第4話:赤目のハゲ子さん

 昼食後、鈍く赤く光る転送魔法陣のところに戻ってきた。

 こいつは大きく二つの感情を呼び起こしてくれる。

 あたし達の平凡な生活を面白くしてくれるのではないか、という大いなる期待と。

 そして未知のものに足を踏み入れるという、名状しがたい怖さだ。

 でも全然関係ないことを口にしちゃってた。


「これ設置するのにおいくらかかるんだろ?」

「さすがはユー様です」


 何がさすがだったかな?

 もっとも魔法陣みたいな魔道の仕掛けを間近で見るのなんて初めてだ。

 ドキドキするなあ。


「いざ行くとなると度胸がいるね」

「冒険ですねえ」


 他人事みたいに同意するクララ。

 あんたが帰ってこられないかもだの誘拐目的かもだの、散々脅したからだぞ?

 クララとともに、おっかなビックリ魔法陣の上に立ってみた。


 スイッチが入ったかのように、魔法陣から立ち上る光が強くなり、フイィィーンという小さくやや高い音を発し始めた。

 同時に頭の中に事務的な声が響く。


『チュートリアルルームに転送いたします。よろしいですか?』

「おお、喋ったぞ?」

「ちゃんと私達の許可を求めるんですねえ」


 どういう仕組みか知らんけど、問答無用で転送するんじゃないところは親切じゃん。

 で、何だって?

 ちゅーとりあるるーむ?


「指導部屋くらいの意味でしょうか?」

「つまり状況を説明してくれるくらいの気はあるってことか」


 他人の家にいきなり転送魔法陣を設置するとんでもない相手だ。

 どーゆー態度で来るかわからなかったが、この仕様からすると危険な目に遭うことはなさそう。


 あたしは強い意思で魔法陣に告げた。


「転送よろしく」


 光と音がやや強くなる。

 上下が曖昧になるような感覚があって、フッと視界がシャットダウンされた。


 シュパパパッ。

 数瞬の後、眩しさに包まれ、自分の足で立っている感覚が戻ってきた。

 光と音が収まると、見知らぬ場所にいることに気付く。


 不思議な部屋だ。

 緑を基調とした幾何学的なパターンで床と壁が埋め尽くされていた。

 しかも部屋全体が柔らかく光っているために、適度な明るさを保っている。


 背後から声をかけられた。


「どうです、落ち着きましたか? 『精霊使い』のユーラシア・ライムさん」


 やあやあやあ、振り返ればハゲがいる。

 歳の頃はおそらく二十代半ば。

 赤い瞳のタレ目と笑窪が印象的な、スラッとした女性だ。

 生成りのローブを着ている。

 髪がそれなりだったら美人なんじゃないかな。


 あたしは故郷の村で『精霊使い』と呼ばれていた。

 村でも特に精霊と親しかったから。

 夢の中の薄着女神もだけど、何故ハゲ子はあたしの名前と異名を知ってるんだ?

 疑問は解決せねば。


「あんたはどうして、頭を剃り上げているの?」

「第一声がそれかいっ! 他に聞くことないんかい!」

「間髪入れないツッコミが素晴らしいね」


 あたしの中のお笑い感知器が敏感に作用し、語りかけてくる。

 ファニーな見かけに誤魔化されてはいけない。

 ハゲ子は愉快度高めの人材だと。


 クララが心配そうにこっちをチラチラ見てくる。

 ユー様悪い顔してる、遊べる玩具を見つけた時の顔だ、とでも思っているのだろう。

 合ってるけれども。


「何もない部屋だけど、退屈じゃない?」

「またどうでもいい……私は普段、裏にある控え室にいて、転送者が来た時だけ仕事するのよ」


 仕事とゆーことは、おゼゼを盾にやらされてるってことだな?

 ならば事情は知ってるんだろうけど、ハゲ子はあたしん家に転送魔法陣を設置した主体ではなさそう。


「転送者なんてどうせ多くないんでしょ?」

「ぐっ、『楽してやがるな』って視線が痛い。確かにぐうたらしてるわ。でもこの職に就くのも大変だったんだからっ!」

「ふむ、優秀だから楽できるのよ、と暗に言っていやがるな。よし、ズボラの件は許す。次に控え室を見せなさい」

「えっ……?」


 ハゲ子は動揺している。

 やはりあたしの思った通りだ。

 ノリノリで詰問する。


「さては貴様、職権を乱用してやりたい放題してるだろう!」

「ち、違うわよ? でもプライベートは他人に見せるものじゃないから、ちょっと待っててね」


 立ち上がって踵を返したハゲ子の向かう先の壁に、何やら意味ありげな突起がついている。

 ははあ、あれだな?


「おっと、証拠を隠滅されてなるものか!」


 ダッシュして先回り、飛びついて突起を押す。


「どうして開け方を知ってるのよ!」

「ハハハ、あたしは何でも知っているっ!」


 押せと言わんばかりに存在する突起。

 壁には他に主張しているものはなし。

 答えはおのずと明らかではないか。


 後生だから待ってなどと、意味不明な供述をしているハゲ子を押し止める。

 アタフタしてもムダだとゆーのに。

 フイィィーンという、あの転送魔法陣が起動した時のような音がして、壁の一部がスムーズに開く。


 意外なほど取り乱して喚くハゲ子にも驚いたが、控え室内部の様相にはそれ以上に驚愕した!


「何じゃこりゃ?」

「見ないでええええ!」


 足の踏み場もない汚部屋だ。

 食べ物の器とゴミ、服、ゴミ、書物、ゴミ、正体不明の道具とゴミとゴミとゴミ。

 ものが積み上がってるけど、流し台は棚じゃないよ?

 せめてベッドは綺麗にしておけよ。

 熟睡できないだろ。


「ふええ……シスター・テレサに叱られちゃうよぉ……」


 誰だシスター・テレサ、上司かな?

 片付けられない女ハゲ子が、幼な子みたいに泣いている。

 自業自得とはいえ、さすがに哀れに思えてきた。


「ごめんね、ハゲ子」

「ハゲ子ゆーな!」

「あ、名前聞いてなかったわ」


 あたしの脳内では完全に『ハゲ子』で定着してたけど。


「私の名はイシンバエワ、覚えておいてください」

「バエちゃんね」

「ば、バエちゃん……そんな略し方されたのは初めてですけど、まあいいです」


 気に入ってもらえたようだ。

 あたしのセンスの勝利だな。


「とっとと片付けるよ」

「えっ?」


 ハゲ子ことバエちゃんが、心底意外そうな顔をしてこちらを見る。

 出来の悪い子供みたいな表情が可愛いな。


「あたしとクララが手伝ってあげるから。三人でやればすぐに終わるよ」

「ど、どうして助けてくれるの?」

「もうあんたをネタに十分楽しんだからごにょごにょ……何を言ってるんだ。あたしとバエちゃんの仲じゃないか」


 ついさっき初めて会った仲だけれども。

 こらクララ、本音が漏れてますよって顔するな。

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