第12話


 夢は見なかった。先日の出来事がまだ頭にこびりついてる。

どうしてこうなったのだろうか。第一、私があの部屋に侵入しようと試みたこと自体、間違ったことではなかった筈だ。

だけど、彼女を悲しませてしまった。涙目になり、やめてと懇願されてしまった。


けど、実際収穫はあったと思う。彼女の病名が何かしらの症候群であり、また無意識ながらも私のことを覚えているらしい。

教えてほしい、彼女はそう言っていた。これはチャンスだ、そう直感した。


「あ、おはようございます」


美しい日差しが窓に差し込み、キッチンでコーヒーを淹れている芽衣のことを照らしている。彼女は微笑みながら、ゆっくりとこっちへ手招きしていた。


「おはよー...早いね」


私は瞼を擦り、欠伸を打ちながらそう言う。

椅子に座り、見上げるように彼女に視線を向ける。


「はい。なんだか目が速く覚めちゃって。久遠さんも飲みます?」


「おねがーい」


曖昧な返事をし、私へ背を向ける。


「...昨日はごめんなさい」


彼女は私に背を向けた数秒後、ゆっくりとそう口を開いた。

コーヒーから落ちる雫の音がやけに長く感じる。

別に彼女が謝ることではない。むしろ、私が謝らないと。

だって、私が全て初めてしまったのだから。


「...別に、謝ることじゃないよ。逆に、私が謝りたいぐらい」


絞り出すように、そう呟いた。コーヒーを淹れる音がピタリと止み、時計のカチカチと刻んでいる音がのみが聞こえた。

彼女は振り返り、コーヒーを入れたカップを持ち椅子に座る。


「...いや、そんなことないです。私もちょっと...動揺しすぎました」


彼女は苦笑しながらそう言っていた。


「私が説明していたら...こんなことになりませんでした」


まだ熱そうなコーヒーカップを手に持ちながら、私から視線を落としていた。


「い、いや!そんなことない!」


私は反射的にそう叫ぶ。机をバンと叩き、コーヒーカップに入っているコーヒーが、よく揺れていた。

いや、そんなことないってなんだ?。説明してなくても同じような結果を招いた、みたいな言いぐさじゃないか。


「そ...そんなこないってことじゃないんだけど...いや!その!」


上手く言葉を脳内で纏められてない。決して彼女のせいではないんだ、けれど、私の目的はあれで...。

私がこんがらがっている様子を、彼女はじっと見つめていた。


「でも、よかったです」


彼女はいきなりそう言った。柔らかに微笑み、こちらへ視線を向けている。

「えっ?」私はそうあっけらかんな声を上げた。


「だって、教えてくれるんでしょう?」


私はハッとした。そうだ、思い出の場所を回るんだ。

あまりにも衝撃すぎて、逆に飛んでた。


「そ、そう!色々行きたいところあるんだ」


彼女は笑みを深め、慈愛に満ちた顔をしていた。

行きたい所は数十個ある。あの頃の彼女と行った、かけがえのない場所達。


「ふふっ、そうですか」


「うん!」


私は嬉々として頷く。

彼女に思い出の景色を見せた時の、確かな笑顔を今もなお覚えている。

モノクロのようだった病院を出て、彩り豊かで、病院とは別の世界のようなものを見せた時の、心からの笑顔。


「じゃあ、楽しみにしてますね?」


これだ。

私は確信した。私はこのような展開を望んでいたのだ。

彼女の秘密を知る事は惜しくも叶わなかったが、一緒に思い出す。

ハッピーエンドのようで、あたたかな気持ちだ。


未来は明るい。これから彼女と思い出の場所を巡り、あわよくば思い出させる。


「けれど、久遠さんが今見てるのは..いや、ごめんなさい。なんでもないです」


彼女の声が少し曇った。何故なのか、それに違和感を抱きずつも、問い詰めるのはやめた。


「..うん!わかった!明日から頑張ろうね!」


私はそう叫ぶ。目を輝かせ、子供のようにはしゃいでいる。

楽しみだ。私の脳内に映るのは、花畑や閑散とした公園。

上手く行ってる。全て、完璧に。


私の未来は陽光のように、負の将来が見えない。

最高だ、最高だ最高だ。


私が彼女の傍にいる未来を描いていた。今の自分の顔は、驚くほど緩くなっていると思う。

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