第6話
彼女は隠し事をしている。あの時私に見せた表情は、あまりにも真剣だった。「もし貴方に隠し事をしてるって言ったら、どうしますか?」という一言は、あまりにも私に重くのしかかった。
いつもなら気にしないだろう。だが、今回ばかりは違った。
だって、芽衣があの時した表情は、本当に重大な隠し事をしているみたいだった。
私はそれを知りたい。その理由を、絶対に彼女が私を忘れてしまったのと関係がある秘密を。
教室の窓から差し込む陽の光は、芽衣の頬へ夕焼け色の装飾を落とし、彼女の瞳を奥を彩っていた。
「私の家に泊まりたい...ですか?」
彼女は驚きの声を上げていた。私の言葉を確かめるように、言葉を復唱している。
そう、私が出した案は、彼女の動向を探り、あわよくば秘密も聞いちゃおう!というものだった。自分でも安直すぎるとわかっているが、それ以外にわからなかった。
「そう。芽衣の家に泊まりたいの」
私は自然を装うように言葉を続けた。だけど、心臓の鼓動は早まるばかりだった。
「...ずいぶんと急ですね、何か理由でも?」
彼女は私にそう問う。何を目的か探っているようだった。
「し...親睦を深めようと思って!」
声が裏返らないよう必死に抑えた。親睦って...そんな言い方友達同士でするものだろうか?。いや、私の感覚がバグってるだけ?。私は言った言葉が今更恥ずかしくなってきた。
「へ...変かな?」
世界が止まったかのようだった。教室がやけに静かに感じ、私の言葉を聞いた芽衣は一瞬、驚きの表情を浮かべた。だけどすぐ、そっと優しく微笑んだ。
「...はい、とっても」
彼女の言葉からは、とても嫌味な風には感じなかった。寧ろその逆で、女神のような慈愛も感じた。
「でも、それが久遠さんっぽいです」
彼女はいたずらっぽく笑っていた。その顔は、肯定の意を含んでいるようだった。
「い、いいの?」
私はそう聞き返す。彼女はゆっくりと頷き、笑みを浮かべていた。
彼女はほんの少し、黙ったまま私の事を見つめていた。
「なら、明日にでも来ますか?」
彼女のその言葉に、私は思わず目を見開いた。
「えっ...いいの?」
「まさか、久遠さんは嫌なんですか?」
演技っぽく泣き目をしながら、そう私に言っている。
「そ...そんなわけない!超嬉しいよ!!」
私は慌てて否定する。演技だとはわかっているものの、ちょっと焦ってしまう。
「...知ってますよ」
うふふ、と妖艶な笑みを彼女は浮かべていた。
まさか...狙って涙目になってたの?!。
「泣き真似って...卑怯だよ?」
私の言葉を聞くと、彼女はそのいたずらっぽい笑みを、更に深めた。
「しょうがないじゃないですか。だって、久遠さん面白い反応するから」
彼女は悪びれる様子もなく、子供を揶揄うように笑っている。
「なにそれ、からかってるの?」
私は軽く眉をひそめながら問いかけた。
「そんなわけないじゃないですか」
彼女は軽く笑いながらそう言っていた。
「でも、私の家に泊まりに来てくれるのは嬉しいですよ。ほんとに」
数秒彼女は笑った後、思い出したかのように、真面目なトーンに変わった。
「え?」
私は戸惑いの声しかでなかった。いや、嬉しいんだよ?でも、あまりにも突然で、掠れたような声でしか反応できなかったというか...。
「だって、私のこと気にかけてくれてるんでしょう?。私はそれがたまらなく嬉しいんです」
彼女は目はあまりにも真剣であり、そこには嬉しみの心情があったようだ。
「わ...わたしはそういうことで言ったんじゃなくて...!」
何かを言い返そうとするが、上手く言葉が出ない。ふと自身の頬に触れると、信じられないぐらい熱くなっていた。
「久遠さん、顔が赤いですよ?」
私の狼狽した様を見た彼女は、ふっとそう囁いた。
「そ...そんなことない!」
私は咄嗟に彼女の言葉を否定する。けど、自分でも分かるほど真っ赤だろう。私は恥ずかしくなり、おもわず手で頬を隠す。
「...なんだか、懐かしい気がします」
彼女は数秒沈黙した後、不意にそう呟く。先ほどまでの様子とは違い、なんだか思い出したかのように、唖然としていた。
「...あ、ごめんなさい。独り言です。明日、楽しみにしてますね」
かと思うと、またすぐ私の方向を見て笑顔になった。そこには、なんだか触れてはいけない何かがあるような気がして、当てる言葉が見つからなかった。
「...私も楽しみにしてる」
出来る限りの笑顔を私は浮かべる。芽衣が一瞬放った言葉、それが私の脳裏に焼き付いて離れない。彼女の根底にある感情や、秘密は霞がかかったかのように見えない。だけど知りたい、だって私は彼女のことを―――。
「じゃ、帰ろっか」
私は彼女に背を向け、ゆっくりと歩き始めた。顔が熱い、なんだか体全体がポカポカするような感じだ。私と彼女の間に存在する、記憶の有無というのは、あまりにも大きい障壁だ。きっと、それを解決するのは容易ではない。それに、彼女は私には言えない何か大きい秘密があるように見える。
私は、はっきりいってその障壁をぶっ壊してやりたい。
けれど、その後私達がどうなるか、それは分からない。壊したからと、友情自体が壊れる未来が私は怖くて仕方ない。
だったら、私達はどういう関係になりたいのか?、それの回答はまだ見つからない。でも、きっと芽衣と一緒なら、きっと後退の未来なんてありえない。
その根拠のない自信は、どこから湧いてきているのか自分ですらわからなかった。
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