第9話:冒険者やってみる

 つい先ほど、あたしがいつもエンターテインメントを追求する姿勢ばかり見せてると思うな、と言ったな?

 あれはウソだ。

 あたしは常にエンターテインメントを追求している。


「うふっ。あはっ。最高よ。これは最高だわ! あははははっ!」


 動ける格好に着替えたバエちゃんが、テストモンスター相手にパンチとキックを次々に繰り出している。

 引きこもりとは思えないほど生き生きした動きだ。


 何をしたかというと、テストモンスターの設定を変えてみたのだ。

 ヒットポイントを『無限大』、行動を全て『様子を見る』、固さを『柔らかめ』に。

 つまり殴る蹴る用の人形を出現させたと思えばいい。


 しかも種族を先ほどの『男ノーマル人(変態)』にしたので、どんなに非道なことをしようが全く罪悪感がないというおまけつき。

 あたしも試してみたが、すっごく爽快だ。


「くたばれえ! あはははははははははっっっ!」


 バエちゃんのテンションが、あり得ないほど上がっている。

 ちょっと怖いわ。


「とどめに金的前蹴りっ!」


 決まった。


「これは、とても、良いものです!」


 息を切らしながらも、バエちゃんはいい笑顔で答えた。

 笑窪がキュートだよ。


「これがあれば暇潰しになるでしょ」

「なるなる!」

「アイデアもう一つあるから、試していい?」

「ぜひ、お願いします」


 『種族:スライム(円形)』でヒットポイントを無限大、行動を全て『様子を見る』、固さを柔らかめ、大きさを腿くらいの高さに設定すると……。


「おおおお、背中が伸びるぅ~」

「ぼよんぼよんって、立ったり座ったりするだけで運動になると思うよ」


 うむ、これは『ばらんすぼおる』と名付けよう。

 思った通りに設定できるんで面白いな、これ。


「バランスボールは着替える時間がないときでもイケそう」

「そーだね」


 勤務時間中に軽く運動を、っていう目的で使うのがいいのかも。


「人間は身体を動かすべき生き物なのだ。もうバエちゃんは汚部屋の女王じゃないよ。御飯も作れるし運動もできる。目指せいい女!」

「そうねっ!」

「今日は帰るよ。とりあえず次のクエストが来たら行ってみる」

「ええ、頑張って。応援してるからね!」


 おっと、また目的を達せずして帰ってしまうところだった。

 あたしは遊びだけの目的で来てるわけじゃないのだ。

 アレを聞いておかねば。


「転移の玉って『アトラスの冒険者』に所属してる限り使えるんでしょ? 『アトラスの冒険者』じゃなくなるのってどんな時なの?」

「著しい不良行為があったとか、クエストでとんでもない失敗をやらかしたとか。あとはそうね。長期間転送魔法陣を使わないと、『アトラスの冒険者』を続ける意思がないと見做されてしまうのよ」

「不良行為やクエストの失敗ってどの程度よ? 普通にありそうなんだけど?」


 いきなり使えなくされるのは怖いわ。

 バエちゃんが笑って首を振る。


「ないない。選定の段階で道徳心のある人を選んでるし。不良行為やクエストの失敗でクビになったなんて聞いたことないから」

「ふーん? じゃあ普通にやってりゃへーきじゃん」

「大丈夫のはずなんだけど、辞めちゃう新人は少なくないの」

「辞めちゃう? 何で?」


 転移の玉ほどのスーパー便利アイテムの使用権を放棄するってどーゆーことだ。

 あたしには考えられんのだけど?


「クエストをこなせないと、心が折れちゃうみたい」

「わからんでもないな。クエストって難しいんだ?」

「初めてのクエストは、ほぼ戦闘が割り当てられるわ」

「最初からドラゴン倒せなんてクエストが来るわけじゃないんでしょ?」

「テストモンスターより少し強い程度よ。さほど凶暴じゃない、逃げることもできる程度の魔物が相手だから、そう危険ではないの。でも初心者にとって魔物は脅威でしょう? 簡単とは言えないわ」

「ふーん。転送魔法陣使えばオーケーなら、チュートリアルルームに遊びに来るだけでもいいのにねえ」

「新人が皆、ユーちゃんくらいハートが強ければいいのに」


 変な空気になった。

 やっぱり新人が脱落するとバエちゃんの給料にも影響するんだろうか?

 話題変えるか。


「また用がなくても遊びに来ていい?」

「ええ、ぜひ来て」


 バエちゃんニッコリ。

 あたし達の世界よりずっと技術の進んだ世界があり、『アトラスの冒険者』なる事業を展開している。

 もう一つ信用できないが、クララによれば比較的古い書物に載ってるような、歴史のある組織らしい。

 そしてバエちゃんはどう見ても悪いことのできる人間じゃない。


 結論、あたしの野望に利用するのが正しい。


「よし、頑張るか。じゃーねー」

「うん、またね」


 バエちゃんに別れを告げ、転移の玉を起動し帰宅する。


          ◇


 夕食後、寝る前のゆったりとしたひと時。

 クララと話しながら過ごす、かけがえのない時間だ。


「大分『アトラスの冒険者』とゆー意味不明組織の輪郭が見えてきたね。どう思う?」

「興味深いですね。勧誘文句の通りなら、危険はあっても損はありません」

「運営の方には謎が多いけどね」


 何で他所の世界がこっちの世界にしゃしゃり出てくるんだとか、新人に高額な初期投資して儲け出るのかとか。

 ま、その辺は内緒のようなので、少なくともあたし達が実力を身につけるまではノータッチだ。

 突っ込んでクビになるのもバカバカしいから。


「初めは比較的簡単なクエストみたい」

「願ったりかなったりではないですか? 経験値を得てレベルを上げていくのに絶対必要な第一段階です」

「よし、クエストには積極的に参加してみる。引き続きバエちゃんとは仲良くして、情報を得よう」

「脱スローライフが、現実味を帯びてきましたねえ」


 うむ、やれることが増えるのは単純に楽しい。


「今日でチュートリアル終了だから、次の『地図の石板』のクエストをやっつけるんだよね。あれ? 『地図の石板』って、どうやって手に入れるんだろ?」

「イシンバエワさんから渡されるのではないですか?」

「色々説明が足りてないなあ。バエちゃんがポンコツだからだ」

「でもユー様はイシンバエワさんを、玩具として気に入ってるんですよね?」

「あたしはポンコツな玩具が好きなわけじゃないぞ? そこは声を大にして言いたいことだわ」


 とにかく明日もチュートリアルルーム行ってみるか。

 何度目だ?


「おやすみ、クララ」

「おやすみなさい」

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