サツキの手紙は白い花の上に咲く

倉住霜秋

祈りがあなたに届きますように

「ねえ、サツキ」


「どうしたの?」


「呼んでみただけ」


楽しそうに笑うツツジがサツキの肩に寄りかかる。

海辺には、堤防に座る二人の影が伸びていく。

夕陽に包まれた空間に少女達の笑い声が響き、それを優しい潮風が包み込んでいる。


「私たちどうなるのかな?」


「どうなるんだろう」


「夕焼け綺麗だね」


「うん、綺麗」


「サツキ」


「ツツジ」


「二人でいれば大丈夫だよね」


「大丈夫だよ」


サツキにはツツジがいればよかったし、ツツジにはサツキがいればよかった。

二人は手を繋いで堤防の上を歩く。

小さなその手を重ねて、落ちないようにゆっくりと。


「ずっとこうしていようね」


「ずっとこうしていよう」


二人とも嘘つきだった。

そんなことは二人ともわかっていた。


二人の少女は孤児院から逃げ出し、どこまでも行ってみようと決めていた。

新しい空気、見たこともない場所、大きな建物、なにもわかなくても、知らなくても二人一緒なら、平気だった。

冷たい夜は、公園の土管の中で、落ちていたぼろ布を掛けて、肩を寄せ合って眠った。


二人のポッケには、孤児院で描いた絵が折りたたまれている。

その絵は、二人が行きたい場所を想像して描かれたもので、この旅はその場所を探す旅でもある。


海辺から見える夕陽、結婚式を挙げる男女、捨てられたバスの上に座る二人、一面の花が咲く野原、トタンの屋根が付いたバス停。

見たこともない場所を想像しながら、色々な祈りが込められてその絵は描かれていた。


「サツキ」


「なに?」


「サツキ」


「どうしたの?」


「名前を呼んでいるの」


「名前を呼んでるのね」


意味もなく、なぞるように名前を呼び合う。

この世で最も愛おしい言葉のように、二人だけの温かい繋がりを確認し合うように。


二人は使われなくなった教会を見つける。

窓ガラスは曇って割れていて、草が建物を飲み込んでしまっている。

月明りが大きなステンドグラスを通って、協会の中央に鮮やかな色彩を落としている。

二人はその光が溜まっている場所に立つ。


「ここだけ特別な場所」


「特別な場所だね」


「ねえサツキ、協会ってさ」


「うん、結婚式をする場所だ」


「結婚しよっか」


「結婚しよう」


ツツジは朽ちた白いカーテンを拾ってきて、サツキにそれを被せる。

サツキは少し俯いて、ツツジが布を上げてくれるのを待つ。


「サツキ」


「ツツジ」


ツツジがベールを上げる。

見つめ合って、優しく笑う二人。


その夜は協会の隅で肩を寄せ合って眠った。

出来るだけ近くに、触れ合えるように隣で。


「眠いね」


「うん、眠い」


「明日はどこに行こう」


「どこに行こうか」


「すごく温かいね」


「すごく冷たい」


起きた時に、サツキは冷たくなっていた。

細く小さな体を丸めて、協会の隅で動かなくなった。


「サツキ」


返事はない。


「サツキ」


返事はない。


「寒いね」


返事は、ない。


二人の旅はそこで終わった。

ツツジはサツキを抱えて、花がたくさん咲く場所を目指した。

何日も歩いて、草原を見つける。

一面の白い花。


ツツジは白い花を集めてベットを作る。

そこにサツキを置く。


サツキのポッケから絵と封筒が落ちる。

封筒にはツツジに向けての手紙が入っていた。


『親愛なるツツジへ

 あなたに出会えたことが幸せでした。

 どうか笑っていてください。

 どうか元気でいてください。

 もし生まれ変わったら、

 またあなたに出会いたいです。

 あなたを探したいです。

 幸せな未来をただ願っています。

 心の底からあなたを祈っています。』


ツツジは両手を握り合わせて、膝をつき、目を閉じて小さな祈りを捧げた。

どうか私の愛する人に静かな眠りがありますようにと。

 

 









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サツキの手紙は白い花の上に咲く 倉住霜秋 @natumeyamato

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