第1話
学校の桜並木は見惚れてしまうほど美しかった。
部屋の暖房が効いた心地の良い空気とは違い、外気はまだ冬の気配を残していた。
私と同じ制服を着た新一年生は、一つある大きな桜の木の下で写真を撮っていた。私も撮ろうかと思ったが、よくよく考えれば意味はないし、思い出としてもあまり好いているものではない。
下駄箱の前にある紙にはクラス表が書き記されており、私はそれに目を通す。私や隣にいる、中学時代の友人である瑠璃は二組だった。
正直、安心感を覚えてしまった私が居る。だって、信頼できる友人がいるのだから。それだけで大分気が楽。
だが、一つ気になることがあった。
「...四条...芽衣?」
私はその言葉を脳内で反復させる。それは、私が幼い頃に仲良くした子の名前は一致していた。
もしかしたら、読みが一緒なだけで別人かもしれない、という線も考えた。
「ん?どーしたの?」
瑠璃がその薄茶色が入っている髪を揺らしながら、そう心配の声を上げている。
「いや...大丈夫」
私は心の内に不安を募らせながら、そうあっけらかんに答える。
彼女は数秒私の顔を見たかと思えば、「そっか」と言い、体育館へ足を向け、ゆっくりと歩き始める。
私も透かさず、彼女の後を追うように歩き始める。
かつての友人、芽衣のことを考えながら。
♢♢♢
先生方や校長が何か、いい話的なことを喋っていたが、全く頭に入ってこなかった。
だって、彼女――もとい、芽衣のことで頭がパンクしていたから。
「久遠?大丈夫?体調悪そうだよ?」
私と瑠璃が教室へ続く廊下を歩いていると、彼女が私の顔を覗きながら、そう声をかける。心配されるのも無理はない。
「そんなこと...ないよ?」
自分でも驚くほど掠れた声だった。
「そっか」と彼女が相槌を打った。彼女が二組をドアをガラガラと、漫画のような擬音を立てながら開ける。普通の教室だった。机が30ほどあり、窓からはまだ肌寒い風が吹いている。そこには数人の同級生が、不規則的に存在していた。
私は黒板へ貼られていた座席表に目を通す。私の席は一番の後ろの、左から二番目だった。よかった...目立たなくて済む、という気持ちが先走っていた。
だが、なんの運命か、隣の席の名前が。
「芽衣...?!」
私の隣の席についている名前は、何度目を擦っても四条芽衣と表記されていた。その瞬間、心臓がドクンと高鳴る。まさか、あの子?。いやいやいやそんなわけ....。
私の隣の席を見る。そこには見たことがない程の絶世の美人が椅子に座っていた。
糸のように繊細な髪を肩まで伸ばし、瞳はあの頃のように輝いている。私が知っている頃より随分と大人びていた。確信した、あの子は私が病院の時に仲良くした、四条芽衣そのものだ。
「おぉ~私は結構前の席か~やだな。久遠どうだった?」
「えっ?あ~、まぁ普通かなぁ」
「うわっ!後ろじゃん!」彼女は羨ましそうに口を尖らしていた。「いいな~私と席交換しよ~よ~」ゆらゆらと私の身体を揺らしながら、冗談半分でそう軽口を叩いている。いつも通りだ、なんだか緊張感が解れてる気がする。
「いいなぁ久遠は席が当たりで」
「というか、よく見たら隣も当たりじゃん?いいなぁ~」
彼女は芽衣の方向を見ながら、そう呟く。当たり前でしょ、だって私の自慢の友人なんだから。最後に会ったのは10数年前だけど。
「ふふん、そうでしょそうでしょ」
鼻高々に私は声を上げる。私の様子を見た瑠璃は少し驚き、口を開く。
「なに、知り合いかなにかなの?」
瑠璃なら話してもいいだろう。だって、病院に入院してた事だって話してるし。
「そーだよ。いっても私が小っちゃい頃のだけどね」
私は自身の席へと歩きながら、そう語る。「ふ~ん」と曖昧な相槌を彼女はしている。
「まぁけど、多分忘れられてるかな」
だって、だいぶ前だよ?。普通なら忘れてるでしょ。
「ま、それもそーだね。でも覚えられてたら嬉しいんじゃん?」
「んじゃ、また後でな~」
彼女は大きく手を振りながら、私とは違う方向へ歩く。ふと芽衣の方向を見ると、濃い麦色の本カバーに身を包んだ、小説らしきものを読んでいるようだった。
綺麗だ。まつ毛がよく整えられていて、その凛とした顔はちょっぴりかっこいい気がする。
「あの...芽衣だよね?私のこと覚えてる?」
彼女に近づき、そう声をかける。忘れられてるかな、という半分諦めの気持ちがあったが、一応声をかけてみる。
私は、まだ彼女の病気について思いだせなかった。
「ぁ...ぇ....誰ですか?」
困っていそうな声でそう返答される。
「えっ?!ちっちゃい時に病院で仲良くしてた久遠だよ!」
彼女の顔に少し近づき、訴えるようにそう言う。
「....いや、すいません、覚えてません」
落雷が私に落ちたみたいだった。確かに忘れられていたが、ちょっとぐらいなら、名前ぐらいなら覚えてくれてるかなと思ったのに。ちょっぴり悲しいかな。
「そ...そっか。まぁいいや、よろしくね...その、芽衣さん?」
恥ずかしそうな声で私はそう話す。彼女から目線をずらし、彼女に対して慣れないさん付けをする。
「...あ、芽衣でいいです」
「なんか、心地いいので」
彼女は柔らかな笑みを浮かべていた。それはどこか、昔と重なっているようで、どこか悲しかった。
「そ...そう?よろしくね、芽衣」
私はそう言いながら、自信の椅子に腰かける。
希望はまだある。だって、彼女と仲良くすれば昔のことを思い出してくれるかもしれないから。
私は、今の芽衣ではなく昔の芽衣を重ねてみているようだった。
感情の出処は知らない。だって、こんなの瑠璃や琥珀先輩にすら抱いたことがない感情なのだから。
あの時、芽衣が微笑んで大丈夫と言ってたけど、辛そうにしていたとき、私が吐けなかった唯一の言葉。あなたのことを守りたい。もう一度記憶を思い出してほしい。そんなことを思うばかりだ。
だから。
「芽衣、これから仲良くしよーね」
私は笑顔でそう言うと、彼女も「はい、勿論です」と言ってくれた。
敬語なのが悲しかったけど、まだ心地が良い。
名付けて、自分から仲良くしにいっちゃおう大作戦だ。もしかしたら思いだしてくれるかも、という一縷の望みを乗せての。
私の高校生活は、まだ序章だった。私の未来は明るい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます