第3話:どーしてこうなった?
「問題はこれだ。どーしてこうなった?」
大波を被って、びしょ濡れのまま家に帰ってみりゃ異変あり。
整地を進めていた我が家の東側の区画に突如現れた、両腕を広げたくらいの大きさの円形の何か。
邪魔だな、おゼゼができたら家畜を飼おうと思ってた場所なのに。
クララが言うには、地響きで慌てて表に出たら出現していたらしい。
若干赤っぽく光っており、魔道に関して素養のないあたしでもわかるくらいの、明らかな魔力を感じる。
「どう見たって人為的なものだよね?」
「ですねえ」
「なるほど、事件に巻き込まれた美少女役を演じろとゆーことか」
クララよ笑うな。
思えば海岸で手に入れた石板が怪しい。
夢で拾えと言われたこともそうだが、手にしてすぐの地響きだったもんな。
頭に響いた謎のアナウンスも気になる。
『アトラスの冒険者』だったか?
ふつーの冒険者と何が違う?
「魔法陣かな?」
あたしにもその程度の見当はつくってばよ。
物知りのクララがしゃがみこんで、じっくり調べている。
しきりに感心しているようだ。
「ユー様すごいです! 周囲から魔力を必要なだけ取り込み、自力で安定している魔法陣です! こんなことができるんですねえ。術式からして転送魔法陣です」
さすがはクララ。
故郷の村であたしの弟分と並ぶ勉強家だっただけのことはある。
「転送? この魔法陣に入ると、どこか別の場所に行けるということ?」
「はい、その通りです」
「実に面白いな」
ドーラに住む限り、常に魔物と遭遇する危険がつきまとう。
なので故郷の村にいた頃は、なかなか他所へ行く機会がなかった。
あたしが村を出たかったのも、外の世界への憧れが大きかったからだ。
この転送魔法陣は、あたしを外に連れ出してくれる翼になるだろうか?
「行き先はどこだろう?」
「ちょっとわからないですねえ」
「一旦、家畜飼う計画は白紙ね」
「ええっ!」
いやだってこの魔法陣のせいで、可愛がってる子がうっかり転送されちゃったら泣けるじゃん。
今現在家畜を買うおゼゼがあるわけじゃないけれども。
「うしさん……」
悲嘆に暮れるクララ。
そんなに楽しみにしてたとは知らなかった。
ごめんよ、クララ。
白紙といっても、あくまで一旦だからね。
ってのは置いといて……。
「……ユー様」
「わかってる」
緊張が走る。
敷地のすぐ外に魔物が近付いているのだ。
名前忘れたけど、大型犬くらいの大きさの太ったネズミみたいな魔獣。
あたしん家は魔物の生息域から外れてるはずなんだが、先ほどの地鳴りでどこぞから迷い込んだか?
このタイプの魔物は鈍感なのか、魔物除けの札が貼ってあっても割と寄ってきちゃうんだよな。
村に住んでた時にも経験ある。
「ま、こいつ一匹ならどうってことないな。あたしに任せて。クララは隠れていなさい」
「はい」
足の遅いクララを遠ざけておく。
気付かれないよう、魔物にそーっと近付き、溜めて溜めて……。
「があああああっ!」
「ギャッ?」
ハッハッハッ、一目散に逃げてった。
まともに戦えば結構強いらしいけど、間の抜けてる魔物だ。
もし追いかけられても逃げ切れる自信があるから、こんなマネができるわけだが。
「ここへ引っ越してから、魔物が出たのは初めてだねえ」
「魔除けの札を増やした方がいいでしょうか?」
「いや、いいよ」
今あるのだけで計算上十分のはずだ。
効かない時は効かないらしいしな。
それよりも、と。
「……転送魔法陣、どこに繋がってるのか、行ってみよう」
「えっ? 帰ってこられないかもしれませんよ?」
「そりゃ困る」
「誘拐目的かもしれませんし」
「いやん。あたしもクララも可愛いからねえ」
「いきなり魔物の巣に転送されたりとか」
「クララは心配性だなー」
どーして悲観的に考えるのだ。
気分が萎えるだろーが。
もっともクララの言う危険は確かにあり得る。
が、転送魔法陣の設置には、かなりの手間も費用もかかっているはずだ。
わざわざあたしん家に作った目的は何か?
この魔法陣はあたしが使えという、明確な意図を示しているのだ。
海岸で謎の石板を拾った時に聞こえた、『アトラスの冒険者』なる言葉こそがカギなのか?
魔物を追い払った直後だからか、『冒険者』がやけに魅力的な響きに思える。
あたしってこんなにチャレンジャーだったか?
「あたしには欲しいものがあるんだ」
「巨乳とギャグセンスですよね?」
「ぜひ欲しいけれども」
クララは記憶力がいい。
頼りになることは多いんだが。
「望みがあるんだってば」
「世界征服ですよね?」
「何であたしの冗談を逐一覚えてるんだよもー」
アハハと笑い合い、クララはあたしの言葉を待つ。
「自由が欲しいんだ」
「自由、ですか……」
「正確に言うと、やりたいことやるためにまず自由が欲しい、かな。やっぱドーラで思い通りに暮らすためには、魔物をどうにかできなきゃダメだわ」
今の生活は順調ではあるけれど、手に負えない魔物が一匹現れただけで壊されてしまう脆いものだ。
魔物という脅威をはね退ける力が欲しい、という切実な思いが胸を駆け巡る。
「確かに。魔物は脅威ですねえ」
「この転送魔法陣で魔物をどうにかできるとは思わないけどさ。行動範囲を広げられる可能性があるでしょ? 転送先に状況を打開するヒントがあるかもしれない」
そう、ただの可能性に過ぎないのだ。
でも転送魔法陣と『アトラスの冒険者』。
これらはあたし達の生活を変えてくれるという、確信めいた予感がある。
「大体うちに勝手に転送魔法陣なんてもの作られちゃ迷惑だよ。損害賠償を請求しに行かないと。あたしのスローライフを返せーってね」
「ユー様、最近暇だ暇だって連呼してたじゃないですか。スローライフはいいから刺激をよこせーって」
「よく覚えてるね。クララは偉い!」
「えへへー」
クララはフニャっとした笑顔を見せて言った。
「とにかくユー様は現状を変えたいんですよね? それともエンターテインメントに飢えてるだけですか?」
「ぶっちゃけ両方だな」
「行きましょう。私もお供します。ユー様のカンを信じます!」
クララも賛成してくれた。
この転送魔法陣の使用こそが、あたしの新しい第一歩になれ!
「でもお昼御飯を食べてからだな。お腹がグーグー不平を鳴らしております」
「ユー様ずぶ濡れじゃないですか。まず着替えないと」
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