ・・・。アタシを差し置いて、青春真っ只中のエンジョイライフを満喫してんのか? 薔薇色の高校生活を、送ろうとしてんのか? あぁ!?」
断言しておくが、姉貴はヤンキーの類いではない。ただし相当に機嫌が悪くなると、言葉遣いが乱れに乱れるのだ。そんな姉貴からの圧力に
「いや、お姉さま。俺にだって、異性の友だ───知り合いくらい、いますけど・・・」
「知り合いだぁ!?」
「はい、知り合いです。単なる顔見知りです、あまり仲は良くないです。橘さんといいます」
姉貴からの恫喝に堪え、なんとか言い訳を用意した俺。するとそんな俺たちの様子を見ていた橘が、弱々しい声を発する。
「あ、えっと・・・」
橘が戸惑っている。俺に絡んでいる姉貴の姿を見て、戸惑っている。おそらくはヤンキーだと認識しているのだろう。ここは誤解を解かなければ。
「あ、あ~・・・。こ、この人は・・・、幼馴染のお姉さんなんだ」
「へ? あ・・・、そ、そうなんだね・・・」
俺からの説明を聞いても、未だに些か混乱気味の橘。しかし、なんとか納得しようとしてくれているのは、微かに感じ取れる。だが・・・。
「あれ? そのリボンタイ・・・」
橘はそう言って、不思議そうな顔をした。
あぁ、これはマズいぞ・・・。
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