第2話:全ての始まりの日

 ――――――――――一日目。

 

 朝の目覚めはバッチリだ。

 しかし、やけにリアルな夢だったぞ?

 石板がどうとか。


 寝室を出ると、同居している精霊クララが熱心に本を読んでいた。

 クララは本好きだなあ。


 ん? 精霊とは何ぞやって?

 精霊は精霊だよ。

 お母ちゃんのお腹から生まれれば人間。

 植物とか石とか現象とかの化身が精霊。

 少々肌の色が違ったり、角生えてたり羽持ってたりする子もいるよ?

 でも普通にコミュニケーション取れるし、あたしから見ると人間も精霊も大した違いはない。


「……レベルとは、個人の戦闘力の目安となるステータス値である。一定以上の経験値取得とともにレベルは上がり、同時に各種パラメーターの上昇を見込める。経験値を得る最も一般的かつ普遍的な手段は、魔物を倒すことである……」

「クララおっはよー。美少女精霊使いに似つかわしい、爽やかな朝だねえ」

「ユー様、もう昼ですよ。そして美少女精霊使いに似つかわしくない寝グセです」


 苦笑するクララ。

 あたしの相棒クララは人間で言えば七、八歳児程度のサイズと、小さい身体の精霊だ。

 植物の精霊ではよくあることだが、人間にはあり得ないほど肌が白い。


「いい夢見たんだ。女神様がね、あたしがいい子だからって、最高の地位・財産・名誉・美貌・カリスマをくれたの。美貌とカリスマは元々持ってるけど」

「……ひょっとして強奪しませんでしたか?」


 あたしの夢なのに何故わかるのだ?

 油断できないな。

 ……あと一〇〇日くらいであたし死んじゃうかもって話だったが、心配させるかもしれないから黙っとこ。


「寝坊の言い訳にはなりませんよ」

「昨晩蒸し暑くて寝られなかったんだよ、一〇時間くらいしか」

「ええと、満足するまで寝ていたということですよね?」

「当たり前じゃないか。何であたしが寝苦しさなんかに屈服しなきゃいけないんだ」

「さすがはユー様です」


 幼さを感じさせる小さく黒目がちの目をパチパチさせるクララ。

 精霊は人を嫌うため、通常は人と話すことはないらしい。

 しかしあたし達の故郷は精霊とともにあり、皆が精霊と話せる稀有な村だ。

 そんな中でも、精霊と一緒に住んでいたのはあたしだけだった。

 村を出た今もこれからもずっと、クララと一緒だ。


「ところで何の本読んでたの?」

「『レベルアップの勧め』という小冊子ですよ。兵士や冒険者向けのものです。ユー様はレベルアップに興味ないですか?」

「あるある。どーして女神様はあたしにレベルを強奪させてくれなかったのか」


 冗談はともかく、レベルアップして強くなれるならそうしたい。

 何故なら魔物を倒したいから。

 カル帝国領ドーラは温暖でいいところだが、いかんせん魔物が多いのだ。


 魔物とは邪気を持つ生き物や霊体、あるいは鉱物などの総称だ。

 程度の差こそあれ、人間を見れば大体襲ってくるヤバいやつらと思ってりゃいいよ。

 一方でレベルアップの源になる経験値は、ふつーの動物より魔物の方が桁違いに多かったりする。


 故郷の村から少し離れたところにある、クララと二人で住むには大き過ぎるくらいの我が家。

 この場所は一応魔物の生息域ではないとされている。

 ただ行動範囲を広げるために魔物と戦える実力があればと、いつも考えてはいるのだ。

 しかし魔物を倒すためにはレベルが必要で、レベルを上げるためには魔物を倒さなきゃならない。

 どないせえと。


 武器は高価だし、誰かの手ほどきなしで魔物と戦うのも自殺行為だ。

 修羅の道もなくはないのだろうけど、戦闘職ってそもそも一五歳の乙女向きなん?


「魔物を倒せるだけの力とどこへでも飛べる翼があったらなー」

「もう。そんなの夢ですよ?」

「夢が現実になったってバチ当たんないけどなー」


 故郷の村での生活は、楽しくないわけではなかったけど閉塞感があった。

 だから半年前に一五歳成人した時、村を出て独立し、ここに拠点を構えた時にはすごく気分が高揚していた。

 何たって一家の主だし、無限の未来が存在するような気がしていたのだ。


 でも時間が経つと、やれることも行けるところも増えていないことに気付く。

 魔物がいるせいだ。

 どーにかならんものか。


「現実が言うこと聞かないなら、もう一度寝て夢を見ることにする」

「昼御飯も食べ損ねることになりますよ?」

「大変だ! 二食も食べ損ねるのは人生の大いなる損失だ!」


 クララが笑う。

 今の暮らしが決してつまらないわけではない。

 変化の少ない生活だから、退屈と無縁の選択肢が輝いて見えるだけなのかもしれないな。


「昼食まで少し時間があります。海岸で素材の採取をしてきてはいただけませんか?」

「うん、行ってくる!」


 家を飛び出す。

 南へ五、六分ほど歩いたところが小高い防砂林になっており、さらに行くと海岸だ。

 あたしとクララ以外に誰も訪れることのない小さな浜。


 食べられる海藻や有用なアイテムが打ち上げられていることがあり、数日に一度くらいのペースで回収するのが習慣になっている。

 変わり映えのしない日常に訪れる、ちょっとしたアクセントだ。

 海岸で手に入れられるアイテムは、今のところ我が家にとってほぼ唯一の収入源でもある。


「あっ、ラッキー!」

 

 黄珠を見つけた。

 魔宝玉に分類される石の一種だ。

 装飾や魔道具の材料として需要があり、売ればちょっとした外食が可能なくらいの額になる。

 つつましい生活を余儀なくされているあたし達には結構な大金だ。


「今日はツイてるなー。ん? 何だ?」


 波打ち際に見慣れない漂流物が打ち上げられていた。

 長い方の一辺が肩幅弱くらいの長方形の板で、模様か文字みたいなものが書かれている。

 微弱な魔力を感じるが、魔物みたいな邪悪な感じは特にしない。

 魔道のアイテムっぽいな。


 ……ひょっとして夢で自称女神が拾えと言ってた石板がこれか?

 石板を手にすると全てが始まる?

 ワクワクするなあ。


 持ち上げてみて、想像したより軽いことに少し虚を突かれた。

 『アトラスの冒険者』という、聞いたことのない言葉がふっと頭に浮かぶとともに、突如ズズズウンンンと地響きがした。

 家の方か?

 急いで帰るか、いや、異常があればクララが海岸まで来るか?

 しばし逡巡していると……。


「うぼあがぷがぷごぽぽぽぉぉぉぉ!」


 大波め、背後から不意打ちするとは卑怯なり!

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