第2話

 最初の歩みは、軽いものからいこうと私は考えた。例えば、好きな食べ物やアニメといった、他愛もない話をしようと思った。共通点を探り、何かしらを見つけたら仲良くなれるかもしれない、そう思ったからだ。

百聞は一見にしかず。入学式の翌日、彼女に話しかけてみようと決めた。だがそう現実は上手くいかなくて、初日はすれ違いだった。それのせいで、初日は全くといっていいほど話せなかった。今日はあまりやることがない。だから、大チャンスだと思った。

まさか、これのせいですれ違いが起こっているなんて思ってもみなかったけど。

 

輝かしい太陽が私達を照らしている。教室には心地の良い風が吹き、雲はゆったりと流れていた。まるで青春漫画の一ページのような、流麗の景色を作っていた。

それは窓際の席に座る芽衣のことを、より一層引き立てている。昔とは違い、物静かな雰囲気がそこにはあった。

私の目は自然と彼女の瞳を追っていた。彼女の目線の先には一冊の本があった。表紙はカバーで隠されている。

「何見てるの?」

私はできる限り平坦な声で彼女に話しかける。彼女は驚き、顔を見上げ私の方向を見た。

「えっ?あ~、小説ですよ」

彼女はきょとんとした顔をしながら、本を閉じた。表紙を私に見えないように隠しながら、そう回答している。

「へ~!そうなんだ!どんなジャンルなの?」

私はこれをチャンスだと捉えた。私だって小説は読む、もしかしたらそれ経由で仲良くなれるかもしれない。

目を輝かせ、彼女の返答を待つ。

「え...まあ、花とかが関係するような感じです」

彼女は遠慮がちな声で、私から視線をずらしながらそう答える。

花か、ちょっと珍しい気がするな。けど、彼女の雰囲気にぴったりな気もする。

「花が題材かぁ、なんだか素敵だね」


 「そ...そうですよね!」

私が感心の声を示すと、彼女は嬉しそうに頷きながら、そう言っていた。

その様子に、私は頬が緩んでしまう。

 「元々花が好きだったんです!理由はわかんないんですけど、なんだか無性に好きで」


「そーなんだ。好きな花とかあるの?」

無性にという言葉が少し引っかかったが、とりあえず納得してみることにした。

彼女は一瞬考えるような仕草をした後、ふと私から目を逸らし。

「雲間草ですかね...なんだか、自分に合っているような気がして」

ふふっと彼女は一瞬微笑んだ。雲間草という答えは自然と頷けた。無性に好きって、覚えていなくても、何か大切に思っているということだ。素敵すぎる。

「私の読んでる小説、主人公が枯れちゃった花をもう一度咲かせようとする物語なんですよ。その花が雲間草なんです」

彼女はこっぱずかしそうに頬を掻きながら、そう答えている。にしても面白そうな小説だ、私達にぴったりではないだろうか。

「...久遠さんも花すきなんですか?」

私の様子を窺うように、慎重にそう聞かれる。

「勿論!」

私は精一杯で笑いながらそう答える。その後、彼女は顔はすぐに晴れた。安心感や歓喜の気持ちの表れであることは、誰が見ても明らかであった。

「よかった..できたら、一緒に美化委員に入りません?。私その、知らない人と接するのが苦手で」


「いいの?!」

私は食い気味にそう答え、目を輝かせながら彼女の手を握る。

「わっ、は、はい」

驚いたように目を丸くしながら、焦っている声色でそう返事している。

「あっごめん、驚いちゃったよね」

私は慌てて彼女から手を離す。彼女は嫌だったかもしれない、と思ったけど存外そうではなかった。彼女は少しだけ頬を緩くし、首を横に振った。

「そ、そんなことです」

彼女は必死に言葉を紡いでいた。

「けど...なんだか、不思議な人ですね」

彼女は笑みを浮かべ、私の瞳を見ながらそう言っていた。訳も分からず、私は掠れた声で「ぇ...?」としか出せなかった。

「懐かしい感じもするけど、絶対に初対面。それがあまりにも不思議なんです」

 彼女は自身の胸に手を当て、ゆっくりとそう話始めた。...懐かしい感じがする。

「えまってそれって」

「一緒に美化委員、頑張りましょ!」

彼女は私が喋っている途中に、言葉を遮るようにそう言った。私が彼女の肩に当てようとしたその手は、彼女に届かなかった。それはあまりにも大きい壁で、不可侵領域みたいだった。

だが、私達の会話では確かな絆の芽が成っていた。蔦に引っかかるように、ゆっくりと絡まりながら。

その時、胸がどこかポカポカな気持ちになった、かと思えば胸がチクリと痛んだ。この感情の出処はまだ分からない。私は、これを恋なんて醜いものと認めない。

だって、彼女は違うのだから。その理由の名称は、未だ見つからなかった。

霞がかった未来は少し晴れたような気がする。着実と明るい方向へと歩いていた。

だって、そうしないと自分の感情が持つ気がしなかった。その簡単な言葉は、私の感情の奥底から出てこようとしてこなかった。

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