第5話:スーパーアイテムを手に入れた!

 汚部屋の主バエちゃんを諭す。


「この部屋散らかし放題じゃダメなんでしょ? 職務怠慢だぞ? シスター・テレサだっけ。上の人に知られちゃ、クビもあり得るんだから」


 『クビ』の言葉でビクっとしたわ。

 バエちゃん、マジでそーゆー立場なのかな?


「ク、クビはないと思うけど……」

「叱られるのが決定なら、相応の罰はあるわ。始末書とか減給とかボーナスカットとか」

「あ、ありそう。でも叱られるだけですむかも……」

「戦場では希望的観測に陥ったやつから死んでいく」

「ええっ!」


 いや、部屋が戦場並みの無秩序さなんだわ。


「誰もいない職場で一人で泊まり込んでるならバエちゃんは独身なんでしょ? 汚部屋の主なんて知られたらどうするの。一生結婚できなくなるよ?」

「いやあああああ、やめてええええええ!」


 ものすごく取り乱すバエちゃん。

 どーも『結婚できない』はクリティカルヒットだったらしい。

 仕方ない、まったく手のかかる玩具だこと。


「とっとと整理始めるよ!」

「え、今から?」

「こーゆーことはすぐやるのっ! 思い立ったときにやるのっ! テンション上がってる内にやるのっ!」

「わわわわかりましたっ!」

「よーし、ここにいるクララはお掃除名人だから、頼りまくりなさい」

「はい、お願いします、先生」

「は、はい……」


 クララが面食らってる。

 精霊は人見知りなんだよなー。


「幸いあっちの部屋には何もないじゃん? 家具含めて全部あっちに運んで、まず控え室を空にするよ。それでいるものといらないものを分別しまーす」

「え、全部?」

「でないと控え室を掃除できないだろーが」

「や、やっぱり時間あるときにしません?」


 バエちゃんがおずおずと申し出る。

 今更何を言ってるんだか。


「で、明日あたり抜き打ちで査察来て、ずーっと後悔するわけ?」

「よよよよーくわかりましたっ! フラグ立てるのはやめてえええ!」

「気合入れろっ! 我々は必ずこのミッションを完遂する!」

「イエス、マム!」


          ◇


  ――――――――――四時間後、ようやく掃除終了。


「疲れた……しかし我々は勝利した」

「ほんとにありがとおおおおお!」

「よしよし、互いの健闘を称えようじゃないか!」


 バエちゃんも労働と涙でボロボロになっている。

 ツルツル頭のあちこちが黒く汚れているのは、指差して笑いたいところだ。

 しかしまことに遺憾ながら、あたしにもあんまり余力がない。


「これからは散らかしちゃダメだよ。それから食べてるの保存食ばかりじゃん。野菜が収穫できたら持ってきてあげるから、キッチンは特に綺麗にしとくように」

「うんうん、そうする。絶対にそうする」


 何かメチャメチャ素直になってるんですけど?

 これがあたしのカリスマか。


「帰るわ」

「えっ?」


 キョトンとするバエちゃん。


「今日は結構な覚悟で転送魔法陣に足を踏み入れたんだよ? なのに待っていたのは大掃除でしたとか。意味不明過ぎるから小一時間問い質したい。けど、今日はムリだ。達成感あり過ぎてどうでもよくなっちゃった」

「私も疲れちゃったわ。また必ず来てね」

「せっかくの玩具ごにょごにょ……うん、来る」

「今日のお礼をしたいのだけれど……」


 さっきからクララが、ゴミの山をしきりにチラ見してたことには気付いてた。


「捨てちゃうんだったら、あそこに積んである本もらっていい? あたし達は本がなかなか手に入らないんだ」


 クララの顔にパアっと赤みが差し、コクコクうなずいてる。


「もちろん構わないけど」

「ありがたくもらっていくね。どの本が枕として高性能か研究しなきゃいけない」

「アハハハ。じゃあねユーちゃん、精霊さん。また来てね」


 いつの間にかユーちゃん呼ばわりだよ。

 距離詰めるの早過ぎね?

 バエちゃん呼ばわりしてるあたしが言うのも何だけど。


 目尻を一層下げてニコニコするバエちゃん。


「バエちゃんの目って、赤くて綺麗だね」

「そう? こっちでは皆赤い瞳なの」


 『こっち』言ってるぞ?

 すげーテクノロジーからして、別の世界ってことだな?


「ハゲなのは何でなん?」

「ハゲゆーな。原則として聖職者は男女関係なく剃髪するの。でも近頃の修道女は短くするだけで剃らないのがトレンドかな」

「バエちゃんって聖職者なんだ? それよりどーしてトレンドに乗らないの! 目鼻立ちは美人なんだから、髪をちゃんとすればモテるって」

「えっ、美人?」


 クネクネしだしたぞ?

 明らかに言われ慣れてない。


「このあたしが保証してやろう。だからカツラを取り寄せときなよ」

「うんわかった。カツラにする。またね」

「あれ、帰るにはどうしたらいいんだっけ?」

「あっ!」


 バエちゃんが帳面を持ってきて、調べ始めた。

 仕事モードに入ったらしく、言葉遣いも丁寧になっている。


「えーっと、新人のユーラシア・ライムさんね。チェック入れて、と。これ、お渡ししておきます」


 オレンジくらいの大きさの玉だ。

 やはり魔力を感じるが?


「『転移の玉』です。手に持って念じれば、ホームに転移できますよ」


 マジか?

 スーパーアイテムやんけ。


「何それ、すごいじゃん! どこからでも家に帰れるってこと? 制限はないの?」

「外部から取り込んだ魔力をエネルギーに変換して起動する装置で、どこからでも何回でも使えます。転送魔法陣と原理は同じなんですよ。持ち運べる代わりに、一度に転移できる人数は四人までです。ホームの位置は既に登録済みで、変更することはできません。制限はそんなところですか」

「これ、もらっちゃっていいの?」

「もらっちゃってください。『アトラスの冒険者』の基本アイテムで、有資格者である限り転移の玉も使用可能ですから」

「『アトラスの冒険者』?」


 海岸で不思議な石板を拾い上げた時、頭に流れ込んできた言葉だ。

 転送魔法陣や転移の玉持ってるのがデフォルトなのか。

 すげーな、『アトラスの冒険者』は。

 ふつーの冒険者より明らかにランクが上だ。


「次来た時、細かく説明させていただきますね」


 『転移の玉』は、掃除の賃金とすれば破格のブツだ。

 でも『アトラスの冒険者』の対価と考えるとどうなんだ?


 ……バエちゃんはここチュートリアルルームで、おそらく『アトラスの冒険者』の説明を行うための職員なんだろう。

 聞きたいことは山ほどあるが……。


「じゃ、またねー」


 今度でいいや。

 転移の玉を起動し帰宅する。

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