第12話:スライム牧場にやって来た
シュパパパッ。
地に足がつく感覚が戻ってきた。
「ここがスライム牧場の転送先か」
いきなりスライムに追い回されるとかいうエンタメ展開じゃなくて、まずはめでたい。
周りはパッと見荒地だ。
岩がたくさん転がっているからそう見えるだけか?
背の低い草が多く、灌木はあるが高い木は生えていない。
「植生からしてドーラ大陸内だと思います」
「うん、ありがとう」
植物に詳しいクララが言うからには、ここはドーラだ。
しかし今の時期のドーラにしては風がやや肌寒い。
標高が高いのかもしれないな。
「ユー様。あそこ、スライムがいますよ」
「ほんとだ。なるほど、飼われてるね」
クララが指し示す先、柵で囲まれた区画に、一抱えくらいの大きさのスライムが三〇匹ほどおり、『スライム牧場』の看板が掲げられている。
やっぱりスライムを飼育してるんだな。
「スライムってこんなに小さいんだっけ? 小型種かな?」
「そのようですね。とても人懐っこいです」
ムイムイと鳴きながら、寄ってくる個体がいる。
魔物のはずだけど、全然狂暴そうには見えない。
オレンジ色の頭? を撫でてやったら、キューと満足そうな声を出した。
「ユー様、何だかこの子達、すごく可愛くないですか?」
「うん。メッチャ可愛いわ」
何じゃこのキュートな生き物は?
見てるだけで顔がほころんでくるわ。
まさかスライムにこれほど癒されるとは思わなかった。
「いらっしゃい、初めてのお方かの?」
振り向くと、草木染めをしたトーガを着たお爺さんがいた。
「こんにちはー。こちらのスライムを見せてもらってたんだよ。牧場主の方かな?」
「さようですじゃ。して、お嬢さん方はどちらから?」
「えーと……」
困った、どう説明しても怪しさマックスじゃないか。
可憐な乙女だからどうにでもなるものの、普通のヒゲ面冒険者だったら警備兵呼ばれるぞ。
ま、ここは正直に。
「変な話なんだけど、海で謎の石板を拾ったらここへ通じる転送魔法陣が設置されて。それで飛んできたとゆーか……」
「ほう? これはお見それした。『アトラスの冒険者』じゃったか」
驚いた。
この爺さん『アトラスの冒険者』を知ってるやんけ。
思ったより有名な組織なんだろうか?
「一見、普通の格好の娘さん二人じゃったゆえにな、まさか冒険者とは思わなんだ。よう見れば、そちらは精霊ではないか。するとパワーカードの使い手か? ならば軽装であることも理解できるの」
パワーカードまで知ってるぞ?
何もんだよこの爺さん。
しかし事情通ならありがたい。
「まだほんの駆け出しで、右も左もサッパリわかんないの。どうしたものか、教えてもらえると嬉しいな」
スライム爺さんは、顎ヒゲをしごきながら頷く。
「ふむ。ここへ派遣されてくるからには、まだチュートリアルルームを経たばかりなのじゃろう。……と、あちらの小屋へ来てくれるかの? ジジイにこの風は、ちと堪えるでの」
やっほい、今一番欲しい情報が充実しそうだ。
小屋に案内されたあたし達は、爺さんの言葉を待つ。
「ワシも、若い頃は『アトラスの冒険者』だったのじゃ」
「何とビックリ」
「今は引退して、スライム牧場を営んでおるがの」
爺さんの若い頃からあったということは、少なくとも『アトラスの冒険者』は数十年以上の歴史があることになる。
クララの読んでた古い本にチラッと載ってたって言うんで、想像はできていたけど。
「お嬢さんらも見た通り、ワシは品種改良した温和なスライムを増やして飼っておるのじゃ」
スライムからは『スライムスキン』という、衣料品や医薬品などに広く使われる素材が取れるんだそうな。
通常はスライムを上手く倒したときに得られるドロップアイテム扱いだが、飼育すれば脱皮した皮がそのまま使えるとのこと。
「さすがに魔物を飼うという行為自体になかなか支持が得られんでの。こんな奥地に引っ込んでおる」
「なるほどー」
ここは港町レイノスから北西へ強歩半日くらいの場所だそう。
出荷するのにもちょうどいい距離なのだろう。
「メッチャ可愛いスライムだよねえ。驚いちゃった」
クララも首をコクコクしている。
「じゃろう? 愛情をもって接すれば、魔物とて懐くものじゃ。腹さえ満ち足りているなら、そうそう人を襲ったりはせぬ」
爺さんは、歯の少なくなった口を大きく開けて笑った。
「『スライムスキン』は非常に有用な素材じゃが、残念ながら供給量が全く足りておらん。ワシはスライムの多頭飼育に先鞭をつけ、未来に寄与したいのじゃ」
「すごいなー。あんなに可愛いならペットとしても飼えるかもしれないねえ」
「おう、話が脇に逸れてしまった。『アトラスの冒険者』じゃったな。転送先でクエストを得る、という原則は知っておるか?」
「うん、説明は受けた」
「では、ワシが依頼しよう。実は最近、北の原に野生のスライムが住み着いての。牧場にもちょっかいかけてくるので困っておるのじゃ」
せっかく品種改良したラブリースライムが、やさぐれスライムに先祖返りしたら困るわなあ。
「そのスライムを退治して欲しい。腰の曲がったジジイには骨の折れる仕事じゃでの。全部で五匹。報酬は『スライムスキン』をワシから卸値で買う権利と、ワシの知る限りの情報、及びこれを前渡ししておこう」
爺さんは後ろの戸棚をゴソゴソし、それを出してきた。
「あっ! これ、パワーカードじゃん!」
スライム爺さんはパワーカードを知っているだけじゃなくて、実際に所持していた。
バエちゃんがすごく珍しくて知名度低いと言ってたし、実際にあたし達以外のパワーカード使用者を見たことがない。
もちろん売っているところも知らない。
実はパワーカードの入手はかなり困難なのではないかと考えていただけに、初めてのクエストで一枚手に入れることができたのは嬉しいなあ。
「冒険者を辞めてスライム牧場を始める時にもらった、『アンチスライム』のパワーカードじゃ。攻撃力が加算され、さらに通常攻撃にスライム特攻がつく」
「スライム特攻って、スライムに対するダメージが大きくなるってことで合ってる?」
「正しいぞ。物理アタッカーが装備しないと意味がないから、気をつけるのじゃ。金がないのですまんが、その辺で勘弁してくれい」
いやいや、メッチャありがたいっす。
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