第5話


 その後、私達はチャームを買い、店の外へ出た。もう日は落ちそうで、黄昏時という名に相応しい風景だった。店先はもうシャッターを下ろしており、特に目に入るものはなかった。

 にしても、なんだかモヤモヤする。自分の感情に蓋をしたかのように、なんだか気持ちが上手く出ない。

「ねぇ芽衣!」

私は自分の感情に霞を入れるように、そっと彼女に声をかける。

「どうしたんです?」

彼女は振り向き、不思議そうに私のことを見つめる。

「えっと..その!」

言葉が出てこなかった。彼女はまだ私の瞳をじっと見つめていた。

「...私の顔になにかついてますか?」

「いやそんなことないんだけど!」

 私は彼女の言葉を速攻で否定する。だって、ほんとにそんなことない。芽衣は芽衣のままで完璧なのだから。時にはそれが息苦しくなるほど。

「ご、ごめん。言葉にするのが難しくって」

無理に笑顔を作りながら、そう曖昧な言葉を吐く。彼女はその間、優しく微笑みながら私の話を聞いていた。

「何か、悩んでいるんですか?」

彼女は数秒黙り込んだか思うと、心配そうに私にそう問う。

「いや悩みってほどじゃないんだけど..その、ほんとにちょっとね?怖くなることがあるの、例えば...」

それ以上の言葉は、彼女に対する結論だ、私はその言葉が喉の奥に詰まり吐き出せなかった。

「...そうですか」

優しく、それ以外何も彼女は言わなかった。

やっぱり優しい。彼女が優しすぎるから、こんな曖昧で分からない感情になっているのだろうか?。だけど、この感情の責任は彼女に出したくない。だって、私が弱いのがいけないのだから。

「まさかですけど、私がその...久遠さんの理想の私になっていないからですか?」

「断じて違う!!」

私は心配そうな彼女の声に、断ち切るように叫ぶ。

前に一度、幼少期に会ったことがあるとポロっと漏らしたことがある。それが、彼女にとっては十分な程の重荷になっていたようだった。

確かに幼い頃の芽衣は魅力的だった。だけど、そればかりを追い求めるのは違う。そんなの自分でも分かっている筈なのに。

「そんなことないよ、芽衣」

私は一息つき、落ち着いた声でそう諭すように声をかける。彼女の心配そうな顔を見ると、もう少し言葉を選ぶべきだった、そう感じる。

「その...理想とかじゃないの。あのっ、そのね?」

途中から言葉が出なかった。でも、吐き出し続けないといけない。だって、彼女が心配してしまっては元も子もないから。

「自分でも分からないの...ごめん、本当にごめん」

私は懺悔の言葉しか出てこなかった。彼女は私の言葉を聞くと、優しく「そうですか」と相槌を打っていた。

数秒静寂が走った。だが、それを引き裂いたのは紛れもない、彼女の柔らかな声だった。

「久遠さんはきっと、自分を責めすぎなんだと思います」

彼女のその言葉は、重く私の心の中で響いた。

「ぇ...?」

嗄れた声しか私は出せなかった。彼女の言葉はなんだか、私の核心をついているような気がした。

「久遠さんは優しいから、自分のせいにばかりしてしまう癖があるんです。それだときっと、苦しむだけですよ」

芽衣はそう言いながら、優しく私の手を握った。その温かさに、思わず私は少し涙ぐんでしまった。

「昔、大切な人に教わったんですよ。こうやって悩んでいる人の手を握るのが、きっとその人の為になるって」

彼女は照れくさそうに手を握っていた。私はその言葉に目を見開く。

忘れもしない。それは、私が言った言葉だ。病気で辛いと言っていた彼女に、私が励ますように呟いた言葉だ、間違いない。

―――もしかしたら、まだ希望はある?。

そう脳裏を過ったが、その言葉を私はまだ片隅に置くことにした。

「名前も顔も、そして言の葉思いだせない」

それは私だよ。とは言えなかった。

「けど、大切だったんですよ?間違いなく」

彼女は微笑みながら、そう語る。今ここで、私だよと言えたらどれだけ楽な事か。もし言ってしまった、友情関係の崩壊という一種の未来があまりにも怖い。

「間違いなく思い出せないんですよ。だって...」

何かを言おうとした瞬間、彼女の言葉は止まり、一瞬暗い顔をしていた。私はかける言葉が見つからなかった。だって、あまりにも深い事情がありそうだったから。

私の心の中では、間違いなくという言葉ばかりが、心に焼き付いていた。

「...やっぱりなんでもないです!」

彼女はまた微笑みの表情を浮かべる。一体、あの暗い顔はなんだったんだろうか?。なんだか触れちゃいけないような、彼女の核心に迫る何かがあるような気がする。

「そっか...」

私はただ、彼女の微笑みに応えるように、曖昧な笑みを浮かべた。

沈黙が二人の間に流れる。あまりにも綺麗だった黄昏時の夕日は、どこか私達を気まずくしていた。

「久遠さん」

沈黙を破ったのは、またしても彼女だった。彼女の声はいつものように優しかったけど、そこには見えない決意があった。

「もし貴方に隠し事をしてるって言ったら、どうしますか?」

彼女の言葉は殆ど、答えを言っているようなものだった。

私の返答は決まっている。

「何も言わないよ」

私は苦笑いしていた。

だって、彼女に言わず退院した私に、それを問いただす権利はないでしょ?。

「...そうですか」

彼女の顔はどこか、安心感を浮かべているようだった。

「...帰りましょっか」

優しくその言葉を投げかけた彼女は、綺麗な空模様と合わせて、本当に美しかった。

「そうだね」

私は笑みを浮かべながら、彼女の方向へ歩き出す。

彼女になんの秘密があるのか、私は聞くのが怖かった。だって、それ次第では私達の関係性がどうなってしまうか分からないから。

今の居心地の良いまま、それだけがいい。永遠に友人として、仲良くしていきたい。そんな言葉を脳内で放つ度に、どこか胸が痛い私が居た。

これが真意じゃないとすれば、私が彼女に抱いてる気持ちはきっと。

それ以上の言葉は、出したくなかった。





















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