第9話


 夕食を食べた後、私達は大きなリビングで横になり、部屋にあったテレビを眺めていた。芽衣は可愛い鯨のクッションをぎゅっと抱きしめている。私はぼんやりと芽衣や池にいる鯉を見ていた。なんだかゆったりしてて、居心地がいい。

「あ、そういえばお風呂いつ入ります?」

彼女が不意にそう話しかける。

「んー...いつでもいいよ」

私は曖昧に返事をする。彼女は私の言葉を聞くと「そうですか」と、返事をした。

「だったら、今から準備してきますね」

彼女はにっこりと笑い、立ち上がった。そして、ゆっくりとお風呂場に向かっていった。

「ぁ~い、ありがと」私はゆるく返事をした後、ふと周りを見る。無機質で、よくわからない番組が流れているテレビに、まったくもって私は興味がわかないし、かといってじっとする気にもならない。

そこで私が目をつけたのは、何もないただの廊下だった。これほどの家だ、きっと宝物が眠っているに違いない!。そう私の少年のような心は揺らめき、気づけば廊下へ足を向けていた。


私が廊下に足を踏み入れると、それを知らせるかのような木の軋む音が聞こえた。廊下を照らす古風な灯りは、辺りを薄暗く染めていた。

「...なにこれ」

その中で私の目に入ったのは、古びた写真のようだった。

「...え、これって芽衣?」

そこに映っていたのは、昔の芽衣であろう姿の人と、その両親と姉のようだった。いや、抽象的すぎるかもしれないが、実際それでしか形容できないのだ。だって、見たことないのだから。

「にしても、悪趣味な跡...」

それは両親であろう大人の男女の顔部分がビリビリと、カッターで斬られたように切れている。

「...これって」

人間の探究心は好奇心は恐ろしいものだ。駄目だ、追及してはいけないと理解している筈が、どんどん先へ行ってしまう。

右へ向かう突き当り、そこを過ぎた時私に変化はあった。

「なっにこれ」

私は思わず声をあげる。ここは方向的に、お風呂場がある方の筈だ。なのにも関わらず、その部屋はどこか清掃されていない、いいや人の手一つつけられてないように、異常だった。

軽く剥がれた壁の塗装に、そこには手書きであろう文字で。

「入るな...?」

そう書かれていた。

絶対ダメだ。そんなの、とっくにわかってるはずなのに。

「ちょっとぐらいなら...」

私はそう呟く。これは、私自身を正当化する行為のようだった。

私はドアノブに手をかけ、中を見ようとする。

「...久遠さん?」

半分ほど扉が開いたときだろうか、不意に話しかけられる。

私は急いで振り向き、扉を強く閉める。

「め、芽衣?どうしてここに?」

自分でもわかりきってる質問だった。

「なんでってそりゃ...お風呂場にいましたし、というか、その部屋に興味があるんですか?」

彼女は懐疑そうな目と声で、私の瞳を見つめていた。

「いやその...ちょっとだけね?」

「...そうですか。でも、入らないでくださいね」

彼女の声は、どこか怒りを含んでいるようだった。

「そこは...姉さんの部屋なんです」


「姉さんの?」

私はきょとんした声を上げる。彼女は「はい」と相槌をうち、私の返答を待っているようだった。

「...いや、そりゃプライバシーの問題とかはあるってわかるよ?でも..この紙ってちょっと異常じゃない?ちがう?」

彼女は入るなと書かれた紙を指さしながら、質問を投げかけるかのようにそう問う。

「そ..それは、姉さんが駄目って言ってるんです。だから、姉さんの為にも入らないのがいいんです」

「...入っちゃ駄目?」

自分でも無理な質問だと理解していた。その想定通り、彼女の首は縦に振っていた。

でも、私はどうしても入りたかった。だって、一瞬見えた部屋の景色は、あまりにも彼女の隠し事に大きく関係しているだろう、と思ったからだ。

無数に貼られているメモに付箋、数十冊のノートに、ほぼすべてのとこに書かれていた、ある病気。

だが、病名はよく見えなかった。だって、いっても一瞬だったから。そこまで詳細なことはわからない。

「...絶対にダメです」

彼女の言葉の響きは、それが本気であることを示していた。

「...ちょっとでも?」


「はい」


食い気味にそう答えられる。


「...そこは、私の全てが書いてあると姉さんは言っていました」

彼女はゆっくりと話し始める。私を説得するように、優しく。


「だから、怖いんですよ。それが誰であろうと、見られたら嫌なんです。姉さんも駄目と言っている以上、絶対にダメなんです」

彼女の言葉は、どこか諦めが感じられた。私はかける言葉が見つからず、黙り込む。

...そこに、彼女の全てが?。その言葉を理解した瞬間、私はある計画を思いついた。

「わかったよ...」

私は演技らしく折れるように、ため息をつきながら答える。彼女は私の返答を聞くと微笑んでいた。

「だったらいいんですよ。さ、戻りましょう?」

怖かった。彼女の瞳の奥からは、どこか奥深い闇が感じられた。

なんなんだ?、彼女の全てというのも、それが知るのが怖いというのも、どこか違和感を感じる。それも全て、彼女が私を忘れた理由に関係あるのだろうか?。

あそこに書かれていた確かな病名。それを知れば、全てがわかる。

結論、それを知りさえすれば、全ての理由付けができる可能性がある。

その望み、私は賭けてみたいと思った。だって、それ以外に選択肢が見つからなかったから。

計画実行は今日の夜。名付けて、芽衣が寝ちゃった時間帯に行っちゃおう作戦だ。

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