第13話


「病気で忘れてた、って?」

スマホ越しに聞こえる瑠璃の声は、私の言葉を反復させていた。

私の部屋の窓から月の光が差し込み、それは被っている布団を静かに照らしていた。

「...そう、なんか付箋に書いてあったの」


「ふーん..そっか。ほかに何かあったの?それだけならチャットだけ送る筈でしょ?」


彼女の発言は的を得ていた。正直、言いたい事が多数あって電話した。

彼女の病気にもそうだし、なんとか進展したってこともあるし...。


「それでね?色々すればなんとか思い出しそうなの」


思わず、抽象的な言葉になってしまう。私の言葉を整理するのを待っているのか、黙り込んでいた。


「私の事思い出したいって、そう言ってたの。しかもその時の表情が美しくて...」


「なに、惚気話かなにか?」


「そ!そんなわけないでしょ!」


私は急いで否定する。やめてほしい、だって恥ずかしいから。

自分でもわかるほど顔が赤くなってる。頬に触れると熱くて、つい驚いてしまう。


「ふふ~ん、わかってるよ」


彼女はいたずらそうに笑っている。


「それで?」


彼女の声が一気に真剣になった。まるで心を見透かされているかのようだった。

そう、彼女に相談した理由は一つ。


「...協力してほしい、費用とか色々」


私は小さい声でそう答える。

彼女にこのことを言った理由は一つ。彼女の記憶を思い出させる、という点で金銭面的な協力をしてもらうことだ。

記憶を思い出させるため、芽衣と行った場所に行く必要がある。それも一つ二つでは収まらない。でも、その費用をどうにかする経済力は持っていない。

だから頼ろうと思った。明石瑠璃。父が有名な会社の社長で、経済的には何不自由なく暮らしている彼女に。

「いーよ。他ならない久遠の頼みだしね」


彼女は二つ返事でokする。

どうしてこんな軽いノリでできるのだろうか...、どれだけ裕福なのだろう。

「にしても珍しいね。そんな焦ってそうな久遠」


「えっそんな焦ってる...?」


彼女の言葉に、つい困惑してしまう。自分でも驚くほど掠れた声だった。

焦ってる?なんのことだろう?。


「だって、ほんとならもっとゆっくり思い出させればいいでしょ?」


「..それはそうだけど」


「けれど、ずいぶん焦ってるじゃん。大体の事情はわかるよ?芽衣さんのことが大事だから、仲良くしていた頃の記憶を蘇らせたい、そんな感じでしょ?」


彼女の発言は、私の行動原理を突いているようであった。

確かにその通りだ、彼女の発言に違いはない。


「久遠?大丈夫?」


彼女の言葉で、意識がハッとする。


「もしかして、惚気話が本番だったりする?」


「ち、違うって!」


私は叫んでしまう。いや、決してそんなことはない。第一、彼女とそんな関係じゃないし...。


「もー...やめてよ、瑠璃ならその話が嫌なのわかるでしょ」


苦い記憶がつい蘇ってしまう。琥珀先輩に振られ、時間が止まったかのように衝撃だったあの時を。

彼女はそれを知っている。一番の親友だったから、話した。


「...そうは見えないけど」


「えっ?」


私はつい驚いたような声色でそう言う。

いやだって、意味がわからないじゃないか。


「だって、久遠が芽衣さんに向けてる気持ちはもっと大事な...いや、なんでもないよ?」


何か大切そうなことを言っていたが、途中で言葉が詰まっていた。

もっと、大事な?なんだと言うんだ。

答えは薄々一つしかないわかっていた。だが、それを認めたくない自分が居た。


「そ、そんなことないっ!!」


私はついそう言ってしまう。

いや、大事に思っていないという訳ではないよ?。でも、恋慕の気持ちじゃないの、決して、そんなものじゃない。


「...ほんと?」


「ほんと!」


「はぁぁぁぁ...そう、まぁいいや。お金の援助はするよ、けど二つ条件はある」


ため息をついた後、真剣そうにそう声を発する。


「条件?」


つい聞いてしまう。


「そう、条件。それはずばり、絶対思い出させること」


「そして、絶対に幸せになること。関係が壊れず、平和なままであって」


彼女の言葉は警告のようで、また懇願のようでもあった。

彼女の関係が壊れる?そんな未来予測、できる筈がないじゃないか。


「わかった」


私はそう答える。

彼女の警告が何を意味し、どのような未来を暗示しているかは、この頃は何も知らなかった。

だが、彼女の記憶が少しずつ戻っていく中で、私の感情が進展する。そんな確信めいた思考は、ずっと脳裏に渦巻いていた。



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