第7話
芽衣の家に泊まる一日前、夜の帳が完全下ろされた深夜。私は悩んでいた。
「はぁ?服装をどうしようって?」
スマホで電話をしている瑠璃からそう言葉を発せられる。
そう、私は服装について悩んでいた。だってその他でもない芽衣の家だよ?、ちゃんと考えないといけなくない?。
「はぁ~~~、そんなの私に聞かれても困るって」
彼女は大きくため息をついた後、困惑の声を上げていた。
「いつも通りでいいんじゃないの?だって、友達の家に泊まるだけでしょ?」
「いやちがうのっ、その、芽衣はなんだか特別というか...」
曖昧な言葉を私は吐く。脳内で上手く言葉が出なかったせいで、私はたじたじだった。
瑠璃は黙りながら、私のことを電話越しに見ていた。
「その...なんというか、芽衣の前だと、できる限り完璧になりたいというか...ね?」
適応する言葉が私は見つからなかった。瑠璃は一瞬目を見開いたかと思ったら、欠伸をうちながら「あー...そういうこと?」と、呟いた。
「えっなに?そういうことって?」
「いや、あれじゃないの?芽衣に恋してるわけではない?」
「ちっちがう!!」
私は急いで否定する。私のこの心情は決して恋ではない、絶対に間違いなく。そう信じたいのに。
私の反応を見た瑠璃は、少し笑みを浮かべた。
「そっかそっか~そうだよね~?」
にやにやと彼女は笑いながら、揶揄うようにそう言っている。
「いや~そんな大切な人なんだ?そっかそっか」
「ちがわないけどぉ...!決して恋とかじゃないの!」
私はなんだかもどかしくて、拒否する言葉ばかりが出てくる。
瑠璃は何か思いついたように「あっ」と言葉が出た。
「というか久遠さ、なんでそんな恋をしたくないの?」
それは単純な疑問のようだった。
私は言葉を選ぶように、ゆっくりと言葉を紡ぎ始める。
「恋は...辛いの、どうせ成就しないなら、そんなのしたくない」
自分でもわかるほど自分の声は震えていた。
「...辛いこと聞いちゃったな、でなんだっけ?服装?」
彼女は重い話だと理解したのか、話題を転換する。
「そう、なんというか...カジュアルすぎると子供っぽく見えないかな?でも落ち着いたものすぎると私に合わない気がするし...」
私は恥ずかしそうにそっぽ向きながらそう言う。
「あ~、別に普通でいい気もするけどね」
「なんで?」
彼女の声に、私は戸惑いの言葉しか出なかった。
「いやだって、芽衣さんだって久遠とお泊りしたくて了承したんでしょ?別に引かれないと思うけど」
「もしかしたらそうかもしれないけど...ちょっと、あの」
なんとか反論しようと私は口を開く。だが、何をどう言ったらいいかわからず、口ごもっしまう。だってしょうがないじゃないか、自分でも奥底にある感情がわからないのだから。
「で、できるだけ自分を完璧に見せたいの。学校は制服だからありがたかったよ?でも...私服だったら、やっぱりセンスが出るでしょ?そこで嫌われたくないの」
彼女は私の言葉が終わってから、数秒後まで何も言わず、沈黙を貫いていた。
自分でも驚く言葉が出たが、これは本心だと確信できた。
「は~~~...」
彼女はため息をつき、ベッドに倒れこんだ。
「そんな嫌われるわけないでしょ」
彼女の言葉は核心をついたかのように、まっすぐだった。
「だって、芽衣さんも―――」
何かを言おうとした、そんな瞬間だった。彼女の言葉が止まったのだ。
口を塞ぎ、目を見開いている。
「あ、ごめん。なんでもないよ」
彼女は不自然に微笑んでいた。彼女が何を言おうとしたのか、それを追求する気にはなれなかった。
「とりあえず言いたいのはね?自然体でも大丈夫ってコト」
彼女の声色は一気に優しくなった。私はそれを静かに聞く。
「...ほんと?」
私は懐疑な目をしながら、彼女に問いかける。
「勿論!私が嘘ついたことある?」
彼女の声色は、自信に満ちていた。
「それは...そうだね」
私はそう言いながら頷く。
「...わかった、いつも通りにする」
私がその言葉を言うと、彼女は微笑みながら頷いた。
「そうだよ!やっぱり、ありのままな久遠がいいと芽衣さんも思ってる筈だよ!」
私はその言葉に励まされる。彼女の発言が私の心を前に押し、ありのままでもいいんだ、と納得する。
気負いしなくていい、それがどれだけ私にとって楽なことか。
「...ありがと、明日楽しんでくるよ」
「うん!芽衣さんの隠し事わかったらいーね!」
「..そうだね」
私は不器用そうに笑いながら、彼女の言葉に肯定する。芽衣と過ごす一日、それがどれだけ楽しみなものだろうか、と思いを馳せる。
「ありがと瑠璃。もう切るね」
私がそう言うと、彼女は快く頷く。電話を切り、布団に倒れこんだ。
隠し事を突き止める、それが第一の目標だった。だが、それ以上に楽しみだ。
彼女の家に泊まる、それだけの事実に自然と笑みが零れていた。
まさか、後に彼女を泣かせてしまうなんて、思ってもみなかったけど。
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