第3話



 芽衣と再会してから数日が経った。

通常通り授業が始まり、委員会決め等はもうした。私の在籍している学校は、委員会に入っているなら部活に入部は自由となる。


私は万年帰宅部だった。だって、運動自体が苦手だったから。

だから、芽衣から美化委員会に誘われたのは救いだった。昔から花の手入れは好きだったし、何より彼女に誘われたのが嬉しかったから。

私と芽衣が交流を深める中、私はあることを決意した。

必ず、彼女の記憶を蘇らせる。絶対に、死んでもだ。あの時見た笑顔を、あの時言えなかった気持ちを、全て綺麗に終わらせたい。

けど、その気持ちはと言われると良く分からない。喉の奥に突っかかったように、脳にもやがかかったように、感情の名前はわからない。

瑠璃や琥珀先輩に感じたことない、温かい気持ち。これがなんなのか、私は知る由もない。


♢♢♢


陽光が私達を優しく包み込んでいた。鴉は鳴き、空模様は紅葉色だった。

そんな中、私達は学校の中庭にある花壇に居た。花壇はよく手入れされているようで、赤のチューリップに、白いカスミソウがあり、それは虹のように多種多様な植えられていた。

「お~~~」

私は数々の花たちを眺めながら、感嘆の声を漏らす。

一方芽衣は、その花を一つずつ、丁寧に見ていた。

「こりゃすごいな...芽衣って花の手入れとか好きなの?」

私は彼女に話を振る。だって、気になるじゃないか。私の知っている芽衣は病院にずっと居たんだから。

「結構すきです、なんでかわかんないですけど、なんだか落ち着くんです」

彼女はアネモネの花を撫でるように触りながら、私にそう返答する。

なんでかわかんないって部分がちょっと気になるが、そういう事もあるだろう。

「そっか、将来は花屋が夢なの?」


「はい。よくわかりましたね...」

彼女は淡々とそう言っている。前の彼女とは違ったような気がする。でも、芽衣は確実に私が会ったことのある芽衣だ。間違いない。

「素敵じゃん。好きな花とかあるの?」

私がそう質問を投げると、彼女はこちらへ来てください、と言わんばかりに手招きをしていた。

なんだ?と、彼女の元へいく。彼女は指である花を指していた。そこには、彼女にぴったりな、白色に輝くネリネがあった。

「これ、一番好きなんです」

「理由はわかんないですけど...なんだか、安心するんですよ」

彼女はネリネの花弁を撫でながら、柔らかな声でそう言っていた。

私はハッとした。だって、その花は私が彼女に送ったものだったから。

10数年前のある日、たまたま私が外に出れて、その途中で摘んだ花だ。

いや、偶然かもしれない。だけど、理由はわかんないですけどっていうのが、それを裏付けているみたいだった。

「...そっか」

最終的に出た言葉は、あまりにも弱々しかった。

「実は、家にも飾ってるんですよ。一輪だけですけどね」

「でも、飾った理由がわかんないんです」

彼女は花を触りながら、そう淡々と言っている。私は言葉が思い浮かばなかった。というより、脳内で考えるので精いっぱいだった。

心の中で思考が巡る。この花を覚えている筈がない。でも奇跡や偶然で言い片付けるには、あまりにもできすぎている。

だって、彼女は私の名前も顔も忘れていた。なのに、それだけは覚えているの?。

「どうしました?」

芽衣がきょとんした顔でこちらを見つめている。少し靡いている髪が、絵のように綺麗な陽光に照らされている。その顔を見て、身体の力が抜けた。やっぱり、覚えていないんだろう。

「いやっなんでもないよ?ただ、その..以外だなって」

咄嗟に誤魔化そうして、自分でも驚くほど掠れた声を吐く。彼女は「そうですか」と言うと、察してくれたのか追求はしなかった。

「これの花言葉、知ってますか?」

彼女はネリネの花を撫でながら、私に問いかける。

「再会なんです。私に一輪のネリネをくれた、そして何か大切だった人」

何かを言おうとした、その瞬間だった。彼女は立ち上がり、真剣そうな表情で私を見つめる。

「大切だった人ということだけは覚えてるんですよ」

「そして、その人の影響で好きなのかもしれません」

私は言葉が出なかった。彼女の言葉を聞くとどうしても過去を思い出してしまう。まだ幼かった私と、病室のベッドの上で笑っていた彼女。

それは私だよって言えたらどれだけ楽なことか、だって今は。彼女に嫌われるのが怖いのだから。もし彼女がほんとに私の事を微塵も覚えてなくて、大切な人を自称する変な人って思われたくない。

だけど、ふと思ったことがある。

―――芽衣はどこまで覚えているんだろう?。

けど、それに構っている場合ではない。私はその問いを飲み込み、無理に笑顔を作る。

「...そっか、いいね。その大切な人に会えるといいね」

そう言うと、彼女は「そうですね」と呟き、小さく頷いていた。

私の未来はまだ先が見えない。霧がかかったかのように、道のみが見えている。だけど、今はまだ。

私が苦しむだけなら、彼女は幸せになる筈。だって、彼女は私のことを覚えていないのだから。

そう、全て彼女の為だ。だったら、私は全てを賭けてもいい。 あの笑顔を取り戻すため、彼女が幸せになる日までそのつもりだ。












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