第4話

 ある日、私と芽衣は商店街を歩いていた。

桜はもう散っていて、少しずつ風は温かくなっていた。それは並んでいる店先を、そして芽衣の白い髪を、絵のように揺らしている。あまり人通りはいないようだった。

「にしても、どーして私達が買わないといけないかな。別に先生が買っといてもよくない??」

私はそう愚痴を零す。

「それもそうですね。買う種は決まっているんですから私達が買いに行く意味...」

彼女はため息をついていた。どうやら、私達はどっちも同じ心情らしい。

サボるということも考えた、けど間違いなく先生に怒られるし、なにより彼女は真面目に来るだろうと思ったから、なんとか来た。

「先生がいけば済む話なのにね」

私がそう言うと、彼女は微笑み私の肩に寄りかかった。

「まあ、こうやって商店街を歩くのも悪くないですけどね」

彼女は私に向かい微笑みながら、そう言葉を綴っていた。

「芽衣は真面目だなぁ、私はもう帰りたいぐらいなのに」

冗談交じりな言葉を聞くと、彼女は笑っていた。

「...久遠さんのそういうとこ、ほんと羨ましいです」

「なにそれ、褒めてる」

「もちろん?」

芽衣がそう言うと、私は思わず笑い合った。

帰りたいとは言ったけど、こういう穏やかな時間も悪くはないかも。

「けどさぁ、ちょっと寄り道したくない?」

私は自分でもわかるほど、にやにやとした表情を浮かべる。

「...それもそうですね」

私は彼女の了承を受け取ると、すぐ彼女の手を引っ張り、ある雑貨屋の方向へ歩き出す。その店は、木で作られているようで、どこかモダンな雰囲気を醸し出していた。

「おじゃましまー..す?」

彼女が慎重そうにそう声を上げていた。鈴の音が鳴り、私達の入店を知らせていた。木特有のいい匂いがして、内装はどこか西洋っぽい。

小さなオルゴールに、可愛らしいキャンドルや、チャームがそこにはあった。数々の素敵なものがあったが、特に目を引いたのはチャームだった。

「芽衣、これ可愛くない?」

私は猫のチャームを彼女に見せる。そしたら彼女は、笑ってしまうほど目を輝かせていた。頬を少し赤くし、目は眩しいほど輝いていた程だった。

「可愛い...可愛いです!」

彼女は私が持っていたチャームを手に取り、それを見ながら、そう関心深そうな声を上げている。私のその様子を見て、思わず笑ってしまう。

「あ、ごめんなさい。ちょっと可愛すぎて...」

「大丈夫だよ。これ可愛いからね、気持ちは分かるよ」

私は笑みを浮かべながら、もう一個のチャームを手に取る。彼女は「そ...そうですか」と平静を装うような声を発していた。

いつも冷静沈着なのに、可愛いものには目はないのか。私は微笑みながら、そう心の中で考えていた。というか本当に可愛いな。考えれば考えるほど愛らしい気がする。なんだか、心もポカポカしてくるし。瑠璃に対してでも、琥珀先輩に対しても違う。なんだか、考えるだけで落ち着く。

もし、この感情に名前を付けるなら。

「好きだなぁ」

自然と、その言葉を口にしてしまっていた。私は見開き、なんてことを言ってしまったんだと驚愕する。だがもう遅い、その言葉は私の中で反響し、どうにかしないと、ということばかりが湧いてくる。

彼女にそんな...恋慕の感情を抱いていない。友情。その名ばかりで片付けられるような、それ以上も以下でもない筈なのに。

でも、彼女と居ると安心する。こんな風に穏やかに過ごすのも、笑いあうのも全てが心地よい。それだけで、私は満たされる。

「...でも」

何かを言おうとした。けど、その言葉は喉に突っかかって出てこなかった。認めたくない。という感情ばかりが渦巻いている。だって、その感情が非常に面倒で、悲しむばかりの事なのに。

だったら、現状維持の友情が一番楽だ。もし彼女との関係が壊れたら、それだけで私は胸が痛い。

「...え?」

「あっなんでもないよ?ただ、このチャームが好きだなぁって」

慌てて私は言葉を誤魔化した。でも、それ以上の言葉は出てこなかった。私は彼女から目を逸らす。

「...そうですか」

数秒彼女は黙り込み、淡泊な返事をする。駄目だ、なんか空気が変だ。なんとか話題をずらさないと。

「これ、一緒に買わない?」

必死に話題を作り出し、彼女に問いかける。

「その、思い出作りにどうかな?」

自分でも理解できるほど早口だった。彼女は私の言葉を聞くと、小さく頷いた。

「...それもそうですね。賛成です」

私はホッと息をつく。よかった、なんとか場は平穏に終わりそうだ。

まだ心の中では何かが引っかかってるけど、そんなの考えたくない。

「じゃ、いきましょっか」

彼女はそう言って、チャームを手に取りながら、レジがある方向へ歩いた。

「...こんな感情、死んでしまえばいい」

私は買う予定のチャームを、強く握りしめながら、そう言葉を吐く。それは、自分への戒めでもあって、一種の呪詛でもあった。

だって、この感情はあまりにも醜いものだから。彼女は私の友人で、昔から縁がある。それだけの筈なのに。

でも、あの人に振られた時に浮かんできたのも、小さかった芽衣の笑顔で、もしかしたら私は....。

言葉が出なかった。この気持ちの名前は分からない。友情とは全く違う。

ましてや、琥珀先輩に抱いていた気持ちとは違う。こんなの、知らない。

もしこれが恋慕の気持ちとしたら、そんな想い捨てないと。だって、私は恋が嫌いだから。あの辛かった気持ちや、苦しい気持ち。全て、全て全て恋が悪い。叶わないぐらいなら、こんな感情捨てた方がマシだ。

でも、もしかしたら―――。それ以上の言葉は出なかった。




















 

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