第11話
※芽衣視点です。
久遠さんが、どうして姉さんの部屋を見ようとしたか、その理由は薄々察することができた。
彼女は私の事を知っているが、私は彼女の事を知らない。そんな事実が、あまりにもおかしいことなんて理解している。
けれど、どこか彼女には安心感を覚えた。その匂いや仕草、全てがどこか懐かしい。
初めましての筈なのに。
いつしか、大事にしたいと思った。だから、あの部屋は見られてはいけない。
だって、幻滅してしまうだろうから。
あの時、私は力任せに彼女の事を押し倒してしまった。
彼女の優しさか、その後彼女は私の事を抱きしめてくれた。
何も言わず、ただ私の事を包み込んでくれていた。
「...ごめんなさい」
呼吸が乱れ、かそぼい声であることは自明だった。
部屋の一面に広がる付箋やノート、そして押し倒してしまったという事実が、私を乱す。
鼻をつんざく彼女の懐かしい匂い。それが、私と彼女がどこかで会ったことを示しているみたいだった。
「..いいの」
彼女は優しく、私の背中を撫でながら言っていた。
その腕は、驚くほど温かかった。
「大丈夫。心配しないで」
そう囁く声は、あまりにも穏やかだった。
怖い。その優しさは、どこから来ている者なんだろう?。
この人は私の何を知っているのだろう?。
どうしてここまで理解を示してくれてるんだろう?。
私の全てのことを知ったら幻滅するだろうな。
「...本当に、私どうにかしてます」
出た言葉は、自責の念だった。
彼女は私を包む力を少し弱くして、黙り込んでいる。
「...泣かないで」
彼女の言葉は、赤子をあやすようだった。
私の背中を摩り、ゆっくりと体をくっつかせている。
「...怖いんです、たまに自分が」
自然と言葉が溢れだしてくる。彼女は私の言葉を静かに聞いていた。
この言葉に裏はない。だって、本当のことだから。
「過去の記憶がないんです。確かに過ごした赤ちゃんの頃が、すっぽり抜けて落ちてるんです」
過ごした幼少期、更には小学生時代。全て、私にとっては虚空のように、真っ白だ。
訳がわからない。そんな単純な言葉ばかりが出てくる。
「...そっか」
彼女は唖然としていた。
「姉さんと過ごした筈の時や、唯一両親と仲良くしていた頃がわからない。忘れてるんです」
小さかった頃の姉さんや、幼少期の自分。それら全て、私にとっては写真でしか確認できない、あったんだろうなという曖昧な言葉だ。
自分のこのような記憶が抜けることは、理由を調べたことがある。
だが、出なかった。あまりにも稀すぎるのだろう。そう自分で結論付けた。
「久遠さんは私のことを知ってるんでしょ?小さかった頃に病院で仲良くしてたんでしょ?なら!私が誰かを教えてください」
私が吐きだした言葉は、あまりにも縋りつくものだった。
彼女は一瞬目を見開き、深く息を吸った。
言葉を整えるかのように、ゆっくりと口を開け始めた。
「芽衣のことは知ってるよ。病院に居た頃、私に送った折り鶴や花だって、今も大切に持ってる。答えになってるかな?」
彼女は苦笑いを浮かべながら、そう言っていた。
わからない。わからないわからない。思い出せない、確かにそうなのだろうけど、一切思い出せない。
折り鶴?花?そんな素敵なもの、いつ送ったんだろう?。
「...知りません、そんなの」
「そっか」
優しくそう言っていた。彼女の内心で、どれほどの葛藤があるのか、私は知る由もない。
知りたい。どうしてそんな仲が深そうだったのに、完全に忘れてしまっているのか。そしていつしか、思い出したい。
「...教えてください」
私の言葉を聞くと、彼女は驚いた表情を浮かべた。
教えてほしい。彼女がどうやって私と仲を深めたのか、どこに行き、どこで笑いあったのか。
「...わかった。いいよ」
彼女は少し考えた後、頷きながらそう言った。
言葉足らずだっただろうか。そう心配していたが、彼女は私の言葉を完全に理解しているようだった。
「そして、いつか...あなたの事を思い出してみたいです」
私は微笑みながら、弱気な声で呟いた。この言葉に裏表はない、彼女を知りたい。思い出し、いつか────
それ以上の言葉は出なかった。私が久遠さんとどうなりたいか、それは誰にも分からないだろう。
その意味も知るためにも、私は彼女と、思い出の場所に行きたい。きっと、それは過去を思い出すきっかけになるだろうから。
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