第17話


 こんな夢を見た。

私は懐かしい、昔いた真っ白な病室が視界に映っていた。窓からは見える景色は曇天であり、鳥は鳴いていない。ふと隣を見てみると、白い髪をした可憐な少女が私に向かい笑っていた。

懐かしい、前の芽衣だ。


「私、いつ退院できるかな?」


映画を一人称視点で見ているようだった。私は自然とその言葉を口にする。


「きっともう少しだよ!」


彼女は私を元気づけるようにそう言っている。


「...そっか、そうだよね!。芽衣ももうすぐできるよね?一緒に退院したら、もっと行きたい場所があるの!」


私の声は高揚していた。今思うと、その発言は夢物語のようで、叶わないことだった。


「...む、むりなの」


彼女は少し声を引きつらせ、弱々しそうにそう呟いた。

むり。その簡単な二文字が、当時の私にとってどれほどの絶望であったか、それは計り知れない。


「だって私____」


彼女の言葉が途中で途切れた。

どうやら、夢はここでおしまいらしい。


♢♢♢


目が覚めた時、私は机に突っ伏していた。図書室の窓からは夕陽の光が差し込み、カチカチと時を刻む音のみが聞こえるような空間だった。

ふと瞼を擦る。その時、なんだか違和感がある感覚がした。

つい自身の指を見てしまう。そこには水滴が指についていた。

その時、私は理解した。嗚呼、私は泣いていたんだなと。


「...こんな表情、あの子には見せれないなぁ」


あはは、と乾いた笑いをする。彼女との夢を見て、懐かしさや届かない気持ちから、泣いてしまうなんて、彼女に見せれない。


「...落ち込んでもしょうがないか」


私はそう呟き、席を立つ。ふぅ、と息をつき、本棚へ視線を向ける。

そこには文字通り夢にまで見た、芽衣が居た。本を持ち、興味深そうにそれを見つめている。


「あ、起きました?」


彼女はそう言いながら私へ手を振った。


「ごめんごめん、今何してるの?」


私は謝罪の言葉を述べながら、彼女の方へ近づく。


「絵本です。読みますか?」


彼女の言った本の内容はあまりにも抽象的で、どのような本なんだろうと思った。


「なにそれ」


私はつい困惑した声を上げる。


「記憶をなくした人がもう一度思い出して、想い人と結ばれる..っていう物語なんですけど、久しぶりに見たからつい見てしまって」


彼女は笑みを浮かべ、楽しそうにそう言っていた。だが、その瞳の奥にはどこか諦めや悲しみの境地に存在しているようだった。


「...こういう、叶わないような事が叶う話が好きなんですよ。小説の世界は、私を夢幻へ連れて行ってくれるんです」


私はなにも言えなかった。

だって、かける言葉が見つからなかったから。

彼女の表情はどこか蜻蛉かげろうのようで、すぐ潰えてしまいそうな程悲しげだった。


「...叶うよ」


私はそう弱々しい声色で言う。私が思い出させる、必ず、私の事を思い出してもらう。だから、叶わないなんてありえない。

私の言葉を聞いた芽衣は微笑んだ。


「...そうですか、そうですよね」


私の言葉を噛み締めたかのように、言葉を繰り返した後、自身を納得させる言葉を彼女は吐いた。


「だって、久遠さんが教えてくれるんですもんね」


「うん!」


私は彼女の声を聞き終えた瞬間、そう叫んだ。


「でも、今は私が教える番じゃないですか?」


彼女は微笑みながら、ゆっくりと視線を机へ向けた。


「えっ?それってどういう」


私はそう言いながら、彼女と同じように視線を机に向ける。


「あっ!!!」


私は叫ぶ。そこには二冊のノートと教科書が、対をなすように一定の距離を保ちながら、向き合っていた。


「...ほんとに、寝ちゃってどうしようかと思いましたよ」


彼女は読んでいた本を棚にしまい、机の方へ歩き出した。

私は思い出した。そうだじゃん!めっちゃ勉強してるんだった。


「だから、寝てた分の...二時間、一緒に勉強しましょうね?」


「やだああああ」


私は膝から崩れ落ち、絶望の声を出す。

まだまだ私達の勉強会は続きそうだった。


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