第16話
太陽が地平線へ半分ほど沈み、空模様は綺麗な茜色だった。さざ波の音や鴉の声が聞こえ、それが一種のメロディーのようで美しかった。
私達は花畑を数時間ほど過ごし、綺麗な茜色を見ようと砂浜へ来ていた。
「綺麗ですね」
彼女は髪をゆらゆらと揺れていて、不意に私の方へ向き笑った。
まるでドラマのようではないだろうか?。ロマンチックとはこの時の為に存在しているのだろう。
「そーだね」
私はそう笑う。
「よしっ...ここらへんで座りますか」
彼女はぼやけている円状の夕陽を指さし、ゆっくりと地へ座る。
私は彼女の隣へと座る。言葉では形容し難い、なんともいえない空間がそこに広がっていた。
私達はしばらく沈む夕日を見ていた。ただ波が砂を覆う音や、微かに生物が砂の上を歩く音のみが聞こえていた。
「...なんだか、懐かしい気がします」
彼女がぽつりと呟いた。
「...教えてくれるって、こういうことですか?」
「...えっ?」
私はきょとんとした声しかでなかった。
いや、彼女の言葉は合っている。けれど、突然すぎてつい驚いたしまった。
彼女は言葉を探しているのか、静かに目を伏せ、指で砂をすくってこぼす仕草を繰り返している。淡い夕陽が彼女の横顔をよく引き立てていて、少し見惚れてしまった。
「だって、私が知らないことを教えてくれんですよね?」
知らないこと。彼女が指していることは、きっと彼女と私が仲良くしていた頃の記憶のことだろう。
そう、その通りだ。砂浜に来るのも、花畑に行くのも、全て私達が来たことのある場所だから。
「...そ!そうだよ!」
数秒遅れ、なんとか私はそう返事をする。彼女は目を私の瞳へ向け、にっこりと微笑んだ。
「懐かしいんですよ。前にも来たことあるような気がする、そんな漠然な記憶があるんです」
彼女はふふっと笑みをしていたが、その中にはどうしようもできない寂しさが混じっていた。
「...うん、来たことあるよ。花畑も、この砂浜も」
私の声は震えていた。確かに私の中では記憶として残っているのに、彼女の中では薄っすらとしかない。そんな事実が、どうしても私は怖い。
夕陽は落ちゆき、次第に空の色彩が紺色へ近づいてきた。彼女は再び砂に目を落とす。どこか儚い雰囲気を醸し出していた。
「悔しいんですよ、ほんとは」
彼女は不意にそう呟く。
「思い出したいのに思い出せない。頑張っても絶対に届かない、遥か彼方にあるもの。それが私にとっての過去の記憶なんです」
彼女の言葉は、ナイフのように強く私の胸に突き刺さった。
「どうしても懐かしいと思う場所に来ると、こんなもどかしい気持ちがいつしか悔しいに変わるんです。どうしてこんなに分からないのだろう、大切な記憶さえどうしてわからないんだろう...って」
彼女の声は穏やかだったが、その中には痛みがあった。私は返す言葉が見つからず、数秒黙ってしまう。
「...けれど」
もう一度微笑んだ。その中にはもう無理という半分諦めの心情と、どこかしらで希望を抱いているようだった。
「思い出したいんです。だからこそ、あなたがこうして教えてくれるのが、私にとってはたまらなく嬉しいんですよ」
彼女の言葉を聞いた私は、とても胸が締め付けられるような感覚を覚えた。
まだ思い出してくれてない。ゆっくりでいいとはいったものの、少しでも早く思い出させたい。という私は焦燥感を覚える一方で、彼女が断片的に残っている記憶を頼ってくれている、と安心感も覚えた。
「...これからも、私が思い出すまで、一緒に頑張りましょう」
彼女は微笑んでいた。
「...うん、勿論。よろしくね」
彼女の方へ少し寄り添い、肩に顔をゆっくりと乗せる。ただ何も言わず、あの夕陽を共に見るだけ。なのに、そこには安心感があって、一生このままでいたいと思った。
次の場所はどうしようか、行くことを考えるだけで楽しみだ。私は自然と笑みを零していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます