第11話:初めてのクエスト

 ――――――――――五日目。


「今日も元気だ空気が美味い! 行ってくるね!」

「行ってらっしゃいませ」


 この数日チュートリアルルームでバエちゃんを玩具にした結果、判明した事実がある。


 『アトラスの冒険者』という謎多き組織の実働メンバーに、あたし自身がなってしまったこと。

 『地図の石板』を手に入れると魔法陣が設置され、転送先にクエストがあるということ。

 支給された武器があれば戦える。

 転移の玉があれば逃げ帰ることも可能だ。


 転送先では魔物と戦うことになるらしい。

 つまり自分のレベルを上げる機会が得られるとゆーことだ。

 確かに不安な点はあるが、行動範囲を飛躍的に広げることができるじゃないか。

 『アトラスの冒険者』は、あたしにとって実にありがたいものだと思う。

 退屈な毎日を覆すポテンシャルを秘めているのだ。


 一方で『アトラスの冒険者』の運営側にとっても、あたしが働くことは都合がいいはず。

 もっともどう都合がいいのか、因果関係はもう一つハッキリしない。

 とりあえずクララと確認したのは、当面自分達にとってのメリットだけ考えようということ。 


 今日は朝早くから海岸に向かう。

 雲の流れが速いのが少し気になるな。

 天気が崩れるかも。


 お目当てのものは、四日前と同じように波打ち際に落ちていた。

 やはり海岸に到着していたか。

 駆け寄って、怪しげな文様の描かれたブツを手に取る。

 二枚目の『地図の石板』、ゲットだぜ!


 ズズズウンンンと、地響きがする。

 うむ、予想通り。

 これで新しい転送魔法陣が設置される寸法か。

 楽しみだなあ。

 美少女精霊使いの冒険がいよいよ始まるよ!


 残りの素材も回収して帰途に就く。

 あれ? クララがトボトボとこちらに歩いてくる。

 どうしたんだろ?

 何だか悲しそうな顔をしているが?


「……ユー様」


 先ほどの地響きで家か畑がやられたか?

 クララがケガしたんじゃなくてよかった。


「どうしたの? 何かあった?」

「新しい転送魔法陣が……」

「わかった。急いで帰ろうか」


 家へ駆け戻る。

 見たところ家と畑に被害はないようだ。

 ならば東区画に何か異変が?

 バエちゃんとこへの魔法陣が潰されたとか上書きされちゃったとか?

 東へ抜けると……。


「……魔法陣だね」

「……魔法陣です」


 今まであったチュートリアルルームへの転送魔法陣のすぐ隣に、新しい魔法陣が出現していた。

 ふーん、こう並んでゆくのか。

 『アトラスの冒険者』としての経験を積んで、いろんなところへ飛べる転送魔法陣がポコポコ整列している様子を想像したらワクワクしてきた。


 新しい魔法陣は前のとちょうど同じ大きさで、やはり淡く赤っぽい光を発している。

 邪魔にもならない位置だし、どうってことない気がするけどな?

 だったらどうしてクララは泣きそうな顔をしているのか?


「特に問題なくない?」


 クララが悲痛な声で言う。


「これではいよいよ、うしさんを飼えません……」

「そこかよ!」


 いや、ごめん。

 あんたはウシ飼うのが夢だったね。


「ほら、気を取り直して。確認してなかったけど、新しいやつも転送用の魔法陣なんだよね?」

「はい、間違いありません」


 チュートリアルルームもだが、あたしん家と転送先との位置関係がわからないんだよな?

 ドーラったって広いし、そもそも転送先がドーラ大陸内とも限らない。


 ドーラとは、あたし達の住む大陸あるいは植民地の名だ。

 かつては亜人でない普通の人間の住む地ではなく、また船で近寄ることすらできず、暗黒大陸と呼ばれていたそうな。


 約一二〇年前、カル帝国の探検隊が初めてドーラ大陸に上陸することに成功。

 現在でも唯一の港町であるレイノスに植民集落を作り、帝国領に組み入れられた。

 航路が確立されるやいなや、帝国本土では生きづらい者達が大勢ドーラに押し寄せ、温暖で暮らしやすい気候もあって帝国有数の植民地となった。

 しかし魔物の影響は大きく、現在でも普通の人間が住んでいるのは大陸南部のごく一部地域に過ぎない。


「転送先にクエストがあるんだよねえ。行ってみる? 明日にする?」


 とにかく来たクエストには、積極的にチャレンジしてみると決めたのだ。

 すぐ行く手もあるが、少しでも情報収集できれば勝率が高まる気もする。

 バエちゃんに聞いてみる手はあるけど。


「うーん、明日から雨のような気がするんですよ」

「あたしも思った。雲の流れが速かったわ。じゃあとっとと用意して今から行こうか」

「はい」


 日課の畑仕事を大急ぎですませ、クエスト用の服装に着替える。

 といっても、いつものチュニックとスラックスの他に、パワーカードを収納するための四つポケットの上着を着ただけだ。

 通常の防具と違い、服装を選ばないのはパワーカードのいいところだな。


 クララとともに、新しい魔法陣の上に立つ。

 魔法陣の輝きが強くなり、フイィィーンという最早おなじみの音を発し始めた。

 今度は戦闘があるって話だから緊張するなあ。

 同時に頭の中に事務的な声が響く。


『スライム牧場に転送いたします。よろしいですか?』

「スライム牧場? 何じゃそら?」

「……?」


 世の中は不思議に満ち溢れている。

 知らないことは多いもんだ。

 『スライム』と『牧場』が接続語とかなしに直接繋がる言葉だったとは。


「スライム牧場って何だろ?」

「さあ……牧場というからには、何かの目的があってスライムを飼育? 養殖? しているということですよね?」


 スライム。

 ジェル状の潰れたボールみたいな形をした魔物だ。

 種類は色々らしいけど、一般にスライムと言ったら最下級に位置する弱い魔物とされている。

 あたし達のような初心者に向けたクエストとして、スライムを相手としたものが配られるというのは大いに頷けることだ。


 しかしスライム牧場とは?

 魔物を飼うこと自体、白眼視される行為だろうに、牧場を標榜しているということは、隠れてやってるわけじゃないんだろうな。


「……スライム、食べられないよねえ?」

「おいしそうじゃないですよねえ?」


 何のためにスライム飼ってるんだろ?

 クエスチョンマークを大量生産していてもしょうがない。


「まーやることは決まってるからな」

「ですね」


 クエストを終え、レベルを上げて強くなる。

 それこそがあたし達の求める自由への道なのだ。

 強い意思を持って魔法陣に伝える。


「行く。転送、よろしく」

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