第14話

 先ずは行動に移す方が良い、だからそれに従った。

ガタンゴトン、と列車が進む音が規則的に響いている。窓から見える眺めは流れるように変わっており、ただ私はそれを見つめていた。

のどかな海岸ばかりが映り、波が砂浜に押し寄せる様子は、見てて安心した。

実は、この海岸は私と芽衣が来たことがある。多分というか確実に。彼女は覚えていないだろうけど。


そのような景色を芽衣はずっと見つめていた。アニメかと疑うほどの綺麗な青空に、砂浜。見惚れるのも不思議ではない。

「どう?」

私はそう聞く。

「すごいです...!私、結構インドア派なのでこんな綺麗な景色見たことありませんでした...!」

彼女は思わず感嘆の声を上げているようだった。

やっぱり忘れている。口には出さなかったが、どこか心が痛んだ。


♢♢♢


彼女との思い出の場所の一つに、花畑があった。

現在の彼女の状況を鑑みると、とても好都合な事実のように思えた。花が無性に好き、ということは、もしかしたら私との記憶が関係しているのかもしれない。

だから、これは一種の賭けだ。もしかしたら思い出してくれるかも、という一縷の望みを乗せた。


私達は駅から少し離れた、多種多様な花たちが植えられている花畑に来ていた。蝶は舞い、花は風に揺らされている。

桃源郷のような景色だ。第一に出た感想は、その言葉だった。


「綺麗ですね」


彼女は指に蝶を乗せ、ゆったりとした声色でそう言っていた。

貴方の方が綺麗だよ。そんなキザなセリフは、出る寸前で止まった。


「そーだね」


曖昧な相槌しか出なかった。



「...なんだか、安心します」


「そっか」


彼女は何か言いたいことがあるようだった。私は生返事だけ呟き、彼女の言葉を待つ。


「...大事な約束を、なんだかしたような気がします」


重々しく彼女が呟いた言葉は、あまりにも曖昧だった。

私は驚いた。だって、それは私と交わしたものだったから。


「...えっと、思い出せないんですけどね?なんだか、忘れちゃいけなかったような...」


かんっぜんに理解した。

これは、私と彼女との間でやった、結婚の約束だ。私が退院する二週間前程にした、子供同士の微笑ましい約束。

まさか、無意識にでも覚えてくれている?。


「なんでこう忘れてしまうのでしょうか...自分が憎いです」


彼女はため息をついた後、目線を私からずらしながら言っていた。


「そんなことないよ!」


私は衝動的にそう叫んでいた。彼女は一瞬驚きの表情を浮かべたが、すぐ微笑んだ。


「忘れたいから忘れてるわけじゃないでしょ?」


「...それはそうですけど」


「だったら!自責の念に苛まれる必要なんかないと思う」


彼女は唖然としていた。彼女だけ時が止まったかのように、身動き一つしていなかった。

この言葉は本意だ。彼女は何かしらの病気が起因し、それのせいで忘れている。絶対そうだ、という確信めいたものは、それに縋りたいという心情からのものかもしれない。


「久遠..さん」


彼女は唖然としながらも、ゆっくりと私の名前を呟いていた。


「そうですね...ありがとうございます」


彼女は頬を赤くしながら感謝の言葉を連ねていた。


「...久遠さんはどうして、こんなに私の事を気にかけてくれるんですか?」


突然、彼女が不安そうな顔をしながら、そう問いを投げていた。

どうしてか、その理由は明らかだった。


「芽衣が大切な人だから!」


私はそう叫ぶ。言葉を聞いた芽衣は、もう一度頬を赤くし、口をパクパクと動かしていた。

大切な人だから、ということに変わりはない。けれど、どのように大切か?と聞かれると、あまり具体的なことは言えない。

昔の友人だから、と言えるが、それ以上の言葉は出ない。なんだか、喉に突っかかったかのように、言葉が途端に出てこなくなる。


「...私、怖かったんです」


彼女は私の肩に顔を乗っけながら、静かに言葉を綴り始めた。


「怖かった?」


私は疑問に思い、つい言葉を聞き返してしまう。


「小さかった頃の記憶がなくて、自分自身の事を忘れていたということが。いつしか自分の全てを忘れてしまうんじゃないか?と、恐れていました」


彼女の言葉には、私には到底理解しつくせないような葛藤があるようだった。

彼女は先ほどまでの暗い表情から、明るい安心感を覚える笑顔になった。


「でも、久遠さんの言葉で随分と気持ちが楽になったような気がします」


軽く笑いながら、遠くを彼女は見つめていた。一輪の花を手に取り、私にそっと渡してきた。

前と同じだ、そう心の中で思う。


「よかったです。久遠さんとここに来れて」


「私も」


私はそう返事する。今はただ、このままで居たい。

なんだか安心する。花の匂いに包まれて、彼女の温もりを確かに感じる。

あの日もそうだった。懐かしい、彼女はきっと覚えていないだろうけど。

それを脳内で考える度、胸が痛くなる。

もし思い出せたら?。その答えは、未だ見いだせなかった。













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